第六十五杯「夏合宿の話」
「あ、大鳥君。こんにちは」
茶道部の扉を開けると、3日ぶりの瀬川さんが挨拶してきた。
季日南祭翌日の月曜日は振替休日、昨日の火曜日は瀬川さんが休んでいたからだ。
「こんにちは瀬川さん。色々聞きたい事はあるんだけど……体調は大丈夫?」
「はい、おととい昨日とお休みしてもうバッチリです」
「そうなんだ。ならよかったけど無理はしないでね」
「はい。……大鳥君達には大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
「ううん、気にしないでよ。僕らはできる事をしただけだからさ」
「それでも……、とても助かりました」
瀬川さんが、深々と真の礼をする。
「大鳥君、ありがとうございました。大鳥君のおかげで、野点をやり遂げられました」
「僕のおかげじゃないよ。他の皆がいてくれたから、やり遂げられたんだ」
「でも……大鳥君にはとても助けられました。このお礼は必ずさせて下さい」
「いいよお礼なんて……」
「よくありません。お礼させて下さい」
「……」
見た目の割に意外と頑固な瀬川さん。
いいと言ってもお礼をすると聞かないだろう。
3日前に言われた『大好きです』という言葉が彼女の声で脳内にリフレインする。
あれはどういう意味だったんだろう。
聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちがゴチャゴチャと混ざりきっていないコーヒー牛乳のように入り交じる。
あの時彼女は熱に浮かされ意図せずつぶやいてしまった言葉かもしれないし、
そもそも僕に向けて言った言葉じゃないかもしれない。
だから、気になる気持ちを振り切る事にした。
「じゃあ……期末試験が終わったら『たちばな』に一緒に行ってくれないかな? 輝木さんが赤点を取らなかったら連れていくって約束させられたんだ。瀬川さんも連れて来て欲しいって言われてるから、一緒に来て欲しいな」
「はい! 是非ご一緒しましょう!」
「まあそのために瀬川さんも赤点取らないようにしないとだけどね」
「アハハ……、今日からまた頑張ります」
畳の上に英語の教科書とノートを置いている瀬川さん。
今日からまた期末試験まで毎日昼休みに茶道部の部室に集まって勉強する。
彼女が赤点回避できるよう僕も頑張らないと。
しかしその前に気になる事がある。
「ところで瀬川さん」
「はい、何ですか?」
僕は、普通に会話してる瀬川さんにある疑問をぶつける。
「なんで縛られてるの?」
両手を前に、身体も紐でグルグル巻きに縛られてる瀬川さんが、弱り切った笑みを浮かべる。
セーラー服に包まれた、意外とある胸が紐で強調されている。気恥ずかしくて目を逸らす。
瀬川さんは着痩せするタイプなのかもしれない。
「先に来た輝木さんに、『迷惑をかけた分何かお詫びさせて欲しい』と言ったら『では縛らせて下さい!』とあっという間に縛られてしまったんです。輝木さんは今お手洗いに行かれてて……」
「解くね」
僕は瀬川さんの手を縛っている紐を解こうとする。
しかし結び目が固く結ばれていて解けない。
「このっ……、ああもう輝木さんめ……、こんなキツく結んで……!」
「だ、大丈夫ですか?」
「何とかして解くから、瀬川さんはジッとしてて……!」
僕はボールペンの先を紐の結び目に入れて、何とか瀬川さんの拘束を解こうとする。
解こうとしてるんだけど、これ下手したら僕が瀬川さんを縛ってるみたいに見えなくないか?
