第五十杯「彼女の噂」
放課後を告げるチャイムが鳴り、青春を送るクラスメイト達が騒ぎ始める。
意味もなくぶつかったり、たたき合ったり。
それが青春と呼ぶのだろうか。そろそろ夏の大会のレギュラー入りやメンバー発表があるから張り切っているらしい。
僕にも、そういう時期があった。
自分が何者かになれると信じ、頑張れた時が。
青春を送るクラスメイト達の中で、そそくさと移動するお下げの頭を見つける。
彼女も競技かるた部で青春を送っているのだろうか。
そんな感じはあまりしないんだけど……
「なあ、ちょっといい?」
そんな事を考えていたらクラスメイトのサッカー部男子Aが声をかけてきた。
「僕?」
「そう、大島君にちょっと話あんだけどさ」
「大鳥だよ。えーっと、ワタナベくんだっけ?」
「コジマだよ」
そんなズレた会話をした後、コジマくんとやらがオシャレな髪型の後ろ頭を掻きながら僕に話しかけてきた理由を告げた。
「季日南祭の事なんだけど、買い出しの手が足りなくてさ。今度の土曜、買い出しに行くんだけど大鳥君来てくんねえかな」
「ああ、いいよ」
クラスの手伝いはできてないし、それくらいはするべきだろう。
幸い時間は15時という事だし、瀬川さん達の勉強を見てから参加できる時間だった。
「それと、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「ん? 何を?」
「転校生の茶道部の部長って、どんな子?」
「……」
どうやらこっちが本題らしい。
周りのクラスメイト達も、聞き耳を立てているような気がする。
なので僕は、慎重に言葉を選んで彼の質問に答えた。
「どんな子も何も……、茶道に熱心な子だよ」
「あー、じゃあ彼氏とかはいない感じ?」
「それは分からないよ。まだ知り合って間もないし」
「そうなん? いや4組の奴が言ってたんだけど、彼女いつもクラスで1人だし、女子も男子も話しかけにくいらしくて。話しかけたら普通に答えてくれる感じらしいけど」
「……」
期せずして、彼女のクラスでの様子を知る事になった。
このサッカー部男子Aは顔が広そうだし、いいチャンスかもしれない。
「ちょっといいかな。聞きたい事があるんだけど」
「うん? 何?」
「4組って、どんなクラスなの?」
「4組? 元の1年4組がほとんど持ち上がったみたいなクラスだけど、それがどうかした?」
「って事は、人間関係ができあがっちゃってる感じ?」
「あー、そうかもなー。女子は吹奏楽部とテニス部のグループがあって、そこに入れない子はちょっと肩身が狭いみたいな」
「……」
よくある話といえばよくある話だ。
多分だけど彼女はどっちのグループにも入れず、あるいはどちらが彼女を引き込むのかみたいな争いに巻き込まれてるのかもしれない。
これ以上は聞きたくなかった。変な事を言って彼女に迷惑をかけたくないし。
僕はカバンを手に立ち上がった。
「ゴメン。そろそろいいかな。僕図書委員の仕事があるから」
「あ、ああ……。何か怒ってる?」
「別に、じゃあ」
「ああ、じゃあ……」
僕はサッカー部男子Aに背を向け、教室の外へと歩き出した。
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「暇ですねー」
「暇だね」
昨日よりも閑散としている図書室のカウンターで、輝木さんと僕はいつものやり取りをする。
まあ勉強できるのでいい事だ。輝木さんは寧音姉に宿題として出されたプリントを黙々と解いている。
「頑張ってるみたいだね」
「そりゃまー、補習になるのはヤですしー」
壊滅的だった中間試験から一転、寧音姉曰く順調に力をつけてきているようだ。
遠くでひときわ大きな声がこだまする。
運動部達がグラウンドで声出しで張り合っているようだ。
「そーいえばー、結衣菜のクラスにいる競技かるた部の子に聞いたんですけどー。板野先輩って高校からかるた始めたそうなんですよ」
「そうなの?」
「そうなんですー。まだD級で、高校に入ってから試合に1回も出てないそうですー」
競技かるた部と茶道部を兼任している板野さん。
茶道部では貴重な茶道経験者という事もあり、僕らより上の存在という感じだけど、かるた部では立場が低いらしい。
「茶道部がある日以外いつも一番遅くまで練習してるんだそうですよー。でも部の中では全然弱いそうですー」
「そうなんだ……。まあ競技かるたって経験者多そうだもんね」
小学生からやってる10年選手とかもいるだろうから、力の差があるのだろう。
生真面目な彼女は要領が悪そうだから、その差は中々埋められないような気がする。
「……なんで皆、部活なんてイッショウケンメイやるんでしょうね。どーせ何にもなれないのに」
「……そうだね」
お互いの顔を見ず、まっすぐ前を向いたまま僕らは同調する。
どうせ何にもなれない。
その言葉は、実感がこもっていた。
「輝木さんって、中学の時何か部活やってたの?」
「言ってませんでしたっけ? 女子サッカーです」
「え、意外」
運動部でもおかしくないけど、テニスとかバスケとかをイメージしてただけにサッカーは意外だった。
今の彼女は、日焼けなんて一切していない真っ白な肌をしてるし。
「そう言う先輩は、野球ですよねー?」
「なんで分かったの? 寧音姉に聞いた?」
「いえいえ、クラスマッチ見てたんで分かりますよー。あれはどう見ても経験者の動きでしたしー」
そういえば4月末にあったクラスマッチの試合見に来てたっけ。
ソフトボールだったけど、野球をやってた事は見て分かったらしい。
「輝木さんって、ポジションはどこだったの?」
「フォワードでしたー」
「……ああ、あの足の速さだもんね」
応援に来て欲しいと、ほぼ無理矢理連れてこられた女子バスケの試合で、輝木さんは大活躍してた。
立ちはだかる上級生達をドリブルで次々躱す姿は、見事なものだったっけ。
「そう言う先輩は、ポジションどこだったんですか? まあショートとピッチャーだったんでしょうけど」
「……当たりだよ」
クラスマッチでもショートを守り、マウンドにも上がったし分かったんだろう。
不本意ながら、活躍もしてしまったし。
「なんで野球部入らなかったんですかー?」
「……まあ、色々ね。そう言う輝木さんは?」
「色々ですー」
「……」
「……」
お互いになんとなく何かあると察し、僕らは黙り込む。
そしてしばらく、お互いプリントを解いたり参考書を読み始めたりしてこの会話を打ち切った。
どうやら僕らは、似た者同士だったようだ。
「……そろそろ、閉室しようか」
「……そうですねー」
僕らは粛々と閉室作業を終え、図書室の扉を閉め鍵をかける。
「お疲れ」
「お疲れ様でしたー」
そしていつものように、図書室の前で別れた。




