第六十杯「季日南祭1日目」
『申し訳ありません。この大切な時に……ケホッ、ゴホッ』
「瀬川さん、無理しないで。今はゆっくり休んで」
『本当に、申し訳ありません……』
「気にしないで、ゆっくり休んでね。あとは僕達でどうにかするから」
『……はい。よろしくお願いしますね。本当に、申し訳ありません……』
瀬川さんからかかってきた電話を切る。
案の定過労だったそうで、お医者さんから今日明日は安静にするよう言われたそうだ。
彼女はずっと、謝りっぱなしだった。
季日南祭1日目。
和服に着替えた僕達は野点の会場にスタンバイしていた。
「助っ人に来てくれた結衣菜のクラスのお友達でーす! 右から市ノ瀬美空さん、西園寺すみれさん、赤城早苗さんですー!」
「よろしくお願いします!」
「……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
3人が挨拶してくる。
青みがかった髪をサイドテールにした小柄で活発そうな市ノ瀬さん、茶色がかった
髪を腰まで伸ばしたロングヘアーで寧音姉と同じくらい背が高くてスタイルがいい西園寺さん、赤みがかった髪を肩にかかるまで伸ばしている少しオドオドした赤城さん。凸凹だけど仲が良さそうだ。
「ミソラちゃんはソフトボール部、すみれちゃんは英会話同好会、早苗ちゃんは調理部に所属してますー。中学からのお友達だそうで、3人そろえば世界だって救えるはずですー」
「はい! お任せ下さい!」
「そんな訳ないでしょ」
「さ、さすがにそれは無理じゃないかな……結衣菜ちゃん、ミソラちゃん」
なんだかコントみたいなやり取りをしている3人の前に、寧音姉が歩みよる。
「市ノ瀬さん、西園寺さん、赤城さん。急なお願いだったのに来てくれてありがとう。よろしくお願いするわね」
「「「は、はい!」」」
寧音姉に微笑みかけられ、3人が緊張と興奮の面持ちで頷く。憧れの生徒会長に話しかけられて嬉しいのだろう。
「よく3人集められたね。どうやって集めたの?」
輝木さんに話しかける。すると呆れた目を向けられた。
輝木さんが袴の腰に手を当てハーッと息を吐く。
「友達3人集めるのなんて簡単ですよー。ぼっちの先輩には分からないかもですがー」
「……まあ、そうだね」
確かにぼっちの僕には分からない。
3人連れてきてと言われても1人も集められないだろう。
「まあ今度茶道部でお茶とお茶菓子をご馳走するからって言って釣ったんですが」
お茶とお茶菓子で釣ったのか。
確かにタダ働きさせるのは悪いし、それくらいはしてあげてもいいだろう。
「綾瀬先輩、風炉の準備できました」
コンセント式ではなく、炭を使って湯を沸かすタイプの風炉をセットしながら板野さんが寧音姉に声をかける。瀬川さんの家から借りてきた奴だ。
僕達では扱い方がサッパリ分からないので経験者の板野さんに頼る所は大きい。
「ありがとう。お茶の準備はできてるから、あとはお菓子ね」
「そろそろ9時だから来るはずだよ。僕行ってくるね。輝木さん、ついてきて」
「? 結衣菜がですか?」
「うん」
輝木さんを連れて、校門へと向かう。
僕の予想だと、お菓子を届けに来るのは……
「……んだよ、お前かよ。莉子ちゃんはどうしたんだ?」
自転車を止めた『たちばな』の三太さんが、不満そうな顔を見せる。
「瀬川さんは体調不良でお休みです。三太さん、お菓子を届けに来てくれてありがとうございます」
「……別に、仕事だからな。あーあ、莉子ちゃんに会えると思ってたのによ」
自転車の荷台に積んだお菓子の箱を固定している紐を、三太さんが解き始める。
「あのー」
「あん?」
「もしかしてー、いつも茶道部のお菓子を作ってくれてる人ですかー?」
「……そ、そうだけど」
輝木さんに話しかけられ、三太さんがぶっきらぼうに答える。
ぶっきらぼうに答えているけど、照れているのは明らかだった。
輝木さんがあざとい笑みを作って、三太さんに一歩近づく。
「いつもおいしくてカワイイお菓子を作ってくれてありがとうございますー! 結衣菜、あのお菓子の大ファンなんですー!」
「そ、そうかい? 親父やじいさんにはいつも『全然ダメだ』『こんなもんお客さんに出せねえ』って怒られてるんだけどよ」
「えー? そうなんですかー? あんなにおいしいのにー」
「ま、まあオレがまだ半人前だっていうのは事実だからな」
照れくさそうにしながら、三太さんが僕と輝木さんにお菓子の入った箱を渡してくる。
「こっちが生菓子100個で、こっちが半生菓子100個だ。生菓子からお客さんにお出しして、生菓子がなくなってから半生菓子を出せよ。半生菓子は1週間持つからな。じゃあ確かに渡したからな」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございまーす。また明日もよろしくお願いしますねー」
「お、オウよ。デヘヘ。じゃあまた明日な」
輝木さんに笑顔を見せられ照れながら、三太さんが自転車で去って行く。