こんな所、寧音姉に見られたら……
「「あっ」」
ガラッと茶道部の部室の扉が横に開かれ、寧音姉と板野さんの声がシンクロする。
寧音姉はジトっとした目で僕を見つめ、板野さんはスマホを取り出した。
「大鳥君、あなた学校で瀬川さんにナニをしようとしてるのかしら?」
「通報しましょう」
「誤解だからっ!? 通報しないで板野さん!!!」
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「夏休みに合宿をしたいと思います」
僕と瀬川さん2人がかりでの説明により、無事?誤解が解けお昼ご飯を食べ始めた僕らの前で、瀬川さんが宣言する。
「合宿? 茶道部で?」
「はい。茶道部の皆さんでです」
「合宿ですかー、楽しそうですねー。……結衣菜は今楽しくないですがー」
寧音姉に紐で前手縛りにグルグル巻きに縛られ、輝木さんが不自由な両手でパンをかじる。瀬川さんを縛って放置した罰だ。
「夏休み中は旧校舎が使用できませんし、大鳥君達にお茶の点て方をマスターしてもらうために合宿が必要だと考えました」
「え? 僕達、お茶を点てていいの?」
「はい。季日南祭での事もありましたし、是非覚えて頂こうと思いまして……。もちろん大鳥君達の意思を尊重しますが」
「結衣菜、お茶点てられるようになりたいですー」
「私も点てられるようになりたいわね」
「……僕も、まあ、あんな事があったし点てられるようになりたいかな」
僕らの言葉に、瀬川さんが頷く。
「では早速本日の放課後の部活動から盆略点前の練習を始めましょう」
「ぼんりゃくてまえ? 莉子先輩、それって何ですか?」
「お盆の中に茶道具を置いてする、一番基本となるお点前です。放課後に説明いたします」
とりあえず基本からという事のようだ。
以前瀬川さんに同調して、僕らにお茶を点てるのはまだ早いと言っていた板野さんも淡々とお弁当を食べている。マイペースかよ。
「しかし夏休み前の部活だけでは時間が足りません。なので合宿中にお稽古して、盆略点前ができるようになってもらいたいと考えています。詳しい日程などは後ほど決めますが、皆さん、合宿に参加されますか?」
「結衣菜、参加しまーす」
「私も参加するわ」
「僕も参加するよ」
僕らに続けて、口に卵焼きを頬張っている板野さんも頷く。
「では全員参加という事で。合宿場所なんですが、別荘で行いたいと思います」
「別荘? 瀬川さん家、別荘あるの?」
「ええと、私の家の別荘ではなくウチの茶道教室に通われている方々が共同で所有されている別荘なのですが……、私が学校で茶道部をしていると言ったら、自由に使ってくれとおっしゃいまして……」
「茶道教室に通ってる方々? 莉子先輩、それってどんな方々なんですかー?」
「地元の会社の社長さん達や議員の方々です」
お団子頭をクシクシいじりながら、瀬川さんが言う。
あの茶道教室って、そんな地元の権力者も通っているのか。
どおりであの家というか屋敷が立派な訳だ。
「青海ヶ浦にある別荘です。茶室がありますのでお稽古できますし、すぐそこに海もあるので海水浴もできますよ」
「海ー!!! いいですね! 結衣菜新しい水着買っておきます!」
「遊びに行くんじゃないわよ子猫ちゃん。でも海なんて何年も行ってないから楽しみね」
ここから快速電車で30分くらいの別荘地、青海ヶ浦にあるという瀬川さん家の別荘に僕らは思いを馳せる。
僕も楽しみだ。特に、瀬川さんの水着姿……
「……でも待って。部活の合宿って事は顧問がついて行かないんじゃない?」
僕の言葉に、寧音姉がハッとした顔になり、輝木さんが小首を傾げる。
「そーなんですか? 会長先輩?」
「ええそうよ。部活の合宿なら顧問がついて行かないといけないわ」
「てゆーか、茶道部の顧問って誰なんですかー?」
「……校長先生よ」
「「こ……!?」」
寧音姉の言葉に、僕と輝木さんの驚きがシンクロする。
校長先生!? 茶道部って校長先生が顧問だったの!?
定年前っぽい厳しめなおじいさん校長を思い浮かべ気が重くなる。
あの人がついて来るなら、あまり楽しい合宿にはならなさそうだ。
「校長先生はお忙しいので合宿について行く事はできません。ですので特別に許可を出し私達部員だけで合宿に行っていいそうです。ただし『くれぐれも事故がないように』と仰せつかっています」
瀬川さんの言葉に、僕らは胸をなで下ろす。
よかった……。どんな仕事してるか分からないけど校長先生が忙しくてよかった……
「事故がないようにですかー……気をつけて下さいね、先輩♡」
「フラグ立てるのやめてよ。言われなくても分かってるって。海でふざけたりしないから」
「おやおやー、結衣菜が言ってるのはそういう意味じゃないんですけどねー」
「……」
輝木さんの言葉に閉口する。
僕もちょっとだけ想像していた。
ラノベみたいに合宿で女の子とお近づきになれたり、ちょっとエッチなイベントが起きたりするんじゃないかって。
でもリアルにそういう事があるとは思えないし、その心配はいらないだろう。
夏のアバンチュールなんて、ラノベ主人公みたいなイベントが僕に起こるはずない。
「詳しい話はまた今度にします。そろそろお昼休みも終わりですし、また放課後に」
「そうね」
「そうだね」
「分かりました」
僕らはお弁当箱をしまい、瀬川さんの点てたお茶を飲んでから茶碗を洗って、茶道部の部室を後にしようとした。
「……あのー! 結衣菜の紐、解いてもらっていいですかー!?」
後にする前に、寧音姉が縛っていた輝木さんを慌てて解放するというミッションが起きたのだが、それはまた別のお話である。




