第五十二杯「ふつうか」
「ヒマですねー」
「ヒマだね」
木曜日の放課後。
いつもにも増して閑散としている図書室のカウンターで、僕と輝木さんは本を読んでいた。
僕は英語の参考書、輝木さんは寧音姉に認められている唯一の息抜きのマンガ本「ドラ○ン桜」だ。
寧音姉セレクトで勉強に役立つマンガだけ読んでいいという事になっている。最近は歴史のマンガを読んでいた。
輝木さんが「ドラ○ン桜」を閉じてハ~っと息を吐く。
「あ~、ラノベ読みたいです~」
「だろうね」
「マンガはマンガで面白いんですけど~、結衣菜は活字が食べたいんですー。たまに可愛い女の子のイラスト見て癒やされたいんです~。何か勉強に役立つラノベとかないですかね~」
「そんなラノベ……なくはないけど」
「えっ、マジですか?」
「ああうん、ウチの図書室にも、あるっちゃあるね」
「何ですか! 読ませて下さい!」
「あんまり僕らには役に立たないと思うよ」
「それでもいいんで!」
輝木さんに迫られ、渋々書庫に取りに行く。
そのラノベの1巻の表紙を見せた瞬間、輝木さんが小首を傾げた。
「『の○りん』……? これってどんなラノベですか?」
「10年くらい前にアニメ化もされた、農業高校を舞台にしたラブコメだよ」
岐○県の農業高校に通うアイドルオタクの男子の元に、活動休止した憧れのトップアイドルが転校してくるというライトノベルだ。作者は『りゅう○うのおしごと!』と同じ先生だ。
「ずっと最終巻が出てなくて、10年ぶりに最終巻が出て話題になったんだけど知らない?」
「あー、そういえばSNSでそんなの見たような気がー……」
表紙からページをパラパラめくり、輝木さんが眉をひそめる。
「面白そうですけど、先輩、これがどう勉強に役立つんですか?」
「日本の農業事情とか農作物に詳しくなるね。農業高校に通う生徒なら役に立つと思うよ」
「結衣菜達がいるのは普通科の高校ですー! もう、先輩の役立たずー!」
そう言いながらも、輝木さんが夢中で「のう○ん」を読み始める。
ずっと勉強だけじゃ息も詰まるだろうしたまにはいいだろう。
そんな事を考えている僕達の前に、プリーツの整ったスカートが現れた。
「大鳥君、輝木さん、こんにちは」
「瀬川さん、こんにちは」
「莉子先輩? 本返しに来てくれたんですか?」
「はい、この度は申し訳ございませんでした」
丁寧な礼をしてから、瀬川さんがカバンから本を5冊出してくる。
僕らは2人で手分けして本を確認し、返却処理をした。
「返却受付ましたけど、延滞したんでペナルティですよー。莉子先輩、パンツ見せて下さい」
「ええっ!? そんなご無体な……!? ……ですがペナルティなら仕方ありません。お見苦しいものですが、お納めくださいっ!」
「瀬川さん落ち着いて、そんなペナルティないから」
スカートを上げかけた瀬川さんを慌てて止めてから、僕は本来のペナルティを説明する。
「延滞した人は1週間貸し出し禁止になるんだ。その後なら借りられるから、来週の木曜以降に利用してね」
「はい。かしこまりました。……フウ、今日は可愛いの履いてなかったので安心しました」
瀬川さんがスカートを整えながら、そんな事を言う。
可愛いの履いてなかったって、可愛いのはどんなのなんだろう。
浮かびかけた想像を頭を振って振り払う。
「瀬川さん、今日は1人で茶道部で活動してたの?」
「いえ、弓道部の皆さんにお茶のお稽古をつけていました。
「弓道部にお茶のお稽古? それって意味あるんですか?」
「はい。茶道も弓道も心を整え、作法通りに行う事が大事ですから」
「「……」」
輝木さんと2人顔を見合わせる。
昨日部活が終わるのが早かったのは、瀬川さんが疲れてるんじゃないかと思ったからだ。
しかし目の前にいる瀬川さんからはそんな雰囲気をみじんも感じられない。
むしろ元気のように見える。
「瀬川さん、『りゅう○うのおしごと!』と『あ○びのかんけい』読めた?」
「えっと……、申し訳ございません。全部は読み切れませんでした。どちらも面白い作品でしたので、期末試験が終わったら続きを読みたいのですが……」
「その頃には貸出禁止期間も終わってますし大丈夫ですよー。莉子先輩、全巻読んだら結衣菜とラノベトークしましょう!」
「ええ、ぜひ」
ニコっと笑う瀬川さん。その表情に疲労は見えない。
その瀬川さんが、何やらモジモジし始めた。
「あ、あの、大鳥君」
「うん? 何?」
「1つ頼みがあるんですけど、いいですか?」
「頼み?」
「はい。前にお話しましたが今度の日曜なんですけど、野球部の試合にチアで参加する事になりまして……。ですが人手が足りないので手伝いに来て欲しいんです」
「手伝い? ええと、応援団に参加するって事?」
「いえ、荷物を運んだり熱中症対策にドリンクを配る手伝いをする人を連れて来て欲しいと言われていて……」
「あー、結衣菜達1年生も応援に参加しないといけない日曜のアレですねー」
「誰か来てくれそうな人を当たって欲しいと言われたのですが、大鳥君来てもらえませんか?」
途中輝木さんの情報も加わって思い出した。去年1年生だった僕も応援に参加した地元のTV局主催の地区大会だ。そういえば前にチアガール姿の瀬川さんが話してた気がする。
「もちろんいいよ。えっと、どこに何時に集合すればいいのかな?」
「私達は学校に集合ですが、手伝いに来る人は現地集合でいいそうです。近くの市営球場らしいですが……」
「ああうん、分かるよ。自転車で直接向かうから」
「ありがとうございます。では朝10時に集合でお願いします。試合は10時半からだそうで、制服を着て来てください」
「うん、分かったよ」
朝10時。
せっかくの休日にゴロゴロできないのは残念だけど、まあ仕方ない。
瀬川さんが僕に丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。それでは、私はこれで」
「はーい、莉子先輩。また明日ですー」
「また明日」
「はい、また明日のお昼休みによろしくお願いしますね」
ペコッと頭を下げて図書室を去って行く瀬川さん。
その後ろ姿は、いつものように美しかった。




