第六十四杯「板野加代の独白」
「茶道部の部室、こんな所にあったんですね」
旧校舎3階階段横の隅。
古びた扉に『茶道部』と達筆な字で書かれた紙が貼ってある。
私はその扉を横に開いた。
「スミマセン」
「は、はい! 何か御用でしょうか?」
お団子頭の、美人と話題になっている転校生が正座のままこちらを振り返る。
本当に美人だ。話題になるのも分かる。
ただイヤな感じはしない。親しみやすそうな人だ。
「体験入部をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい。どうぞ。ようこそ茶道部へ」
茶道部の部長の女の子が、ニコッと笑って畳を手で指す。
私はうなづいて、上履きを脱いで畳に上がる。
「2年1組の板野と言います。よろしくお願いします」
「板野さんですね。茶道部部長の瀬川莉子と申します。ふつつか者ですが、よろしくお願いしますっ」
瀬川さんが、丁寧に真の礼をしてくる。
美しい所作だ。何度も何度も稽古を積んできた人のもの。
伊達に転校先に茶道部を立ち上げた訳ではないらしい。
「ええと、お茶菓子がこのようなものしかないのですがよろしいでしょうか? 学校側から賞味期限が近い物を食べてくれと言われておりまして……」
非常食っぽい羊羹を差し出され、申し訳なさそうに謝られる。
多分学校で備蓄してる物で、賞味期限が近い物を消費するよう言われているのだろう。部室の隅にはこれまた災害用に取っていると思われるペットボトルが並んでいた。
「構いませんが……、今日体験入部していいんですか?」
「はい! お茶をお点てしますので、どうぞ召し上がっていかれて下さい!」
瀬川さんが、ニコッと笑って茶碗にお湯を入れ茶碗を温め始める。
体験入部の予約だけと思っていたけれど、今日する事になりそうだ。よっぽどヒマなのだろうか。
部室を見回す。
達筆な文字で書かれた掛け軸に、活けられている花。引っ張り出してきたっぽい茶道具が置かれている。
けれども人がいない。
「部員は今何名ですか?」
「……私1人です」
肩を縮こまらせながら瀬川さんが答える。
5月に入ったのに部員1人。
大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。
「お菓子をどうぞ。このようなものしかなくて申し訳ないのですが……」
「いえ、ありがとうございます」
差し出された羊羹を、感謝の気持ちを表すため両手で軽く持ち上げる。
それを見て瀬川さんが、少し目を見開いた。
「板野さん、もしかして茶道経験者ですか?」
「はい。小学生の頃1年だけ茶道教室に通っていました」
小学生の頃、親に言われ色々な習い事をさせられた。
茶道教室もそのひとつだ。
おばあちゃん先生に何度もお稽古され、一通りの作法は身につけている。
「お茶をどうぞ」
「お手前、ちょうだいします」
茶碗を回し、正面を避けて薄茶を頂く。
細かい泡が点てられた口当たりのいい薄茶だ。四度に分けて頂き、最後はスッと音を立てて吸いきる。
「おいしいお茶でした」
「いえ、お粗末さまでした」
互いに真の礼を交わし合う。
瀬川さんがニコッと笑いかけてきた。
「板野さん、しっかりお作法ができていますね。茶道、続けられていたんですか?」
「いえ、小学生以来久しぶりです。先生に厳しくご指導頂いたので」
「アハハ……、私もそうです。家の茶道教室で祖母から厳しく叩き込まれました」
「もしかして……北町商店街の先にある茶道教室ですか?」
「はい。瀬川宗家流茶道教室の看板を掲げている所です」
茶道教室の先生に聞いた事がある。北町に厳しいお稽古で有名な茶道教室があると。
今では初心者の子ども向けや外国人観光客向けにやや緩く、時代の流れに沿って上手い事やっているみたいだけど、昔は子どもが泣いて裸足で逃げ出すくらい厳しい教室だったはず。
あそこの娘さんなら、子供の頃から厳しくお稽古されたんだろう。
同情と共に共感を覚える。私の先生もやや厳しめな人だったから。
「板野さんは、何か部活に入られてるんですか?」
「はい、競技かるた部に入っています」
「競技かるたですか。すごいですね! 私もした事ありますが、覚える事はできても、かるたを取るのが難しくて……」
「そうですね」
高校から競技かるたを始めた私は、部の中でもみそっかすだ。
かるた歴5年という1年生相手に自陣の一字決まりすら取れない。
「決めました。茶道部に入部します」
しばらく他愛のない話をしてから、瀬川さんにそう言った。
部員1人、しかも経験者という事なら歓迎されるんじゃないかと思って。
しかし、
「え、ええと……入部されるんですか?」
まさかの「入らないで欲しいオーラ」が醸し出された。
「板野さん、競技かるた部なんですよね? かるた部もあるなら大変なんじゃ……」
「いえ、大丈夫です。水曜日は休みですし、他にも兼部している部員もいますから」
「ですが……、大変なのでは……」
「大丈夫です。私はかるた部ではそれほど役割もありませんし」
「……け、けれども、やはりお忙しいという事になられるのでは」
「……」
兼部する事の大変さを心配してるのかと思っていたけれど、違うと察する。
どうにも煮え切らない態度は、私に入部して欲しくないみたいだ。
今更ながら、怒りがこみ上げてくる。
「入部します。入部届を出してください」
「は、はあ……どうぞ」
渋々と言った形で入部届を出す瀬川さん。
私はそこに強引に名前を書いて、茶道部に入部した。
その後。大鳥君が瀬川さんの家に行った後くらいに彼女の事情を聞かされ、その日の態度を謝られたのだがそれはまた別の話である。




