第四十杯「問題だらけの茶道部」
「皆さんに集まって頂いたのは他ではありません」
お昼休み。
僕達は瀬川さんに校内放送で呼び出され茶道部の部室に集められていた。
夏服になり女子の制服は白地に紺の襟、赤いスカーフのセーラー服だ。
その制服を瀬川さんは冬服と変わらずきっちり着こなしている。
畳に座ろうとして、痛みが出てやめる。
「大鳥君? どうかされたのですか?」
「ゴメン。ちょっと足が痛くて正座はムリかも」
「そうですか? ではあぐらでも……」
「あ~……あぐらもムリそう」
「大丈夫ですか? ご無理なさらないでくださいね。こちらの椅子を使われてください」
「ありがとう」
部室の隅に置かれていた椅子を差し出され、礼を言って腰掛ける。
ピリピリ訴える股間は、椅子に座ればガマンできる程度だ。
AIに聞いたら痛みがひどい時は泌尿器科に行くといいと答えられたので、ガマンできなくなったら親に頼んで泌尿器科に連れてってもらおう。
挙動不審な僕を見ながら、輝木さん、寧音姉、板野さんが怪訝な顔をする。いたのかよ。
しかし瀬川さんの次の言葉に、すぐに意識が移った。
「皆さんに大切なお話があります。部費を頂きたいのです」
「「「「……」」」」
部費の徴収。
お小遣い制の高校生にとって敏感な問題だ。
「莉子先輩、部費っておいくらですか?」
「月500円です」
「「500円」」
僕と輝木さんの声がユニゾンする。
金額について一瞬だけ考えたけど、すぐ結論に至った。
「まあ安いかな」
「そうですね、安いですね」
僕と輝木さんが頷き合う。
あのお茶とお茶菓子を頂けて、月500円なら安いもんだ。
何かムダ遣いを1回ガマンすれば十分払える額だし。
「莉子先輩、○○ペイでもいいですか?」
「はい、大丈夫です」
「大丈夫なの?」
「はい。商店街の和菓子屋さん等で使えますから」
使えるんだ……。そういえば『たちばな』で瀬川さんはスマホ決済でお会計してたっけ。
輝木さんは○○ペイで支払い、僕と寧音姉と板野さんは現金で支払って部費の問題は終わった。
しかし瀬川さんの話は終わっていないようだ。
「もうひとつ、今後の茶道部について大事なお話があります」
「何ですか? あっ、もしかして大会に出るとか?」
「いえ、学園祭こと季日南祭のお話です」
「学園祭? 何か出すんですか?」
「はい。茶道部で2日間、野点を出す事になりました」
僕と輝木さんが、顔を見合わせる。
「先輩、『のだて』って何ですか?」
「さあ……?」
「『野点』っていうのは、外でお茶を点てる事よ。お茶とお菓子を、お客さんに外で召し上がってもらうの」
寧音姉の説明に、なんとなくだけど理解する。
「季日南祭の日に、2日間茶道部でブースを出すみたいな感じって事?」
「そこでお茶とお菓子を出すと」
「はい、その理解で大丈夫です」
僕と輝木さんの言葉に、瀬川さんが頷く。
ウチの学校の学園祭は6月の第3週の土曜日と日曜日。
今から3週間準備期間がある。とはいえ……
「大丈夫? 瀬川さんと板野さん以外僕ら初心者だけど……」
「大丈夫です。私にお任せください。既にお菓子とお茶の注文は済んでいますし、茶碗などの用意も進めています」
瀬川さんがいつものニコッとした可愛らしい笑みを浮かべる。
「当日は私がお茶をお点てしますし、皆さんにはお茶とお菓子をお客様にお配りする半東という役割をしていただくだけです。準備はすべて、私にお任せ下さい」
「任せちゃっていいの?」
「はい、大丈夫です」
「あまり大丈夫とは言えないわね」
瀬川さんの言葉に、食い気味に寧音姉が割って入る。
「瀬川さん1人の負担が重すぎるわ。確かに私達はまだ茶道初心者だけど、もっと人を頼るようにした方がいいんじゃない?」
「いえ、お茶やお茶菓子の注文はウチの茶道教室の得意先という事もありますし、私が話を通した方が早いですから」
「それはそうでしょうけど、他の準備で皆に振れる仕事があるでしょう? 部費の管理から茶道具の管理まで全部1人でやってるのは大変よ」
「心配ありません。私は大丈夫です」
ニッコリと笑ったまま答える瀬川さん。
責任感が強いのは彼女の美徳かも知れないけれど、ちょっと危ういと思った。
しかし今は何を言っても聞いてくれないだろう。
僕と同じ事を察したのか、寧音姉はこの件について押し黙る事を選んだ。
「……まあいいわ。瀬川さん、私から生徒会長としてひとついいかしら?」
「はい、どうぞ」
「皆、6月末から期末試験があるのは忘れてないわよね?」
