第五十九杯「茶道部・スクランブル」
「綾瀬先輩、瀬川さんの様子はどうですか?」
「保健室のベッドに寝かせてるわ。今おウチの人に迎えに来てもらってる。保健室の先生曰く、過労でしょうって」
部室に戻ると、待っていた板野さんに寧音姉が説明する。
その一方で、僕は笑っている膝を押さえていた。
「先輩、大丈夫ですかー?」
「だ、大丈夫……」
瀬川さんは軽かったけど、人1人をおんぶして3階分の階段を降りるのは大変だった。
万が一にも落としてはいけないから気を張っていたし。
「お医者さんに診てもらわないと何とも言えないでしょうけど、明日は無理ね。生徒会長として参加させられないわ」
「……でしょうねー。明日どころか明後日も無理っぽいですよ莉子先輩」
寧音姉の言葉に、輝木さんが同意する。
僕も同意見だ。あの熱の高さからして、明日も明後日も無理だろう。
「茶道部の活動に、季日南祭の準備、応援団のチアに期末試験の勉強……、そりゃ倒れるでしょって話ですよー」
「……うん、そうだね」
輝木さんの言葉に頷きながら、後悔する。
無理しないように、僕がもっと強く言っておけば。
何か手伝えないかもっと言っておけば、こんな事にはならなかったかもしれないのに。
しかし後悔しても今更どうしようもない。
寧音姉が何かのチケットのような物をクリアファイルから取り出しながらこう言った。
「野点の開店時間を変更するわよ。初日は昼10時から昼13時まで。それから1時間休憩を取って14時から17時までの二部制にするわ。13時までに入れなかったお客さんには整理券を配って14時からの部で優先的に入場させる。いいわね?」
「え? 整理券作っておいたの?」
整理券らしきものをヒラヒラさせている寧音姉に驚くと、寧音姉は苦々しい表情を浮かべながら頷いた。
「元々そう提案するつもりだったのよ。昼10時から17時までぶっ通しなんて無茶すぎるわ」
「デスヨネー。結衣菜も同意見ですー。莉子先輩は『頑張ります!』って言っちゃうでしょうけど」
寧音姉の言葉に輝木さんが同意する。
中学の時に文化祭でカフェをした事がある輝木さん曰く、『どう考えても無理』らしい。
「それと輝木さんに頼んで助っ人に来てもらう事にしたわ。輝木さん、連絡はした?」
「はいー。3人共OKしてくれましたー。前からスケジュールは空けてもらうよう頼んでいたのでー」
「え? そんな事してたの?」
「……瀬川さんの考えは、非現実的すぎたのよ」
フウ、と疲れた息を吐いて寧音姉が言う。
「どのくらいのお客さんが来るのか、どれくらい忙しくなるのか、どれだけ人員が必要になるのか。過去の茶道部のやっていた野点を参考にして来客数の予測はできてたけど、人員の配置が足りなさすぎたわ。彼女は自分が頑張ればいいと思ってたみたいだけど」
そういえば前に打ち合わせをした時に、寧音姉が輝木さんに何やら耳打ちしていた。
アレはこの話をしていたのか。
「助っ人に来てくれる3人に着物はないから、制服にエプロンで接客してもらいましょう。輝木さん、3人にエプロンを準備しておくよう連絡しておいて」
「りょーかいでーす」
輝木さんがスマホをポチポチしだす。
その一方で、寧音姉が部室の隅にあったホワイトボードに何やら書き出した。
野点の会場と、僕らの名前だ。
「役割分担も変更するわ。受付係は私がする。接客は輝木さんと助っ人に来てくれる3人で担当。大鳥君はお茶とお菓子の準備の手伝いと茶碗を洗う仕事に専念してちょうだい。そして瀬川さんの代わりにお茶を点てる亭主は……」
「私、ですよね」
板野さんの言葉に寧音姉が頷く。
「そうね。この中で唯一の茶道経験者の板野さん以外いないわ。板野さん、大変だけど2日間頼めるかしら?」
「分かりました。大鳥君達に今からお茶の点て方を覚えて頂くなんて訳にもいきませんしね」
寧音姉の頼みに、板野さんが淡々と答える。
確かに今からお茶の点て方をマスターしろなんて言われても無理だし、点てられたとしてもお客さんにお出しできる代物ではないだろう。
「抹茶は部室にあるし、お菓子は和菓子屋さんの人が9時に校門前に届けに来てくれるって瀬川さんに聞いたから、もう今やれる事はないわね。着替えて解散しましょう。帰ってからも手洗いうがいをして、早めに休んで体調に気をつけてちょうだい」
「分かりました」
「りょーかいでーす」
寧音姉の言葉に、板野さんと輝木さんが和服に手をかける。
手をかけて……僕の方を見た。
「「大鳥君(先輩)、着替えるんで出てって下さい」」
「あ、はい」
そして僕達は、それぞれ制服に着替え部室を後にした。




