第六十七杯「ごほうびタイム」
「やりましたー! 結衣菜、赤点回避ですー!」
放課後の図書室で、輝木さんがテストの点数を見せてくる。
壊滅的だった中間から一点、期末は全科目40~50点台を取っており赤点を回避していた。
「おめでとう。頑張ったね」
「はいー! 結衣菜頑張りましたよー! ……会長先輩からは『私が教えてあげたのにこの点数? 次は平均点以上を目指しなさい』って言われましたけど」
微妙に似てるモノマネをしながら、輝木さんが嫌味っぽく言う。
まあ寧音姉から教わってなかったら、この点数は取れなかった事は自覚してるみたいだけど。
「瀬川さんも赤点回避できたし、板野さんも数学で80点取れたしで万々歳かな」
瀬川さんは英語で45点取れたし、板野さんも応用問題で点が取れてドヤ顔でお礼を言いに来た。
「先輩先輩、ごほうびの約束忘れてませんよねー?」
「あれ? なんかしてたっけ?」
「何言ってるんですかー! 商店街の和菓子屋さんでおはぎ食べに行くって言ったじゃないですかー」
「アハハ、冗談冗談。覚えてるって」
「それじゃあ早速行きましょー! 莉子先輩にもう話はつけてありますからー。明日のお昼14時に商店街前に集合だそうですー!」
「え? 明日? もう決まっちゃってるの?」
今日が金曜だから明日は土曜。
随分と急な話だ。
「何か用事あるんですかー?」
「いや、何もないから来れるよ」
「えー、来るんですかー」
「えっ、来ちゃダメなの?」
「ジョーダンですよー。冗談と書いて本気と読みますー」
「それどっち?」
「来ていいですよー。そういう話だったじゃないですかー」
「じゃあ行くけど……」
こうして土曜のお昼14時に、『たちばな』におはぎを食べに行く事になった。
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「……なーんで会長先輩もここにいるんですかー」
土曜の14時。
真っ黒なクロスバイクを押して商店街にやって来た輝木さんがゲンナリした顔をする。
上は黒いTシャツ、下は水色のジーンズの短パンを履いていてスポーティーだ。ビビッドピンクの靴紐の白のスニーカーも活動的に見える。
「あら? 私がいちゃいけないのかしら? 茶道部の皆で期末試験のお疲れ様会をするって話でしょ?」
腕組みをして輝木さんに挑発的に言う寧音姉は、ノースリーブの薄いピンクのワンピースを着ている。差している日傘もピンクでおそろいだ。丈の長いロングカートが、風に少しなびいた。
「私も瀬川さんからそう聞きました」
競技かるた部の活動でもあったのか、Tシャツに制服スカート姿の学校帰りらしい板野さんが頷く。その手はごく普通のママチャリを押している。通学用だろう。
「莉子せんぱ~い?」
「え? 違いましたか? 私てっきり茶道部の皆でお疲れ様会かと……」
何やら勘違いしたらしい瀬川さんが、頭のお団子をクシクシいじる。
その姿は文化祭で着ていた鮮やかな着物姿だ。
どうやら着物姿でお稽古していたらしい。
「でも皆で食べる方がおいしいですよ! 輝木さん、皆で参りましょう!」
瀬川さんが両手を合わせながら笑顔でそう言う。
それに毒気を抜かれたのか、輝木さんがやれやれと頷いた。
「は~、ホントは莉子先輩と2人きりがよかったんですけどしょーがないですねー。皆で行きましょー」
「何様よ」
「寧音姉、落ち着いて。どうどう」
こうして僕と輝木さんと板野さんは自転車を駐輪場に停めてから、連れだって『たちばな』へ入って行った。
扉を開けると、カウンターには杵太さんがヒマそうにもたれていた。
「いらっしゃい! おお! 莉子ちゃん! 大人数だねえ!」
「杵太さん、こんにちは。学校の茶道部の部員5名なんですが、入れますか?」
「大丈夫だよ! 入っとくれ! オイ金太! 莉子ちゃんの学校の茶道部のお客様5名様だ!」
杵太さんに呼ばれ、テーブルの片付けをしていた中年の渋いおじさんがこっちにやって来る。
この人が杵太さんの息子で、三太さんのお父さんらしい。
杵太さんが、僕の事を金太さんに向けて手で指す。
「金太、この兄ちゃんがこないだ話したバカ三太の代わりに学校にお菓子を届けてくれた兄ちゃんだ」
杵太さんの言葉に頷き、金太さんが両手を膝につけて僕に向けて重々しく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。先日はウチのバカ三太がご迷惑をおかけしました」
「い、いえそんな……三太さんのお怪我の具合はどうですか?」
「おかげさまで大事には至りませんでした。お詫びと言ってはなんですが、本日は皆様の分を手前共の奢りに致しますので、何でも好きな物をご注文下さい」
「おおっ!? マジですか!?」
「ええっ? そんな、悪いですよ……」
輝木さんが喜び、瀬川さんが戸惑う。
「遠慮はいらねえよ! 何でも好きなモン頼んでくれ!」
そして杵太さんが、気っ風のいい笑みで言った。
瀬川さんが、困り顔の笑みを浮かべて僕らに話しかけた。
「ここはひとつお言葉に甘えるという事でいかがでしょうか? ……杵太さんも金太さんも頑固ですから、一度言い出したら聞かないんです」
「……のようね。ここはそうしましょう。皆、あまり高い物は頼まないようにね」
「「「はーい」」」
寧音姉の注意に、僕・輝木さん・板野さんがいい返事をする。
そしてメニューを見た。
「うはー! かき氷! ここかき氷ありますよ! しかも500円! 安くないですか!?」
「かき氷……、いいわね。外は暑いし」
「そうですね。ちょうど喉が渇きました」
「『たちばな』のかき氷、始まってたんですね。今年はまだ私も食べてません」
輝木さん達がにぎやかにかき氷のメニューを見る。
ほとんどのメニューが500円。確かに安い。このお店、採算大丈夫なんだろうか?