僕と瀬川さん、板野さんが頷き、輝木さんがやや遅れて小さく頷く。
「中間と期末、両方で赤点を取った生徒がいる部活は補習で合格点を取るまで部活動禁止になる。この学校のルールよ」
「そうなんですか?」
「うん。前に県大会出場が決まったサッカー部から赤点の生徒が出た時は大変な事になったっけ……」
赤点の生徒を叩く投稿でSNSが荒れるわ、直接文句を言う部員が出るわで大荒れだった。
まあ補習で合格点を取って何とかなったみたいだけど……
「寧音姉、その話題をするって事は茶道部に赤点の生徒がいるの?」
「いるのよ。中間試験で全科目赤点を取った生徒が。……そうでしょう? 輝木結衣菜さん」
「……」
輝木さんが、スッと目を逸らす。
そして立ち上がって逃げだそうとしたけど、寧音姉に足をガッチリ掴まれた。
「逃げ出そうとしてもムダよ。ウチの生徒である以上勉強からは逃げられないわ」
「は~な~し~て~く~だ~さ~い~! 結衣菜、勉強なんてしたくないですう~!!!」
「ワガママ言わないの子猫ちゃん。期末で赤点を取らないために勉強しなさい」
「結衣菜子猫じゃないです~!!!」
寧音姉が輝木さんの背中から両腕を回しガッチリホールドする。
拘束から逃げだそうとする輝木さんだが、体格差から完全に押さえ込まれている。寧音姉は人を押さえ込むのが上手い。
昔から僕にプロレス技をかけてたから……。
「でも全部赤点? 輝木さん、どうしてそんな事になってるの?」
「勉強が難しすぎるのが悪いんですー! 結衣菜、中学の時は成績悪くない方だったのにー!!!」
「悪くない方でも全体のレベルが上がったら悪い方になるでしょ」
寧音姉の言葉に、輝木さんが更に暴れるもガッチリ押さえ込まれて逃れられない。
やがて疲れたのかガックリうなだれる。
寧音姉が、もう逃げる気がないと察したのか拘束を外す。
輝木さんは、うつむいたままサメザメ泣いた。
「結衣菜も頑張ろうとしたんですよ……。でもどこから分からないのか分からなくなって……、授業もついていけなくなって……」
「輝木さん……、大丈夫です! どこから分からなくなったのか、私と見つけましょう!」
うなだれる輝木さんの手を、瀬川さんが両手で握る。
輝木さんが、瀬川さんを潤んだ瞳で見つめる。
「莉子先輩……? 結衣菜の勉強、見てくれるんですか……?」
「はい! 私といっしょにお勉強頑張りましょう! 輝木さん!」
「わーい! 莉子せんぱーい!」
輝木さんと瀬川さんがひっしと抱き合う。
百合百合しい光景がまぶしくて目を逸らす。
そんな僕の隣で、寧音姉がハーッとため息を吐いた。
「何を他人事のように言っているのかしら。英語が赤点の瀬川莉子さん」
「「えっ?」」
寧音姉の言葉に、僕と輝木さんの驚きがシンクロする。
瀬川さんは、笑顔のままピクッと固まった。
「中間テスト17点。他の科目はまあまあだったけど、英語は赤点、でしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
「生徒会長だからよ」
瀬川さんがガックリうなだれる。
そして仲間を求めるように僕を見てきた。
「大鳥君……。大鳥君は赤点ないですか……?」
「いや、ないよ。こう見えてテストの点はいいから」
「ウソですー! 先輩が頭いいなんて、結衣菜信じられません!」
輝木さんが失礼な事を言いながら詰め寄ってくる。
けれど寧音姉がすぐに引き剥がしながらこう言った。
「大鳥君は中間試験学年7位よ」
「学年7位~~~!? 先輩やる気ないキャラじゃないですかー! 図書委員の仕事中もやる気ない感じで参考書読んでるのに!」
「やる気はあんまりないけど、時間はあるからね。なんとなく勉強してたらテストで点が取れるんだ」
「先輩の裏切り者~~~!!!」
輝木さんが目を腕で押さえながら逃げだそうとする。
けれども寧音姉にまたすぐ取り押さえられた。
ドタンバタンと騒がしい2人から目を離し、僕はずっと黙っている板野さんに話しかける。
「板野さんは? テスト勉強大丈夫?」
「大丈夫です。私は学年53位です」
「じゃあ赤点はないね」
「はい。ですが数学が少し苦手なので、大鳥君、数学だけ見てもらってもいいですか?」
「もちろんいいよ。そんでもって寧音姉は……聞くまでもないか」
「ええ、この高校に入ってからずっと学年1位よ」
輝木さんをお尻に敷きながら、寧音姉が答える。
学年7位と学年1位と学年53位。成績上位の3人は安泰だろう。
しかし季日南高校茶道部、中間試験赤点2名。
前途多難の暗雲が立ちこめていた。




