第三十五杯「俺が好きだったのは彼女だけど彼女じゃない」
「あのー……先輩?」
「……」
「せんぱーい、オーイ、せんぱーい」
「……」
「せんぱーい。もう、せんぱーい!」
「……何?」
輝木さんに肩を掴まれグワングワン揺さぶられ、僕は顔を上げる。
月曜放課後の図書室は、部活が休みの生徒達でいつもより少しだけ多い。
とはいえ暇な事には変わりなかった。
「莉子先輩の家のお茶会、どうでした?」
「……どうもこうも、すごいお屋敷だったよ」
「すごいお屋敷……。どんなお屋敷でした?」
「デッカイ門があって、日本庭園が広がってて、時代劇に出てきそうなお屋敷だったよ」
「おー、それはすごそうですねー……って結衣菜が聞いてるのはお茶会の方ですよ! お茶会はどうだったんですか?」
「……別に、普通だったと思う」
お屋敷に比べて、茶室の方は質素というか簡素というか、そんな感じだった。置かれてる茶道具や茶碗は高い物だったんだろうけど。
「フツーですかー。でも結衣菜、いつか行ってみたいです!」
「……そう。瀬川さんに頼めば連れてってくれると思うよ」
僕はともかく、茶道に興味がある輝木さんならあのお母さんも喜んでおもてなししてくれるだろう。
何なら昨日瀬川さんが連れて来たのが輝木さんなら、作法間違いだらけでも合格にしてくれたはずだ。
――――――あなたを選んだのは、娘の人選ミスですね
瀬川さんのお母さんの言葉が、頭の中でリフレインする。
自分の事よりも、彼女の事をそう言われるのがつらかった。
「えーっと……先輩、何読んでるんですか?」
僕の出す空気を察したのか、輝木さんがお茶会の話はこれ以上突っ込まず、気まずそうに話題を変えてくる。
僕はそんな彼女に向けて、読んでいたラノベの表紙を見せた。
「『俺が好きなのは○だけど妹じゃない』」
「わお。これまた学校で読むには攻めたチョイスですね」
「……うん。今は何も考えずに読める作品が読みたくてね」
イラストや内容にえっちいシーンが多い作品だけど、今は何も考えずに楽しめるこの作品が読みたかった。
「先輩って、もしかして妹萌えですか?」
「……いや別にそういう訳じゃないけど」
「でも『可愛ければ○態でも好きになってくれますか?』の推しは瑞○ちゃんですよね」
「それはそうだけど、そういう訳じゃないから」
「だったら年下好き?」
「あー……かもしれない。年下キャラが推しになる事が多いから」
「ほほう、それはそれはとてもよい事を聞きました」
輝木さんが横で目をキラーンと輝かせる音が聞こえたような気がした。
「お兄ちゃん」
「……」
「お兄ちゃんは、結衣菜が妹でも好きになってくれますか?」
「……」
輝木さんが、セーラー服の胸元をズラして鎖骨をちらっと見せてくる。
僕は、『俺が好きなのは○だけど妹じゃない』に目を落とした。
「もー! なんで無視するんですかー!」
「輝木さん、学校でそんな事しちゃダメだよ」
「いつもの正論! ……結衣菜、先輩に元気になってもらいたかっただけなのにー」
サメザメと泣き真似をしながら、輝木さんがセーラー服の胸元を直す。
「僕は妹萌えじゃないから『お兄ちゃん』呼びはあんまり刺さらなかったかな。そもそも瑞○ちゃんの呼び方は『兄さん』だし」
「なんたる不覚……! 結衣菜とした事が、修行が足りませんでした……! 『可愛ければ○態でも好きになってくれますか?』全巻読み直して、色仕掛けの修行してきます……!」
「いやそんな修行しなくていいから」
これ以上色仕掛けなんてされたら、問題になりかねない。
一応周囲の目を気をつけてしてるみたいだけど。
「と、いうわけで先輩。今度『可愛ければ○態でも好きになってくれますか?』貸して下さい」
「え? 僕のを?」
「はい」
「別にいいけどさ……」
「じゃ、明日部活の時に貸して下さいね」
輝木さんの言葉に、胸が詰まる。
退部については認められず、彼女からは『落ち着いてから、お話をしましょう』と言われた。
でも、僕は……
「ゴメン輝木さん、明日は用事があるから僕は部活に行かないよ。瀬川さんにもそう伝えといて」
「はあ。分かりましたー」
連絡先を交換したけど、彼女に直接連絡する勇気はない。
できればこのままフェードアウトしたい。
「それじゃあ僕は返却された本を戻しに行ってくるから」
「え? まだ早くないですか?」
「……行ってくるから」
「分かりましたー。カウンターはお任せくださーい」
1人になりたいという意を察してくれた輝木さんに礼を言い、返却本が詰まったカートを押して本棚へ向かう。
ラノベの本棚では、『りゅう○うのおしごと!』と『あそ○のかんけい』の本の間に隙間ができている。
「……」
僕は一体、なんであんなに興味のない事を頑張っていたのだろう。
彼女に、よく思われたかったのだろうか。
瓜二つとはいえ、彼女とあの子は違うのに。
彼女の力になりたいと思ったのはホントだ。
でもそこに何かを期待する気持ちがなかったと言えばウソになる。
それは、純粋に茶道を頑張っている彼女に失礼に当たる。
僕は、彼女の側にいるべきではない。
言葉にされなくても、分かってしまった。
「……フウ」
息と共に気持ちを吐き出して、本棚に返却本を戻していく。
もうおしまいだ。
茶道も、瀬川さんとの関わりも、何かに期待するのも。
期待は感情の借金だって、分かってたはずなのに。
「せんぱーい、図書室閉める時間ですよー」
カウンターから輝木さんが呼びかけてくる。
「りょーかーい」
僕は空っぽになったカートを押して、図書室を閉める準備に向かった。




