第六十一杯「トラブル・スクランブル」
「……遅いな」
「遅いですねー」
季日南祭2日目。
僕らは校門前で待ちぼけていた。
もう9時を過ぎてるというのに、お菓子を届けに来るはずの三太さんが来ない。
「まさか本当に莉子先輩が来ないから拗ねちゃったとか?」
「まさか、ああいう人だけど仕事はちゃんとする人だろうしそんな訳……」
と、ズボンのポケットのスマホが鳴った。
電話をかけてきた相手は、瀬川さんだった。
スマホの画面の上に指を何度か滑らせて、やっとの思いで電話に出る。
『大鳥君、おはようございます』
「おはよう瀬川さん」
電話越しの彼女の声は、少しだけ元気になっていたけど弱々しいものだった。
『申し訳ございません、本日も参加できなくて……』
「ああうん、気にしないで。ゆっくり休んで治すことに専念して」
『……はい。ええと、電話したのは『たちばな』でトラブルがありまして』
「うん? トラブル?」
『三太さんが、自転車で転んだそうです』
「ええっ!? 三太さんが!?」
『はい。不幸中の幸いで、お菓子を載せる前だったそうですが……三太さんは足を挫いてしまって学校まで来られないそうです。お店にいるのは、後は杵太さんだけで……』
「……っ! 僕が自転車で『たちばな』までお菓子を取りに行くよ! そう伝えといて!」
『わ、分かりました』
瀬川さんの返答の途中で電話を切り、ズボンの財布の中に入れている自転車の合鍵を取り出す。
「輝木さん! 三太さんが自転車で転んで配達に来られないから僕が和菓子屋までお茶菓子を取りに行くよ! 皆にそう伝えといて!」
「わ、分かりました!」
校門からダッシュで自転車置き場へ向かう。
商店街までは自転車で10分くらい、今9時10分前だからギリギリ間に合うはずだ。
僕は作務衣姿で自転車に跨がり、ヘルメットをつけて漕ぎ出した。
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「スミマセン! 季日南高校茶道部の者なんですが!」
「おおっ! すまねえな兄ちゃん! ウチのバカ三太が迷惑かけちまって……」
『たちばな』に着くと、瀬川さんから電話でももらったのかお菓子の箱を準備していた杵太さんが待っていた。
杵太さんがお菓子の箱を抱えて、僕の自転車の荷台にお菓子の箱を紐で固定し始める。
「これでよしっと。上が生菓子100個で下が半生菓子100個だ。固定してるけどあんまり揺らさないよう気をつけてくれよ」
「分かりました!」
「いやホントすまねえ……。ウチのバカが迷惑を……」
と、そこに足に包帯を巻いた三太さんが店から出てきた。
「三太さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ。それより済まなかった、迷惑かけちまって」
「まったくだバカ野郎! 自転車の整備くらいちゃんとしやがれってんだ!」
杵太さんが三太さんの頭を掴み、強引に下げさせる。
やっぱりあの古びた自転車がダメだったらしい。
「僕もう行きます! 野点の開店が10時からなんで! ありがとうございました!」
「オウ! 兄ちゃん、車に気をつけろよ!」
「……本当にすまねえ、莉子ちゃんにも迷惑をかけて……」
杵太さんと三太さんに頭を下げ、僕は自転車に跨がる。
そして揺らさないように慎重に、けれども急いで学校へ戻った。
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「お待たせしましたー! 2名様でお待ちのスズキ様ー、こちらへどうぞー!」
季日南祭2日目。
僕らは昨日以上に忙しさでてんやわんやしていた。
お客さんはゆっくり過ごしているけれど、いかんせんお茶1杯とお茶菓子1つなので回転率が速い。
「お待たせ致しました。お茶とお菓子のセット、お2つです」
西園寺さんがお客さんにお茶とお茶菓子のセットが載ったお盆を椅子に置く。
ツンとした第一印象とは裏腹に、接客態度は柔らかい。輝木さん曰く、ファミレスでバイトしてるから慣れているらしい。
「早苗ちゃん! 次はどの席を片付ければいいですか!」
