第四十四杯「お赤飯」
「あ、大鳥君。こんにちは」
「こんにちは、瀬川さん」
週が明けて月曜日の昼休み。
4時間目がプールだった事もあり、早めに昼休みに入った僕はまっすぐ茶道部の部室にお弁当を持ってきていた。
「瀬川さん、早いね」
「今日は阿部先生の授業でしたから」
「あー……それは早いわ」
せっかちな性格の英語教師、ミズ・アベは授業のスピードが速くいつも10分前とかに授業が終わってしまう事が多い。その分早くこっちに来たという事だろう。
「ところで瀬川さん」
「はい、何ですか?」
「なんでチアガールの格好してるの?」
赤を基調としたノースリーブのチアガールの衣装を着た瀬川さんがその場でくるんと回る。短いスカートの裾が踊り黒いスパッツに彩られた白い太ももが見えた。そのまぶしさに目が眩みそうな思いがする。
「どうですか? 似合ってますか?」
「うん。似合ってるけどなんでチアガール?」
「応援団の団長さんにお願いされたんです。7月にある野球部の試合に応援に来て欲しいと」
ウチの高校は1年生全員参加で野球部の応援に行くという慣習がある。
転校してここに来た瀬川さんは1年生の時参加していなかったから、その分応援に参加して欲しいと言われたらしい。
……瀬川さんのチアガール姿を見たかっただけじゃないかという疑念はあるけれど。
「月曜の放課後は毎週チアの練習をする事になりました。私、チアガールした事なかったら楽しみです」
ニコッと笑う瀬川さん。その笑顔がまぶしい。
まあ彼女が楽しみにしてるなら言う事ないけど……
「大丈夫? 大変じゃない?」
「いえいえ、身体を動かすのは好きですし、野球を見るのも好きなので楽しみです」
「野球好きなの?」
「はい。お父様が野球観戦が好きなので子供の頃からよく見てました」
「そうなんだ」
「はい。来週の野球部の試合にさっそく応援に行くので今から楽しみです」
来週の野球部の試合。
地元のテレビ局が主催してる大会か。地区大会だし、シード校のウチの高校なら準決勝・決勝まで勝ち上がっていてもおかしくない。
「野球の応援はいつも演奏で参加してたので、チアで参加するの楽しみです。曲を吹きながらだと、ちゃんと見れてませんでしたしね」
「うん? 瀬川さんって、吹奏楽部だったの?」
「はい。転校するまで中高4年間吹奏楽部に入ってました」
意外な事実が明らかになった。
てっきり前の学校でも茶道部だと思ってたけどそうじゃなかったらしい。
そういえば「響け!○ーフォニアム」を持ってるって言ってたな。あれは自分が吹奏楽部に入ってたから買ったみたいだ。
「何の楽器をしてたの?」
「中学ではトランペット、高校ではチューバです」
「チューバって、あの大きい低音の楽器だよね?」
「はい。本当は高校でもペットがしたかったんですけど、希望者が多かったのでチューバにしました」
お団子頭をクシクシしながら、瀬川さんが苦笑いを浮かべる。
「でもおかげで高校でも1年からAに入れました。チューバも楽しかったです」
「そうなんだ……。ウチでも吹奏楽部に入ろうとは思わなかったの?」
「いえ、茶道部をやりながら吹奏楽部をするのは難しいですから。それに転校生が入るのは難しいでしょうし」
「……」
瀬川さんの言葉にウソはないだろう。
「響け!○ーフォニアム」でも3年になって転校してきた子が本人は悪気がないのに問題になる事があったし。
でも彼女は、自分の気持ちを押し殺しているような気がした。
それも、吹奏楽の事だけじゃなくいつも。
「そろそろ輝木さん達も来る頃ですね。大鳥君、お湯を沸かす準備をしたいので手伝って下さい」
「その前にひとついいかな、瀬川さん」
「? 何ですか?」
「着替えて下さい」
魅力的なチアガール姿で振り返った彼女から目を逸らしながら、僕はお願いする。
露出の多い格好は、今の僕にはキツイ……。
