第四十三杯「きづいてたのかよ」
「……まずは英単語だね。英単語を覚えてないとダメだよ」
「……うう、そうですね」
赤点の答案を前に、瀬川さんが顔を真っ赤にして頭のお団子をクシクシいじる。
瀬川さんの英語は思ってたよりもひどかった。
正解してる箇所はあでずっぽうでABCの選択肢を当てていたらしい。
赤点の答案を見せるのは下着姿を見せるのと同じ位恥ずかしいと言っていたし、相当恥ずかしいらしい。……べ、別に瀬川さんの下着姿なんて想像してないんだからねっ!
「瀬川さんは暗記苦手?」
「苦手という訳ではないのですが……。どうも英単語は覚えられなくて……」
「じゃあこれを使って」
「これは?」
「パカパパン! 英単語カ~ド~」
100均で買って作ったリングで繋がった英単語カードを前に、瀬川さんが、目をパチパチと瞬かせる。
「あれ? ド○えもん知らない?」
「お名前はお伺いした事ありますが……。番組を拝見した事がなくて……」
「マジですか」
「はい」
いい所のお嬢様だとは知ってたけど、まさかド○えもんを見た事ないなんて。
一方僕らをよそに、輝木さんと寧音姉はまたケンカしながら勉強し、板野さんはお弁当を食べている。マイペースかよ。
「これをスキマ時間に使って英単語を覚えて。たまに順番を入れ替えたりして和訳を思い出せるくらいになるまで」
「い、いいんですか? これ、大鳥君のものじゃ……」
「僕はもう覚えてるから大丈夫。まるは基本の英単語と構文を覚える事。分かった?」
「わ、分かりました」
僕の用意した英単語カードと英文法のプリントを受け取り、瀬川さんが緊張の面持ちで頷く。
「まあ、基本ができれば英語はどうにかなるから。ミズ・アベもイチカ=ワンも基本問題を7割出してくる人だからね。そこを確実に取っていこう」
「わ、分かりました。スミマセン。私、ちょっと東司に行ってきますね」
「? 行ってらっしゃい」
何やらソワソワしていた瀬川さんが、足早に茶道部の部室を出て行く。どこに行くんだ?
お弁当箱をしまい終えた板野さんが、僕の疑問に答える。
「東司というのはお手洗いの事ですよ」
トイレか。
「なんで東司って言うの?」
「禅宗のお寺で使われてる言葉だからですよ。茶会はお寺を使って行われる事もあるからです」
どうやらお寺で使われている隠語らしい。
「それより大鳥君」
「あ、数学の勉強を見るって約束だね。どれを……」
「もしかして、一皮剥けました?」
「……」
僕のズボンに目をやりながら、板野さんが小声で尋ねてくる。
遠回しに言い当てられている気がする。
「……はい」
「おめでとうございます」
「……ありがとうと言いづらいんだけど、なんで分かったの?」
「前に兄が痛い痛いと騒いでた事がありまして。その時に大鳥君と似たような動きをしていたもので」
兄、いたのかよ。
「板野さんのお兄さんって、いくつ? いくつぐらいの時にそうなってた?」
「二十歳です。騒いでたのは中3の時でしたね」
……中3。
やっぱり僕は遅い方なんだろうか。
「別にいいんじゃないですか? 剥けないより剥ける方がいいと言いますし」
「ああ……、そうなのかな?」
「はい。かるた部の彼氏のいる子はそう言ってました」
「……」
進んでる子は進んでるんだなあ……。
ていうか女子ってそんな話してるの?
と、板野さんがこっちをジッと覗き込んでいる。
「何?」
「いえ、少しだけ見せていただけないかと思いまして」
「見せません」
僕は板野さんの頼みを即却下した。




