第四十五杯「帛紗捌き」
「本日は皆さんに、帛紗捌きを覚えて頂きたいと思います」
水曜日の放課後。
久しぶりに茶道部の活動ができるとあって、瀬川さんは張り切っている様子だ。
この前商店街に買いに行った帛紗という布を広げている。
「ハイ! 莉子先輩! ふくささばきって何ですか?」
「道具を清めやすくするため、帛紗を小さく折る茶道の基本の所作です」
輝木さんの問いかけに、手に持っている赤い布を動かしながら瀬川さんが答える。
「まず三角形の角を右手で持ち、左手を左手にすべらせ角を持ちます。次に左右を持ち、三角形の形に広げます。それから左手の親指・人差し指で帛紗を持ち、残りの指は手前にします。ここまでいいですか?」
「「いやいやいや」」
瀬川さんの手の中で手品のように形を変えた帛紗を見ながら、僕と輝木さんがツッコむ。
一方元々茶道教室に通っていたという板野さんと、物覚えが早い寧音姉は瀬川さんと同じ形に帛紗を変えていた。
「先輩、今の分かりました?」
「いや全然、まったく、さっぱり」
「デスヨネー」
輝木さんがスマホを取り出し瀬川さんに問いかける。
「莉子先輩、動画撮っていいですかー?」
「ダメです。茶道では『心に伝え、目に伝え、耳に伝え、ひと筆もなし』と言います。見て、聞いて、心に伝えて覚えて下さいという意味です。繰り返しお稽古して、体で覚えて下さい」
前に僕に言った言葉を繰り返しながら、瀬川さんが首を横に振る。
「でも今の時代そーゆーの効率悪いですよー。瀬川先輩に何回も教わるのも悪いですしー」
「ですが……」
「いいんじゃないかしら」
瀬川さんの肩に寧音姉がポンと手を置く。
そしてタブレットを何やら操作して見せた。
「動画サイトにも帛紗捌きのやり方が載ってたわ。今の時代、動画で覚えるのは主流よ。輝木さん達が帛紗捌きを覚えてる間に、私や板野さんは他の事を学べるし、効率的に行きましょう。今は週1回しか部活ができないんだし」
どうやら寧音姉は動画で予習してたらしい。
タブレットの画面を見ていた瀬川さんは、難しい顔をした後ハアとため息を吐いた。
「……仕方ありませんね。では輝木さん、今から帛紗捌きを通しでするので撮影してください」
「かしこまりです!」
輝木さんが瀬川さんの帛紗捌きをスマホで撮影する。
それを見ながら僕らが帛紗捌きを動画で練習してる間、板野さんはお茶を点てる稽古、寧音姉はお茶を頂く作法の稽古をし始めた。
「ねえ、瀬川さん」
一通り薄茶点前の作法の稽古が終わった所で、寧音姉が瀬川さんに声をかける。
「この茶道部でお茶を点てられるのは今のところ瀬川さんと板野さんだけよね?」
「はい、そうですね」
「私や大鳥君や輝木さんも、お茶を点てられるようになっておいた方がいいんじゃないかしら?」
「? どうしてですか?」
「季日南祭が近いからよ。お茶を点てられる人が2人だけっていうのは不安要素だわ。どちらかに何かあったら1人だけになってしまうし」
「そうでしょうか……そんな事ないと思いますけれど」
「物事に絶対はないわ。怪我や病気や、身内の不幸だってありえるし」
「そんな事ありませんっ」
寧音姉の言葉に、瀬川さんが珍しく感情を露わにしたような声を出す。
僕、輝木さん、板野さんが驚いた表情になる。
冷静沈着な寧音姉ですら、表情に戸惑いを浮かべていた。
「……何か、気に障るような事を言ってしまったかしら」
「……いえ、何でもありません」
「そう……」
長い黒髪をいじりながら、寧音姉が気持ちを整える。
「でも瀬川さん板野さんの他にもお茶を点てられるようにしておいた方がいいと思うわ。できれば全員」
「……それは、できません」
「どうしてかしら?」
「まだ皆さんには茶道具の名前を覚えてもらったり、お茶を点てる以前の事を学んで頂かないといけないからです。最低でもひと月はお稽古を受けて頂かないと」
「私も瀬川さんと同じ意見です。お茶を点てるのは茶道具の扱い方などをきちんと学んでからの方がいいと思います」
「……そう。ならこの話は終わりでいいわ」
瀬川さんに続いて経験者の板野さんも反対派に回った事で、寧音姉が意見を引っ込める。
僕と輝木さんも、今すぐお茶を点てられるようになりたい訳ではないので顔を見合わせて何も言わない事にした。
ただひとつだけ、瀬川さんが何をあんなに怒ったのかだけ気になった。