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「輝木さん達、遅いですね」
「そうだね」
お昼休みに入って15分経っても輝木さん達が来ない。
瀬川さんが、抹茶色のスマホカバーのスマホを取り出し何やら確認し出す。
「輝木さんは移動教室で出遅れたそうで今こっちに向かってるとの事です。板野さんはかるた部のミーティングがあるそうで、綾瀬先輩は急に生徒会のご用事が入ったそうです」
「そうなんだ。もう食べちゃおうか」
「そうですね」
2人でお弁当箱を取り出し、机の上に置く。
瀬川さんのお弁当箱は、和のテイストを感じさせるわっぱのお弁当箱だ。
中身はいつもブロッコリーやトマトなどの野菜や果物が多い。ヘルシーだ。
「あ、あの、大鳥君」
「うん?」
と、瀬川さんが机の上にもうひとつパックに入ったお赤飯を置く。
「よろしければこちら、お召し上がり下さい」
「どうしたのこれ?」
「『たちばな』で買ってきたんです」
「ああ、あそこお赤飯も売ってるんだ。……じゃなくてなんで僕にお赤飯?」
「輝木さんから大鳥君に何かおめでたい事があったと」
輝木さんめ……!
おめでたい事といえばおめでたい事かもしれないけど、何も瀬川さんに言いふらす事ないじゃないか……! いや言いふらしてはないけど……!
「大人の階段を一歩上られたそうですが、何があったんですか?」
純粋無垢な表情でこちらに尋ねてくる瀬川さん。守りたい、この笑顔。
「……い、言えない」
「え? どうしてですか?」
「瀬川さんには言えない事なんだ」
「輝木さんには言われたんですよね? どうして私には言えないんですか?」
「輝木さんは自分で気づいたっていうか、僕から言った事じゃないっていうか……。瀬川さん、お兄さんか弟っている?」
「いません。私、一人っ子なので」
「そうなんだ。僕といっしょだね。それじゃあ食べようか」
「話を逸らさないでください! 何なのか気になります!」
純粋無垢な興味を抱いたらしい瀬川さんが、僕の腕を掴んでくる。
近い近い柔らかい温かい可愛いドキドキする!
「い、言えない!」
「どうしてですか!?」
「言うとセクハラに……何でもないっ!」
「では輝木さんにお聞きします!」
止める暇もなく、瀬川さんがスマホをポチポチしだす。
するとちょうどスマホをいじってたのか、輝木さんからすぐに返信が返ってくる音がした。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
そして瀬川さんが僕に向けて頭を下げた。
「……おめでとうございます」
「……ありがとう。僕が言えないって言った理由、分かってくれた?」
「……はい、申し訳ございませんでした」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
僕はこの空気を変えるために、つとめて明るい声を出してお赤飯のパックを開けた。
「た、たちばなのお赤飯楽しみだよ。おいしいんだろうね」
「は、はい。商店街近くの人は皆お祝いがある時に買っています。味は保障しますよ」
「そ、そうなんだ。僕だけで食べるのもったいないから、皆で分けようよ」
「そ、そうですね!」
顔を真っ赤にしながら、瀬川さんがお皿を取りに行く。
気まずい。彼女はこういう話に免疫なさそうだから、余計に。
「……? どうしたの?」
と、お皿を取ってきた瀬川さんが僕の前に立ってモジモジしている事に気づく。
そして顔を赤らめながらこう言った。
「お、大鳥君」
「な、何?」
「少しだけ見せて頂く事は可能でしょうか?」
「見せません」
「少しだけでいいので」
「見せません」
「少しだけ」
「見せません」
僕は瀬川さんのお願いを断った。
なんで皆見ようとしてくるの?