大分ギコギコいってる古びた自転車だけど、大丈夫なんだろうか。
と、三太さんに手を振った輝木さんが話しかけてくる。
「……先輩が結衣菜を連れて来た理由、分かった気がしますー」
「でしょう? 僕だけだと下手したら拗ねて明日配達に来てくれないかもだし」
「でしょうねー。それにしてもチョロい人でしたねー」
「僕もあんなにチョロい人だとは思わなかったよ」
輝木さんがカワイイとはいえ、瀬川さんに惚れているのにあんなにデレデレするなんて。
僕らはお菓子の箱を持って、野点の会場に向かった。
****************************
「申し訳ございません。13時までの部の入場はここで終了です。こちら整理券になりますので、14時からの部にお持ち下さい。こちらをお持ちのお客様を、優先的に入場できるようになっております」
入り口前に並んでいるお客さんに、寧音姉が整理券を渡し始める。
不満が出るかと思ったけど、寧音姉の対応のおかげかお客さん達は整理券を受け取りながら入り口から去って行った。
ほどなくして野点の会場に入っていたお客さん達が、お茶とお茶菓子を頂いて去って行く。
僕らはそれを見送って……死屍累々に崩れ落ちた。
「ぶへあー、疲れましたー。結衣菜、サッカーの試合を2試合走り抜けた気分ですー」
「3時間で94人、よく捌ききれたわね。でも14時からの部はお客さんを入れるペースを落とそうかしら」
「あ、足と腕がパンパンだ……」
「……私は手が筋肉痛になりそうです。ずっとお茶を点てていたので」
「こ、これが後3時間あるの……?」
「わ、わたし自信ないかも……」
「頑張りましょう!」
1人だけピンピンしている市ノ瀬さんを除いて、皆疲れ切っていた。
思いの外お客さんが押し寄せて、茶道部の野点は大盛況だったからだ。
「な、なんでこんなお客さん来るんですかー?」
「なんでもなにも、お茶とお茶菓子を味わってみたいからでしょ」
「わ、わたしもそう思う……」
輝木さんと西園寺さんがそんな話をしながら椅子の上に横たわる。
僕もそうしたい気分だ。
しかしまだ仕事が残っている。輝木さんの胸元がはだけている着物から目を逸らし、僕は茶碗が入ったバスボックスを持って家庭科室に茶碗を洗いに行った。
……10分ほど茶碗を洗ってから戻ると、13時になっていた。
市ノ瀬さんと寧音姉と板野さんは椅子に腰掛けているが、他の皆は椅子の上に力尽きたように寝ている。輝木さんの着物は板野さんが直したようだった。一安心だ。
「お昼ご飯を買ってくるわね。私と大鳥君で買ってくるけど、何か食べたい物はあるかしら?」
「……結衣菜、たこ焼でもお好み焼でも焼きそばでもソース系なら何でもいいですー」
「……私も、ソース系なら何でも」
「私はお肉が入ってるものがいいです!」
「わ、わたしは焼きそばがいいです」
「私は何でもいいです」
輝木さん達からお願いを出され、僕と寧音姉は財布を手に屋台へと向かう。
さりげなく赤城さんだけ焼きそばを食べたいと主張してきたのが意外であり面白い。オドオドしているように見えて、自己主張がしっかりしてる子なのかもしれない。
「……助っ人に来てもらって正解だったね」
「でしょう? 瀬川さんの配置だったらどうなってたかしらね」
考えるだけでも恐ろしい。
瀬川さんが元気でも無理があっただろう。
本当に3人に来てもらってよかった。
「明日は私がいないけど……、多少慣れるでしょうし時間も短いから頑張ってね」
「……気が重いなあ。明日は5時間ぶっ通しだし」
焼きそばを3パック買いながら、僕はため息を吐く。
「まあどうにかなるでしょ。どうにもならなかったら、瀬川さんの責任にすればいいだけだわ」
「……」
「何? 本当の事でしょう?」
「本当の事だけど、それはよくないよ、寧音姉。彼女は頑張ってたんだから」
「あら? 彼女の肩を持つのかしら?」
「そりゃ持つよ。彼女だってなりたくて体調不良になった訳じゃないんだから」
「でも、自己管理や色々甘かったのは事実でしょ」
「……」
肉巻きおにぎりを10個買いながら、僕は押し黙る。
その隣で寧音姉が、ハアとため息を吐いた。
「彼女とあの子は別、でしょう?」
「そんな事、今更言われなくても分かってるよ」
「でも彼女の事が気になるのでしょう?」
「……そういうんじゃ、ないよ」
瀬川さんと椎名さんは、別。
それはずっと意識している事だ。
だから僕は彼女をそういう目で見ない。いや、見れない。
「頑張るよ。瀬川さんに後ろめたい思いをさせたくないからさ」
「もうしてると思うけど?」
「それでもだよ。彼女が考えた野点を成功させたいんだ」
「成功、ねえ……」
寧音姉が何か言いたげに僕を見てくる。
僕はそれを無視して買った物を手に野点の会場へ向かった。
それから皆で食事を摂って休憩して、14時からの部を迎えた。
用意していたお菓子が全てなくなる頃に、ちょうど17時を迎えた。
季日南祭1日目は、何とか無事に終わったのだった。




