第五十五杯「頑張る彼女」
「どうかしたんですか?」
瀬川さん、輝木さんと3人で、吹奏楽部がいる辺りに向かう。
応援団長の岩城先輩が、ぶっとい眉を下げた。
「吹奏楽部の部員に熱中症っぽいのが10人出たんだ。それもトランペットに5人」
見ると吹奏楽部の部員達が頭にタオルをかけられ、背中を支えられながら水分を摂っていた。
見た所軽い熱中症って感じだけど、多分すぐに演奏に戻るのは無理だろう。
急に暑くなったから、それに対応できなかったらしい。
ましてや吹奏楽部がいたのは、一番陽の当たる所だったから。
「どうすんの? ペットがいないと応援曲演奏できないわよ」
「ペットなしでできる曲ってないか? それか他のパートのペット経験者を回すとか」
「練習もしてないのに演奏できる訳ないでしょ。それに他のパートだってギリギリだし……」
今日は他の演奏会もあるとかで、吹奏楽部は半分しか来てないらしい。
と、瀬川さんが吹奏楽部員の元へ歩み寄った。
「スミマセン。お話をお聞きしたのですがトランペット奏者が足りないんですか?」
突然現れたチアガールに、吹奏楽部員達が顔を見合わせる。
「ああ、そうだけど……」
「私、中学3年間トランペットをしていました。もしよろしければ私が吹きましょうか?」
「え?」
突然の現れたチアガールの申し出に、吹奏楽部員達が困惑した様子になる。
「転校する前の高校でもチューバをしてました。関西大会で金賞を取っています」
「「「……」」」
「腕前をお見せしますので、どれかトランペットを貸していただけますか?」
「え? じゃあ……、これを……」
吹奏楽部員が、熱中症で休んでる1年生の女子に了解をもらってからトランペットを瀬川さんに渡した。
瀬川さんがマウスピースに口をつけて軽く吹き始める。
ドレミファソラシド、ただそれだけの音。
それだけの音なのに、空気が変わった。
吹奏楽部の部員が、皆目を丸くして彼女を見ている。
そんな事を気にも留めず、瀬川さんがマウスピースから口を離した。
「何か1曲吹きましょう。楽譜をお借りできますか?」
「え? ふ、吹けるの?」
「はい。聴いていた曲なら全部吹いた事がありますので」
「い、いや。今ので吹けるって分かったから。楽譜は開いてあるから、あそこで演奏して」
「かしこまりました」
やり取りしている間に、グラウンド整備が終わりウチの高校の攻撃が始まろうとしていた。
吹奏楽部員に促され、瀬川さんがトランペットを構える。
聞き覚えのあるJPOPが演奏される。
トランペット1台しかいないのにそれを感じさせないほど音が大きい。
けれども音に上品さがある。
伸びやかで、美しく、心にまで響きそうなほど。
次の曲も、その次の曲も。
目を、いや耳を奪われる演奏が続いた。
吹奏楽部も、応援部も、応援に来てる1年生達も皆チアガール姿でトランペットを吹く彼女に惹きつけられている。
輝木さんも目を輝せながら瀬川さんを見つめていた。
「莉子先輩すごいです! トランペット上手ですね!」
6回裏に入り、日陰に入った瀬川さんに輝木さんが大興奮で寄ってくる。
「はい。久しぶりですがまずまず吹けました」
「いやまずまずってレベルじゃないよ……。僕吹奏楽全然分かんないけど、瀬川さんが上手いっていうのはすぐ分かったよ」
「いえいえ、私なんて。転校する前の学校では、私より上手い人がたくさんいましたから」
「マジですか、アレより上手い人がたくさんいるんですか」
「はい。一応強豪校と言われる所だったので」
お団子頭をクシクシいじりながら、瀬川さんが照れくさそうに答える。
謙遜だと思うが、彼女はチューバを選んだという事なので本当にそうなのかもしれない。
しかしそれがもったいないと思うくらい明らかに上手かった。
「あ、次の回の攻撃が始まりますね。では私はまた演奏に戻りますので」
「あ、うん。頑張って」
「莉子先輩、頑張ってくださーい」
「はい。ふつつか者ですが、頑張ります!」
その後試合終了まで瀬川さんはトランペットの代役を無事こなし切った。
なお試合はいい所を見せようと空回ったのか、ウチの高校の野球部の惨敗に終わっていた。




