第三十一杯「かもなまいはうす」
「あ、せんぱーい」
弁当を手に旧校舎の階段を上り始めた所で、後ろから声が追いかけてくる。
振り返ると購買で買ったらしいパンを手にした輝木さんが、走って追いついてきた。
「先輩も来たんですね。てっきりバックレるかと思ったんですが」
「バックレないって。それにしてもパン多いね」
「育ち盛りですからー」
大きなパンが入ったビニール袋を3つ持ってる輝木さんが僕と並んで階段を上りながら笑う。
「莉子先輩の大事な話って何ですかねー?」
「さあ? 部活関係の話だろうけど」
「来週練習試合をします!とか、来月大会に出場します!とかですかね?」
「え? 大会あるの? 茶道部に?」
「ないと思いますけどー。なんかありそうじゃないですかー?」
「うーん、どうだろう……」
あるとしたら作法を守れてるかをチェックする大会とかだろうか。出るのは遠慮したい。
そんなこんな話してる間に、3階の茶道部の部室に着いた。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃい子猫ちゃん」
「うげっ」
畳に座っている寧音姉を見て、輝木さんが露骨にイヤそうな声を上げて顔をしかめる。
「なーんで会長先輩がいるんですかー」
「瀬川さんに呼ばれたからよ。『大事な話がある』って」
「私もそうです」
早くもお弁当を開けている板野さんが答える。いたのかよ。
「あ、大鳥君に輝木さん。来て下さったんですね。ありがとうございます」
「瀬川さん、こんにちは」
「莉子せんぱーい! こんにちはですー!」
廊下から部室に入ってきた瀬川さんに、猫なで声を上げながら輝木さんが抱きつく。
それに戸惑いながらも、瀬川さんが輝木さんの頭を撫でる。
美少女同士の絡みは目の保養にいい。しかし輝木さん、密着しすぎじゃないだろうか。
「お茶をお点てしますね。輝木さん、座られて下さい」
「はーい」
瀬川さんに言われ、輝木さんが大人しく畳に座る。
しかしわざわざ寧音姉から遠い所を選ぶ辺り、打ち解ける気はないらしい。
瀬川さんがコンセント式の風炉の上に、鉄でできたやかんを置く。
「お湯を沸かしている間に、皆さんに茶道で使う帛紗と扇子と菓子切りをお配りします。帛紗は部費で購入してきましたが、失くした場合などは自腹で購入していただきますので大切にして下さいね?」
「はいはーい。莉子せんぱーい、ふくさって何ですかー?」
「帛紗は道具を拭き清めるために使用するための物です。ウチの流派では女性用が赤、男性用が紫となっています」
輝木さんの質問に答えながら、寧音姉、板野さん、僕、輝木さんに帛紗を渡す。
「使い方についてはお稽古の中でお教えしましょう。板野さんには必要ないかもですが」
「そうですね。大体教わっています」
この中で唯一の茶道経験者である板野さんが、淡々と答える。
けれども僕達はさっぱり分からない。またあのスパルタお稽古が待ってるのか……
「で、皆さんに本日集まっていただいたのは大事な話があるからです。皆さん、今週の日曜日は空いていますか?」
「今週の日曜? ゴメンなさい。私は予備校で先週受けた模試の解説の授業を受けに行くつもりなの」
「私はかるたの大会があります」
「莉子先輩スミマセン、結衣菜は友達と映画観に行く約束してましてー……」
予定を言う寧音姉、板野さん、輝木さん。そういえば昨日そんな話を聞いた気がする。
「そうですか……。大鳥君は? いかがですか?」
「僕は何もないけど」
「では日曜日に、私の家にいらしてください」
ガタッ。
大きな音が、左右からこぼれる。
「り、りりり、莉子先輩の家に!? 先輩と!? 2人きりで!?」
「瀬川さん、校外とはいえ不純異性交遊はこ、こここ校則違反よ」
立ち上がった輝木さんと寧音姉が瀬川さんに詰め寄る。
一方板野さんは、お弁当の卵焼きを箸で持ち上げ食べていた。マイペースかよ。
「落ち着いて2人共。瀬川さん、瀬川さんの家で何かあるの?」
「お母様が茶道部の皆さんを是非お茶会にお誘いしたいと申しています。我が家の茶室で、おもてなししたいと」
瀬川さんの言葉に、寧音姉と輝木さんが落ち着きを取り戻す。
そして輝木さんが、残念そうな声を上げた。
「莉子先輩のおウチでお茶会ー!!! それも茶室ー!!! 結衣菜行きたかったですー!!! でも映画のチケット買っちゃいましたしー!」
「私も興味あるけど……残念ながら参加できないわね」
行きたそうにするけど諦めるしかない輝木さんと寧音姉。
その一方でミートボールを箸で食べる板野さん。マイペースかよ。
「本当は茶道経験者である板野さんをお連れしたかったのですが……。仕方ありません。ここは大鳥君で何とかしましょう」
「瀬川さん? 心の声が漏れてるよ?」
一方瀬川さんは、何やら思いっきり独り言をブツブツ言っていた。
発言内容がちょっと不穏なんだけど……
「では大鳥君、日曜日のお昼12時にまた商店街の入り口で待ち合わせでよろしいでしょうか?」
「ああ、うん……。いいよ」
「ちょっと待ちなさい。『また』? まるで前にも待ち合わせしたみたいな言い方ね」
「土曜にデートしたそうですよ。先輩と莉子先輩」
「なっ!?」
輝木さんの言葉に、ガタッと音を立てて寧音姉が体勢を崩し目を丸くする。
隣の板野さんはおにぎりを箸で食べていた。マイペースかよ。
「デデデ、デート? ちょっと説明してもらえるかしら?」
「落ち着いて寧音姉。それ板野さんだから。それにデートじゃないから」
混乱して板野さんに掴みかかった寧音姉をなだめる。
「さっきの帛紗とか、茶道具を一緒に買いに行っただけだから。寧音姉も誘われたんでしょ?」
「ああそう言えば……。そんな話もあったわね」
落ち着きを取り戻したらしく、板野さんに謝って座り直す寧音姉。
板野さんはデザートの1口ゼリーを食べていた。マイペースかよ。
「それより瀬川さん、僕茶会の心得なんかないんだけど。まだ作法も全然知らないし……。部活は明日と明後日しかないし」
「大丈夫です」
瀬川さんが人数分のお茶を点て、皆に配りながら僕に答える。
板野さんは礼をしてすぐにお茶を飲み始めた。マイペースかよ。
「日曜日まで毎日お昼休みも使って、お茶会の作法を叩き込み……お教えいたしますので」
不穏なセリフを言い直しながら、瀬川さんがニッコリ笑う。
……やだなー、怖いなー……




