第五十七杯「季日南祭・前日」
「大鳥君、その椅子はこちらにお願いします」
「ここ?」
「はい。そちらで大丈夫です」
あっという間に金曜日になった。
授業は休みになり、生徒達は季日南祭の準備に追われている。
「瀬川さん、これはここでいいかしら?」
「はい。ありがとうございます綾瀬先輩」
瀬川さんの指示に従い、僕らは野点の会場設営をしていた。
どこから引っ張り出してきたのか竹垣に大きな和風の傘、生け花も準備されていて本格的だ。
「フウ、あらかた終わりましたね」
瀬川さんがタオルで、爽やかに汗を拭う。
梅雨が終わり夏が近づいて、気温が高くなっている。急に暑くなってきているので体調管理が難しい時期だ。
「莉子先ぱーい、少し休みましょー」
輝木さんが赤い布を敷いた長椅子に腰掛け、瀬川さんを隣に座るよう誘ってくる。
大きな傘の下にあって日陰になっており、涼しそうだ。
「輝木さんの言うとおりだと思うわ。ここで少し休憩にしましょう」
「はい、そうですね」
寧音姉の言葉に頷き、瀬川さんが輝木さんの隣に腰掛ける。
「莉子先輩、はい、アーン」
「? アーン? ……なんでふか? ふぉれ?」
「1年生のクラスが作ってるベビーカステラですー。試作品をもらってきちゃいましたー。おいしいですか?」
「うーん……少々味が雑ですね」
微妙な顔をした瀬川さんが、厳しい評価を下す。
『たちばな』のおいしいお菓子を食べ慣れている彼女からしたら、素人高校生の作るお菓子じゃ舌が満足しないのだろう。
瀬川さんが、ピンク色の水筒を取り出し水分補給をする。
その隣で輝木さんは、黒くてゴツい水筒を飲んでいた。女子サッカーの時に使ってた奴とかだろうか?
「大鳥君、会場の設営終わったんですか?」
突然板野さんに横から声をかけられ驚く。来たのかよ。
「板野さん。競技かるた部の準備は終わったの?」
「はい。無事に終わりました」
板野さんのいる競技かるた部はかるた体験会をするそうだ。
子供も大人も参加して、結構人気らしい。
「本当に大丈夫なの? 季日南祭、茶道部に参加して」
「大丈夫ですよ。こちらの方が人数が少ないですし、かるた部は私がいなくても大丈夫ですし」
以前輝木さんから聞いた話を思い出す。
板野さんは高校からかるたを始めた初心者で、試合に出たことない弱い選手だそうだ。
だからいなくても支障がないという事なのだろうか。
「こっちに板野さんがいてくれて助かるよ。瀬川さんはともかく、僕達は右も左も分からない初心者ばかりだからさ」
でも茶道部では貴重な茶道経験者なので、いてもらわないと困る。
「……」
「うん? どうしたの?」
「いえ、何でも。まあ頼りにされてるなら頑張ります」
「お願いします。後は明日を迎えるだけって感じだけど……大丈夫かな?」
「さあ」
気のない返事をして、板野さんが銀色の水筒に口をつける。
そして淡々とした口調でこう言った。
「私もこうした野点の経験はありませんし、瀬川さんに任せるしかないでしょう。家が茶道教室の彼女が『大丈夫』と言うのなら、大丈夫なんじゃないですか?」
「だと、いいんだけど」
家が茶道教室の瀬川さんなら、確かに野点の経験があるのかもしれない。
でもこうした学校の文化祭でやった経験はないはずだし、不安が残る。
彼女は自分が頑張ればいいと考えてそうだし……
「それでは当日のシミュレーションをしましょう。大鳥君、お客さん役をやってもらってもいいですか?」
「分かったよ」
10分ほど休憩して、瀬川さんが立ち上がる。
それぞれ持ち場へ移動し、お客さん役の僕は入り口から入った。
「いらっしゃいませ。茶道部の野点お茶とお菓子のセット、500円です」
「はい」
入り口の案内係の寧音姉にお金を渡すフリをし、券を受け取る。
当日は僕がする所だ。
「ようこそおいでくださいましたー。こちらのお席へどうぞー」
接客係の輝木さんが、笑顔を浮かべながら僕を席へと案内する。
瀬川さんがお茶を点てる真似をし始め、板野さんがお盆に紙皿やお手拭きをセットする。
瀬川さんが空の茶碗をお盆の上に置き、それを輝木さんが持ってくる。
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞー」
お盆を置いて、輝木さんが去って行く。
そこで瀬川さんがパンと手を叩いた。
「はい。いいですね。当日もこのような感じで来て下さったお客様におもてなしいたしましょう」
「まあ忙しくなったらこんな風にはいかないでしょうけどねー」
「そうね。受付係がどれだけペースを作れるかが大事そうね」
寧音姉にさりげなくプレッシャーをかけられる。そんな事言われても。
「大丈夫です。皆で頑張りましょう!」
瀬川さんがニコッとした顔でそう言う。
頑張りましょうと言われると冷めてしまうのが僕なのだが、彼女の頑張りを見ているだけに頑張らないといけない気分になる。
何せ茶道部の活動に加えて、応援団のチアに、苦手な英語の勉強も頑張っているのだから。
「さて、次は和服の着付けをしましょうか」
そう言った瀬川さんに促され、僕らは茶道部への部室に移動するのだった。




