第二十八杯「ぼっち・ざ・でーと②」
「こちらです。このお蕎麦屋さんです」
金物屋さんから10mほど進んだ所にあるお蕎麦屋さんの前で、瀬川さんが立ち止まる。
あ、おいしいお店だと分かる香りがした。
鰹だしのいい香りがお店の外にまで広がっている。
「こちらのお店でよろしいですか?」
「う、うん。もちろんだよ」
「では入りましょう」
お店に入ると、鰹だしのいい香りが鼻腔を刺激した。
「いらっしゃいませー! あら! 莉子ちゃん!」
「こんにちはユリさん。2名です」
「また一段とべっぴんさんになったわねー。こちらのお席にどうぞ」
店員のおばさんに挨拶し、瀬川さんと向かい合う形でテーブルの席に着く。
年季の入ったテーブルと椅子、店内だけど、キレイに掃除されている感じだ。
壁にかけられているメニューと値段を見る。
かけそばが300円、月見やとろろが350円、肉やかき揚げが500円とリーズナブルなお値段だ。
「はいお冷や。莉子ちゃん、もしかして彼氏?」
「いえ、茶道部の部員の大鳥君です」
2つのお冷やを持ってきたおばさんの冷やかしを、瀬川さんがニッコリ否定する。
……まあ、そうだけど地味に食らわなくてもいいダメージを食らった気がする。
「あらそうなの? いい雰囲気だったからもしかしてと思ったんだけど。ご注文が決まったら呼んでちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
瀬川さんがおばさんに丁寧に草の礼をした後、壁にかかっているメニューを見始める。
美しい人だ。彼女は横顔も美しかった。
その横顔が、こちらに向き直る。
「大鳥君、決まりました?」
「うん、決めたよ」
「では注文しましょう。スミマセーン」
はーいという声と共に、先ほどのおばさんが注文を取りにやってくる。
「ご注文は?」
「肉蕎麦をお願いします」
「私はかき揚げをお願いします」
「熱いのと冷たいのはどっちにする?」
「熱いのでお願いします」
「私も熱いので」
「はいよ! 肉1、かき揚げ1ー! どっちも熱いのー!」
厨房に大きな声で呼びかけ、おばさんが去って行く。
瀬川さんが、ニコッと僕に向けて微笑んだ。
「大鳥君、肉蕎麦にされたんですね」
「う、うん。それにしても安いね。このお店」
「はい。でもそれだけじゃなくて、とてもおいしいんですよ」
「よく来てるの?」
「はい、子供の頃からよく」
やはりというか何と言うか、彼女はこの商店街のお店の常連らしい。
きっと家がこの近所なのだろう。
瀬川さんが、ガラス戸の外を見ながらすっと目を細める。
「ですが小さい頃よく通っていた駄菓子屋さんや文房具屋さんはなくなってしまいました。コンビニや100円ショップが悪いとは言いませんが、少し寂しいです」
「そうなんだ……」
「はい、古き良きものを残すというのは、難しいのですね……」
寂寥と憂いを浮かべる瀬川さん。その横顔にあるのは何やら複雑な感情のような気がしてこっちの胸まで苦しくなる。
彼女は何かを抱えている。そんな気がした。
「はい、肉蕎麦とかき揚げ蕎麦ね。おまちどおさま!」
そんなこんな話している間に、肉蕎麦とかき揚げ蕎麦がやってきた。
大きな丼にたっぷりのつゆと蕎麦、それに肉。
500円とは思えない量だけど、僕が驚いたのは瀬川さんの前に置かれた、別皿にしてあるかき揚げだった。
「デカッ!?」
「フフ、大きいでしょう? ここのかき揚げ」
厚さ15cmはありそうなかき揚げを、サクサクと音を立てながら瀬川さんが箸で半分に割る。
そして、僕の方へお皿ごと差し出してきた。
「大鳥君、半分召し上がりませんか? このかき揚げ、絶品ですから大鳥君にも食べてもらいたくって」
「え? いいの? じゃあ僕の肉を取ってよ。交換しよう」
「分かりました。半分こですね」
僕の肉蕎麦から肉を取りながら、瀬川さんが微笑む。可愛い。
お皿からかき揚げを取り、丼に入れるとジュワアアといういい音がした。
少しつゆに浸してから、かき揚げにかぶりつく。
