第四十二杯「デートの約束」
「……」
「……」
金曜日の放課後。
部活が盛んな我が校の図書室はいつもより人が少なく静かなものだ。
カウンターでは、僕が参考書をめくる音と輝木さんがペンで一心不乱に問題集を解く音しか起きない。
30分くらいして、輝木さんが一区切りつけたのか問題集を閉じてペンを置いた。
そのタイミングを見て話しかける。
「……輝木さん」
「……」
「輝木さん、僕返却本を棚に戻してくるからカウンター任せていいかな?」
「……」
「輝木さん?」
「ユイナ、ベンキョーダーイスキ」
「……」
壊れた。
うつろな目をしてる輝木さんがアヘ顔ダブルピースをしている。
彼女が解いていた問題集は中1の数学だった。
「なーんで結衣菜高1なのに中1の数学の問題解かないといけないんですかー。会長先輩、結衣菜の事バカにしてるんですかー?」
「数学はどこで躓いたのか分かんないと教えられないからね。寧音姉は輝木さんがどこが分かってないか把握しようとしてるんだよ」
「……へー、先輩。ずいぶん会長先輩の肩をもつんですねー」
「アレで面倒見はいいからね」
部活に夢中で勉強が低空飛行だった中学時代、僕も寧音姉には大変お世話になった。
おかげで今は学年上位をキープできていると言っても過言じゃないだろう。
「寧音姉に任せておけば大丈夫だよ。大変だとは思うけど」
「……それは分かるんですけどー。なーんかムカつくんですよねー」
椅子に背を預け顔を顰めながらうーっと伸びをする輝木さん。相変わらず寧音姉との相性が悪いようだ。
「あー、ご褒美がないとやってられませーん。先輩、結衣菜が期末で赤点取らなかったらご褒美くださーい」
「ご褒美? 『可愛ければ○態でも好きになってくれますか?』全巻貸すって話?」
「それはそれ、ご褒美はご褒美ですー。他のを考えて下さいよー」
「他のを考えてって言われても……」
ご褒美と言われても、精々甘い物くらいしか思い浮かばない。
しかしその甘い物でひとつ思い浮かんだ。
「おはぎはどう?」
「おはぎ?」
「学校近くの商店街に、おいしい和菓子屋さんがあるんだ。前に茶道部の買い出しに行った時に瀬川さんに連れてってもらってさ。すごくおいしかったんだよ」
「ほほう、莉子先輩のオススメですか。それはハズレがなさそうですね」
「うん、お蕎麦屋さんもおいしかったよ」
「……ほほう、茶道部の買い出しのついでに莉子先輩とお蕎麦屋さんと和菓子屋さんに寄ったんですか。随分お楽しみでしたねー」
輝木さんがジトッとした目で見てくる。
あれ? 何で機嫌損ねてるの?
「結衣菜も莉子先輩とデートしたいですー。先輩、期末で赤点取らなかったら莉子先輩と3人でおはぎ食べに行きましょー」
「あ、うん。分かった。じゃあ瀬川さんにそう伝えとくね」
僕は忘れない内に瀬川さんにメッセージを飛ばしておこうとスマホを取り出す。
それを見て輝木さんが、キョトンと小首を傾げた。
「先輩? スマホ出してどうしたんですか?」
「どうしたも何も、瀬川さんに連絡しておこうと思って」
「えーっ!? 先輩、いつのまに莉子先輩と連絡先交換してたんですかー!?」
輝木さんの意外とよく通る大きな声が図書室内に響く。
室内にいた数人の利用者が何事かとこっちを見てくる。
僕らは2人で頭を下げた。
「輝木さん、声が大きいよ」
「スミマセン……って、それより莉子先輩の連絡先ですよ連絡先。いつの間に交換してたんですか?」
「茶道部の買い出しに行った時だけど?」
「むむー……、抜け目ないですねー。こうなるんだったら結衣菜もいっしょに行けばよかったですー」
何やらめまぐるしい1人百面相をしながら、輝木さんが黒いスマホカバーで覆われたスマホを取り出してくる。
「先輩、連絡先交換しましょー。莉子先輩と交換したんですから、いいですよねー?」
「ああ、うん」
輝木さんと連絡先を交換する。
まさか女子2人と連絡先交換する事になるなんて。
輝木さんが黒いスマホカバーのスマホをしまい、ニンマリと笑う。
「先輩、よかったですねー。私と莉子先輩と会長先輩、可愛い女子3人と連絡先交換できてー」
「え? 寧音姉の連絡先は知らないよ?」
「え? 交換してないんですか?」
「うん。家が隣同士だし、いらないと思ってるんじゃない?」
輝木さんが『あのヘタレお姉さん負けヒロイン……』とか何とかブツブツ言い始める。
どうしたんだ?
そんな輝木さんは置いといて、僕はそろそろ返却本を本棚に戻そうと立ち上がろうとする。
……立ち上がろうとして、ピリっと来た。
「? 先輩? どうかしたんですか?」
「い、いや。ちょっとね……」
女の子にするにはアレな話なだけに、輝木さんには言えない。
しかし輝木さんは、眉根を寄せてこちらに問いかけてきた。
「先輩、昨日からなーんか挙動不審ですよねー? 茶道部の部室でもずっと椅子に座ってましたし」
「……ああ、まあちょっとね」
「もしかしてー、一皮剥けたんですか?」
「……」
遠回しに言い当てられている気がする。
これ以上放置すると、女の子に言わせたらこっちがセクハラになる言葉を言われそうな気するので認める事にする。
「……うん」
「おめでとうございますー。これで先輩も、大人の仲間入りですねー」
パチパチと拍手する輝木さん。その目がこちらを覗き込む。
「手術ですか?」
「自然です」
朝起きた時にそうなってたから、自然だ。
「でもよく分かったね?」
「結衣菜の弟もそういう事がありましてー。『痛い痛い』って騒いでました」
「そうなんだ……」
弟いたんだね。
「ちなみに弟さんっていくつ?」
「中2ですー」
……年下。
いやまあ高2も中2も変わらないみたいなもんだし、僕が遅いわけじゃ……
「一皮剥けたのは中1の時でしたー」
「……」
中1。
そういえば中学の時の皆もそのくらいの時に騒いでたような気がする。
「気にしなくてもいいんじゃないですかー? 成長は人それぞれですしー」
「……まあ、そうだね」
輝木さんの慰め?に、力なく頷く。
それにしてもこの感じ、いつになったら慣れるんだろう。
と、輝木さんが僕を、というよりズボンの股間を覗き込んでいる。
「……何?」
「いえ、ちょっとだけ見せてもらえないかなーと思いまして」
「見せません」
「先っちょだけ! 先っちょだけでいいですから!」
「そのセリフリアルで聞いたの初めてだよ。見せません」
僕は、輝木さんのお願いを却下して返却本を本棚に戻しに行った。