皆決まったと言い、瀬川さんが金太さんを呼ぶ。
「結衣菜、かき氷の甘夏みかんにしますー!」
「私は宇治金時にします」
「なら私は……いちごミルクにしようかしら」
「私はブルーハワイにします」
輝木さん、瀬川さん、寧音姉、板野さんがそれぞれ500円のかき氷を注文する。
1000円のかき氷もあるし、500円ならまあ妥当な所じゃないだろうか。
それにしてもブルーハワイ。
「僕はわらび餅をお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そして僕は、300円のわらび餅を注文した。
金太さんが去って行く。
「せんぱーい、なんで1人だけわらび餅なんですかー? 空気読めないんですかー? だからぼっちなんですよー」
輝木さんがウリウリと僕の脇腹を肘で小突いてくる。
そんな輝木さんの二の腕を、寧音姉がプニっとつまんだ。
「大鳥君はお腹が弱いから冷たいものが苦手なのよ。子猫ちゃん」
「結衣菜子猫じゃないですー! ……あー、先輩お腹弱そうですもんねー」
「それにピッチャーは体調管理が大事だから、気を使ってるのよ」
「寧音姉、僕もうピッチャーじゃないよ」
寧音姉の言葉に突っ込む。
板野さんが、おやと言いながら顔を上げて僕を見つめた。
「大鳥君、野球部だったんですか?」
「ああうん、中学時代にね」
「しかもピッチャーだったんですか?」
「ああ、うん……」
「それはもうすごいピッチャーだったのよ。弱小だったウチの中学を県大会まで連れてったんだから」
「そうなんですね。どうしてウチでは野球部に入ってないんですか?」
「……まあ、色々とね」
「……」
僕からざっくりとだけ話を聞いている瀬川さんが、痛ましそうな顔をする。
「お待たせ致しました。かき氷にわらび餅でございます」
と、そこに金太さんと杵太さんがかき氷とわらび餅をお盆に載せてやってきた。
「デカッ!? スゴッ!? これよそのお店なら1000円くらい取られますよ!」
甘夏みかんとシロップがたっぷりかかったかき氷を前に、輝木さんが驚く。
他の皆のかき氷もビックリの量とトッピングだ。
いちごミルクにはたっぷり練乳がかかってるし、宇治金時には白玉とあんこがたっぷりかかっている。……ブルーハワイにはなぜかさくらんぼとナタデココがトッピングされていた。
「瀬川さん、これって特別サービスなのかしら?」
「いえ、『たちばな』のかき氷はいつでもこうなんです」
寧音姉の問いかけに、瀬川さんが答える。
「この店、経営大丈夫なのかしら……」
「てゆーか、先輩のわらび餅もすごい事になってますけど……」
輝木さんの言うとおり、わらび餅が山盛りにお皿に盛られている。
もはや山盛りを通り越してデカ盛りだ。あるTV番組に出てきそうなレベルだ。
隣にはたっぷりの黒蜜ときなこも添えられていた。
「それは……いつものわらび餅の5倍はありますね」
瀬川さんが、僕に向けて苦笑する。
お茶を運んできた杵太さんが、気っ風のいい笑みを浮かべて右手の親指を立てる。
「先輩、食べきれますか?」
「……頑張ってみるよ」
僕は、輝木さん達に少しだけ食べてもらいつつ、デカ盛りのわらび餅を完食した。
帰りお腹パンパンで苦しくなったのは、言うまでもない。