女子ソフトボール部の市ノ瀬さんは体力自慢らしく誰よりも動いて接客や片付けに動いてくれている。彼女の仕事量の多さがなかったらとっくに崩壊していただろう。
「ミソラちゃんはあそこの席をお願い! わたしはこっちを片付けるから!」
一方調理部の赤城さんは、動きこそそれほど早くないものの、的確な指示を出して市ノ瀬さんや西園寺を動かし、自分も効率的に片付けを手伝っている。
輝木さんも、受付係をやりつつ接客や片付けに加わっていた。
「大鳥君! 追加のペットボトルを出しておいてください!」
「分かった!」
「大鳥先輩! お菓子はどこですか!」
「そこに出してるよ! お盆に並べておいたから!」
「ありがとうございます!」
そして板野さんはお茶を点て、僕は板野さんのフォローや洗い物に追われていた。
バスボックスを抱えて家庭科室へと急ぐ。
抹茶が底に残っている茶碗を洗い、茶巾という布で拭く。
前の茶道部が使っていた物で古いとはいえ割ってしまったら大惨事だ。
丁寧に、けれども急いで茶碗を洗って拭いてまたバスボックスに入れて野点の会場へと急いだ。
「大鳥君! 次、3名様分用意をお願いします!」
「分かった!」
普段淡々としている板野さんも、躍起になってお茶を点てている。
彼女はこの茶道部で唯一お茶を点てられる存在として、頑張ってくれていた。
今日の分の生菓子もなくなり、残りは半生菓子だけだ。
時刻は昼の12時。残り3時間、何とか行けるか……?
「うっ……」
そう思った矢先に、隣でうめき声が聞こえた。
見ると板野さんが、右手を押さえている。
「板野さん!? どうしたの!?」
「手を、痛めてしまって……」
右手を押さえながら、板野さんが苦悶の表情を浮かべている。
昨日今日合わせて300杯以上。
お茶を点て続けた限界がきてしまったようだ。
「板野先輩!? どうかしたんですか!?」
「手を痛めてしまったみたいだ」
「ええっ!? どうするんですか!? 板野先輩以外誰もお茶点てられませんよ!」
輝木さんの声を聞きつけ、市ノ瀬さん・西園寺さん・赤城さんもこっちにやって来る。
何かあったと察したのか、お客さん達もざわつき始めた。
「(どうする……? 板野さんがお茶を点てられない以上、野点を中止するしか……)」
寧音姉がいれば何とか対応策を考えてくれるだろうけど、今日は生徒会の見回りでいない。
板野さんに教わりながら僕か輝木さんがお茶を点てるというの考えが一瞬浮かんだけど、そんな素人のぶっつけ本番のお茶なんて、お客さんにお出しできないだろう。
誰かが、誰かが判断をしないといけない。
それは、2年生である僕か板野さん以外いなかった。
「「「「……」」」」
1年生4人の視線が僕達に集まる。
お客さんや並んでいる人達のざわつきも大きくなっていた。
不安や苛立ち、戸惑いに会場の空気が支配されていく。
「……中止にしよう」
僕の言葉に、皆が僕を見つめてくる。
「これ以上板野さんに無理をさせる訳にはいかないよ。お茶を点てられる人間がいない以上、もう野点は続けられない。僕がお客さんに頭を下げるから、皆もフォローしてくれないかな」
「先輩……、仕方ないですよね。もうどーしようもありませんし」
「……すみません」
「板野先輩が謝る事じゃないですよ! 板野先輩は頑張りました!」
「……そうね。もう1人くらい、お茶を点てられる人を置いておくべきだったわね。リスクマネジメントが、甘すぎるわ」
「すみれちゃん! そんな事言っちゃダメだよ!」
赤城さんに諭され、西園寺さんがこちらに謝ってくる。
僕らは気にしないでと手を振った。
西園寺さんの言うとおりだ。
せめてもう1人くらい、お茶を点てられるようになっておくべきだった。
……情けない。
彼女に「あとは任せて」と言っておきながらこの体たらく。
きっと彼女は気に病んでしまうだろう。
会場のざわつきは大きくなっている。
僕はお客さんに向けて謝るために一歩を踏み出し――――――
「申し訳ございません! お待たせしました!」
かけた所で、着物姿の瀬川さんが入り口から息を切らしながらやってきた。