ごぼうとニンジン、タマネギや三つ葉に小エビなど、色んな具が入っているらしく色んな食感と味が楽しめた。
「おいしいね」
「でしょう?」
僕の言葉にフフッと笑って、瀬川さんもかき揚げをお上品に囓る。
美しい食べ方だ。彼女は食べる姿も美しい人だった。
それにしてもお互いの肉とかき揚げを半分ずつ交換して食べる。まるでデートみたいだ。
まあ瀬川さんは1ミリもそう思ってないだろうけど。
蕎麦を箸に取り啜る。しっかりとしたツユに負けない蕎麦だ。ウマい。
「……」
「……」
2人分の、無言で食べる音が響く。
分かってたけど、どっちもぼっちだとこうなるらしい。
少し前にデートっぽいと思っていた気持ちが湯気と共に消えていく。
これはデートじゃない、食事だ。
「ごちそうさまでした」
先に瀬川さんが、丼とお皿に手を合わせる。
蕎麦もかき揚げも結構量があったと思うのだけれど、早い完食だった。
僕も甘辛く煮込まれていた肉の味がしみこんでいるツユを飲む。
「ごちそうさまでした。いやあ、おいしかったよ」
「でしょう? ここのお蕎麦、おいしいと評判でわざわざ県外からもお客さんが来るんですよ」
「そうなんだ?」
「はい。お昼になると結構混むので、早めに来たのは正解だったかもですね」
瀬川さんの言うとおり、11時半を過ぎた頃からお客さんが来始めている。
おいしかったし確かに流行ってもおかしくない。
いつも通り過ぎてるただの寂れた商店街と思ってた所にこんなお店があるなんて知らなかった。
「そろそろ出ましょうか。混み合ってきましたし」
「う、うん」
伝票を取った瀬川さんに続いて、レジへと向かう。
瀬川さんは奢ると言ったけど、割り勘で自分の肉蕎麦の分を支払った。
店を出た瀬川さんが、うーんと伸びをする。
「うーん、おいしかったですねー」
「うん。瀬川さん、ありがとう。おいしいお店を教えてくれて」
「いえいえ、大鳥君の舌に合ったのなら重畳です」
「あ、重畳」
彼女の口から出た「重畳」という言葉に反応してしまう。
瀬川さんが、キョトンとした顔をしてこちらを向いた。
「うん? 重畳がどうかされました?」
「いや、その『重畳』って言葉が『あそ○のかんけい』に出てくる女の子の口癖なんだ」
「『あそ○のかんけい』……ああ、先ほどご紹介頂いた本ですね」
「そうそれ」
「なるほど、それは読む楽しみが増えましたね。でもその前に『りゅう○うのおしごと!』を読まないとですが」
「あはは、そうだね」
読んでいるシリーズ物を中断して、違うシリーズ物を読むというのは気になって難しいだろう。瀬川さんが笑顔を浮かべて両手を胸の前で重ねた。
「大鳥君のおかげでまたひとつ楽しみが増えました。重畳です」
「アハハ、それは重畳だよ」
「ウフフ、重畳です」
『あ○びのかんけい』に出てくるあの子のように、重畳という言葉を使いながら僕らは笑い合う。
ぼっち同士、まだ会話が続かない事もあるけれど彼女といると楽しい。
それは彼女があの子と瓜二つという事を抜きにしての、本心だった。
「あの、大鳥君……」
「うん?」
「ええと……お腹空いてませんか?」
「……」
さっき蕎麦を食べたのに、何を言っているのだろう。
そう思ったのが顔に浮かんでるのか、瀬川さんがワタワタと顔の前で両手を振る。
「ち、違います違います! ご飯ではなくお菓子、食後のお菓子でもいかがかなと思いまして!」
「ああ、お菓子ね。うん、食べられるよ」
蕎麦の量は多かったけど、こちらは食べても食べてもお腹が空く成長期。まだ胃に余裕はある。
「ではおいしい和菓子屋さんがあるので行きましょう。少し歩きますが大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「では参りましょう」
白のワンピースのスカートの、長い裾を翻して瀬川さんが歩き始める。
その顔は前を向いていて、僕と合わない。
その理由はきっと、何か言いたかった事を言えなかったからだという気がした。
けれどもそれを口にする覚悟が彼女の中でできていない。そんな気がした。




