第五十四杯「何ですか? 先輩、何か手に塗ってるんですか?」
かけ声と共に、両チームの選手達がグラウンドへ飛び出し、整列する。
誰よりも早く着こうとする選手に、周りと合わせようとしてズレる選手。
主審に促され、野太い声と共に頭を下げあい散らばっていく。
両チームのスタンドから拍手が沸き起こった。
地区大会決勝はシード校同士の戦い。
夏の選手権大会を睨み勝っておきたい所だろう。
どちらのチームも気合いが入っている。
『1回の表、季日南高校の攻撃は、1番、セカンド、竹本くん』
まもなく試合が始まった。
1回表の攻撃、瀬川さんがチアの面々と揃った動きをしながら声援を送り始める。
「かっせかっせ竹本! かっせかっせ竹本! かっとばせー! 竹本!」
彼女の声は離れていても聞こえるくらいよく通る。
吹奏楽部にいたというだけあって、肺活量が大きいんだろうか。
そして大きいのに美しい。品のある声だ。
そして練習してきたというチアのダンスもキレキレだ。
それにしても暑い。
ずっと雨が降っていて涼しかったのに、今日は快晴。グッと気温が上がり日陰にいても蒸し暑い位だ。
日差しを浴びている彼女はもっと暑いだろう。
1回の表の攻撃が終わり、彼女がこちらにやって来る。僕は急いでクーラーボックスから『瀬川』とかかれているペットボトルを差し出した。
「瀬川さん、はい。ドリンク」
「ありがとうございます! フウ、今日は暑いですね」
僕からペットボトルを受け取りながらニコッと笑う瀬川さん。
言葉とは裏腹に元気そうだ。
ペットボトルのスポーツドリンクを飲む彼女の白い喉が動く。
僕は目を逸らして他の応援団員達にドリンクを配り始めた。
配り終えるのを待って、瀬川さんが僕の隣に腰掛ける。
頭にタオルを被った輝木さんが見てくるけれど、集団行動を乱せないのかこちらには来ない。
「大鳥君、この試合どうなると思いますか?」
「……相手のピッチャーがいいからロースコアのまま行きたいだろうね。1回の攻撃を見た感じ、そう簡単には打てなさそうだし」
瀬川さんに聞かれ、あっさり三者凡退に終わった1回の表の攻撃を思い出し答える。
「ですよね。頑張って応援しないとっ」
瀬川さんが可愛らしくムンと気合いを入れる。
それにしても近い。
そして普段より露出が多い格好だから緊張する。
1回の裏の守備が終わり、瀬川さんが応援へと戻る。
そしてポンポンを嵌めた両手を振りながら声援を送った。
……そんな瀬川さんの頑張りも空しくウチの高校の攻撃は凡退を繰り返した。
5回まで試合が終了し、グラウンド整備に入る。
応援団や1年生達もスタンドの日陰に入り、グラウンド整備が終わるまで小休止の時間だ。
瀬川さんも、僕の隣に座りタオルで汗をぬぐった。
「大鳥君のおっしゃる通り、ロースコアの展開に持ち込めましたね」
「うん。ピッチャー交代も早かったし、少ない失点で5回までいけたのはいいんじゃないかな」
スコアは0対2。
失点した所で早めに継投に入った分傷口は広がらずに済んだと言える。
ただまったく打ててないので厳しそうだけど……
「相手のピッチャー、投げてるのチェンジアップですかね?」
「うん、そうだね」
「腕も振れてますし、低めにコントロールできてますしあのボールを打つのは難しそうですね」
前に野球を見るのが好きと言ってたのは本当のようで、結構詳しそうだ。
その瀬川さんが、ポーチから何やら取り出し自分の身体に塗り始めた。
日焼け止めのようだ。汗で流れてしまったらしい。
「あの、大鳥君」
「うん? 何?」
「この日焼け止めを、こちらに塗っていただけませんか?」
僕に背を向け、チアガールの衣装の背中の襟を引っ張りながら瀬川さんがそんな事を言ってくる。
白い肌と、黄緑色の下着がチラリと見え心拍数が上がる。
「そ、それはちょっと……」
「お願いします。自分じゃ濡れなくて……」
瀬川さんに日焼け止めを渡され、途方に暮れる。
女の子の肌に日焼け止めを塗るなんてラノベじゃよくあるシチュエーションだけど、自分がそうなると本当に困ってしまう。
触っていいのか? セクハラと言われないか?
「……」
瀬川さんが、塗られるの待ちで背中を向けている。
これはもう塗るしかなさそうだ。
そう、これは日焼け止めを塗れなくて困ってる彼女に頼まれた行為。
決して下心がある訳ではない。
僕は日焼け止めを手にこぼして……
「先輩~、莉子先輩~。何してるんですか~」
そこに1年生の娘達としゃべってた輝木さんがやって来た。天の助け!
「輝木さん! タッチ!」
「へ? タッチ? ……うわっ、何ですか? 先輩、何か手に塗ってるんですか?」
「瀬川さんの首と背中に日焼け止め塗ってあげて!」
「……あ~、はいはい。莉子先輩、こっち向いてくださーい。結衣菜が塗り塗りしますよー」
察しのいい後輩に助けられ、僕は日焼け止めミッションから解放される。
た、助かった……
「そ~れ、塗り塗り~、塗り塗り~」
「ひゃん!? 輝木さん!? そんな所まで塗らなくていいですっ!」
瀬川さんのチアガールの衣装に、輝木さんが楽しそうに手を突っ込み瀬川さんが悶えている。
その度にチアガール衣装の短いスカートが翻りドキッとする。スパッツを履いているとはいえ。
しばらくして、日焼け止めを塗り終えたらしい輝木さんがおもむろに瀬川さんの胸を背後から両手でわしづかみにした。
「ほほう、これは中々」
「か、輝木さん!? どうして私の胸を触るんですか!?」
「前々から確認してみたかったんですよね~。莉子先輩のおっぱい。Fカップですか?」
「そんなにありません!」
密着して背後から胸を触る輝木さんを振り払おうとする瀬川さんが叫ぶ。
しかし確かに瀬川さんの胸は結構大きい。普段の制服じゃあまり目立たないけれど、チアガール衣装だとその大きさが目に入る。形もよさそうだ。
「お、大鳥君! 見てないで助けて下さい!」
瀬川さんに助けを求められ我に返る。
僕は慌てて、輝木さんの脇に両手を入れて瀬川さんから引き離した。
「フウ、た、助かりました……」
「もー、せんぱーい。邪魔しないでくださいよー」
涙目で両手で胸を押さえる瀬川さんと、ジト目でこっちを見てくる輝木さん。
美少女2人のレアな絡みは眼福だったけど、こちらとしては落ち着かない。主に、大人になったばかりのある部分が……
「……あれ? 何か騒がしいですね?」
そんな僕達よりも、こちらのスタンドのある部分が騒がしくなっている。
応援団、いや吹奏楽部の辺りだ。
白い帽子を被った人がやって来て、何やらざわついていた。




