第五杯「図書委員の後輩②」
「先輩って、夜寝る前っていつも何してるんですか?」
部活に熱心な生徒が多いせいで、ほとんど誰もいない放課後の図書室。
そのカウンターで隣に並ぶ1年生の輝木さんが、いつものように声をかけてきた。
新学年になって1ヶ月。
彼女とは月・木・金の放課後に、週3で図書委員の仕事をいっしょにしている。
「寝る前? ラジオ聴いてるよ」
「ラジオですか?」
「うん、ラジオ」
今日は昼休みに返却された本が少なかったのか、本棚に戻す本も少ない。
そして誰もいない図書室は完全に暇だ。将来はこんな職場で仕事をせずに給料だけをもらいたい。
「中1の時、家族からポータブルラジオを誕生日プレゼントにされちゃってさ。仕方ないから聴き始めたらなんとなく習慣になっちゃって」
「へー。どんな番組聴いてるんですか?」
「うーん、特に決めてないなあ。何か面白そうな番組が流れてたらチャンネル合わせて、聴きながら勉強して、眠くなったら寝てる」
「先輩のラジオネームって何ですか?」
よっぽど暇なのか、輝木さんがスマホの画面を人差し指でカツカツしながら聞いてくる。
「ラジオネーム? 何もないよ」
「お便り投稿しないんですか?」
「してない。聴くだけリスナーだよ」
僕の言葉に、スマホから顔を上げた輝木さんがう~んと言う表情になる。
「なんか先輩っぽいですね」
「どういう意味?」
「何事にも興味ないっていうか、やる気ないっていうか。そんな感じです」
「まあそうだね」
輝木さんの言葉に、苦笑を返す。
実際僕は、何事にもやる気がない。
他の皆が色とりどりのカラフルな青春なら、僕は真っ白な灰色だ。
「先輩って、友達いなさそうですよね」
「うん、いないね」
「即答怖いんですけど。先輩、誰かと連絡先交換とかアカウント教えたりしてます?」
「してないね。そもそも聞かれてないし」
僕の返答に、輝木さんが残念なものを見る目になる。
「先輩、高校入ってから連絡先交換した人ゼロですか?」
「うん、ゼロだね」
輝木さんが、ハアと息を吐く。
その表情は、なぜだか楽しげだった。
「しょーがないですね。結衣菜が先輩の初めての連絡先交換相手になってあげても……」
そう言いながら輝木さんがスマホを掲げたその瞬間、
スピーカーが誰かの怒りを表すようにキインとハウリングを上げて振動した。
『2年1組 大鳥裕樹くん。2年1組 大鳥裕樹くん。大至急生徒会室に来て下さい。
繰り返します。大鳥裕樹くん。大至急生徒会室に来て下さい』
「「……」」
スピーカーから聞こえてきた生徒会長、寧音姉の声に、輝木さんがスマホを持ったまま固まる。
「先輩、会長先輩が呼んでますよ」
「呼んでるね」
「チョー怒ってる感じですよ」
「怒ってるね」
昨日までとは違い、声が怒ってる感じだ。2日続けてすっぽかされお怒りらしい。
「行かなくていいんですか?」
「いいよメンドくさい」
『2年1組 大鳥裕樹くん。2年1組 大鳥裕樹くん。大至急生徒会室に来て下さい。
繰り返します。大鳥裕樹くん。大至急生徒会室に来て下さい。……早く来なさい』
「ひいっ」
最後に付け加えられた低い声に、輝木さんが身を震わせる。
しかし僕は動じない。
どうせこうやって放送を繰り返すくらいしか……
『大鳥裕樹くん、来ないとあなたの恥ずかしい話をひとつずつ話していきます。ひとーつ、年少さんの頃、私の事を「お母さん」と呼んだ事がある』
「ちょっ!?」
突然始まった暴露話に、さしもの僕も慌てる。
「先輩、会長先輩の事『お母さん』って呼んだんですか?」
「幼稚園の頃だから! たまたま間違えただけだから!」
輝木さんが、笑いをこらえきれない表情になっている。チクショウ、寧音姉の奴め……
『ふたーつ、小学1年生の時、学校で迷子になって泣いた』
「先輩、これ止めに行った方がいいんじゃ……」
「ゴメン! 行ってくる! あと任せるね!」
「あ、はーい。お任せくださーい」
プクククという表情をしている輝木さんに図書委員の仕事を任せ、僕はカバンを手に駆け出した。
『みーっつ、小学2年生の時、給食のカレーの鍋を引っくり返して……』
その間も僕の恥ずかしい話が続いている。
寧音姉の奴め!
僕は生徒会室に向けて、階段を2つ飛ばしで駆け上がった。




