第二十六杯「あそびじゃないかんけい」
「ゴメン、待ったー?」
「いえー、今来た所ですー」
まるでデートの待ち合わせのようなやり取りだが、その場所は学校の図書室の前だ。
木曜日の放課後。金髪ショートボブの輝木さんと、数名の生徒達が本を持って待っている。
鍵を開けて、カウンターに座り輝木さんと2人で本の返却を受け付ける。
すぐに仕事がなくなった。
「……」
「……」
僕はいつも通りカバンから取り出したラノベを読み始め、輝木さんはいつも通りタブレットで何やら作業を始めた。
「先輩先輩、何読んでるんですかー?」
しばらくして、いつも通り輝木さんが僕に聞いてくる。
僕は、図書室に新しく入っていたラノベの表紙を掲げた。
「『あ○びのかんけい』」
「あっ! それ結衣菜も読んでます! 面白いですよね!」
「うん。深○暮人先生のイラストもすごいけど、葵せ○な先生のストーリーに驚かされるよね。まさか……」
「せんぱーい、ストーップですー。ネタバレは御法度ですよー」
輝木さんに言われ、口をつぐむ。
そうだった。ネタバレは御法度だ。
これから読む人が、図書室にいるかもしれないし。
なので、ネタバレにならないように気をつけながらストーリーの話をする。
「噛み合ってるようで噛み合ってないのに噛み合ってしまう人間関係ピタゴラスイッチ。これぞ葵先生の真骨頂だよなー」
「ですよねー。『ゲー○ーズ』もそんな作品でしたしー。『生徒会の○存』シリーズみたいな感じもよかったですけどー。ちなみに先輩は、誰推しですか?」
「うーん……月○推しかな?」
「結衣菜は断然み○るちゃん推しです! 先輩もみ○るちゃん推しになっちゃいましょうよー」
「いやいや、推しは譲れないよ」
「先輩、み○るちゃんがおへそを出したシーンドキッとしませんでした?」
「いやドキッとしたよ。イラストもすごかったし」
「ほほう、それはそれはよい事を聞きました」
輝木さんが、自らのセーラー服の裾に手をかける。
「先輩は、結衣菜とあそびじゃない関係になりたくないですか?」
「……」
カウンターの中で自らのセーラー服をおへそが見える位置までたくし上げながら、イタズラっぽい笑みを浮かべる輝木さん。
僕は彼女に、何度目か分からない注意をした。
「輝木さん、学校でそんな事しちゃダメだよ」
輝木さんが、白けた表情をしながら上げていたセーラー服の裾を戻す。
「はーい、分かってますよーだ」
カウンターで隠れてるから誰にも見られていないだろうし、本人も気をつけてるみたいだけどこんな事バレたら怒られる。僕まで。
1つ咳をして、見えてしまったカワイイおへそを振り払う。
「それにしてもこれから、物語はどうなるんだろうね?」
「どうなるんですかねー。より面白くなるのは確実ですが。ていうかボドゲって面白そうですよねー。この辺にボドゲカフェってありますかねー?」
「うーん、ないんじゃないかな? この辺はあんま都会じゃないし」
「デスヨネー。先輩、ボドゲって何か持ってます?」
「人生ゲームなら持ってるよ」
「それ、ボドゲに入るんですかー?」
と、いつものように下らない話をしているとセーラー服のスカートがカウンター前に現れた。
「大鳥君、輝木さん。こんにちは」
そこにいたのはいつも通り美しい人。茶道部部長の瀬川さんだった。
彼女と目が合い、僕の胸が大きく跳ねる。
瀬川さんの腕にはカバンがかけられ、両手には5冊の文庫本が抱えられていた。
僕は、努めて冷静を装い彼女に話しかけた。
「こんにちは瀬川さん。返却かな?」
「はい、よろしくお願いします」
「かしこまりでーす」
輝木さんと手分けして5冊の本、『りゅう○うのおしごと!』1巻から5巻をページをめくって汚れなどがないか確認し、パソコンで返却手続きをする。
「ご返却ありがとうございます。……どうだった? 面白かった?」
「はい! 一気読みした後、5回くらい読み返してしまいました! こちらの貸し出しをお願いします」
そう言って瀬川さんが、カバンから『りゅうおうの○しごと!』6巻から10巻まで5冊出してくる。どうやら相当ハマったようだ。
本を受け取りながら、輝木さんが驚いた顔をする。
「意外ですー。莉子先輩ってラノベ読むんですねー」
「はい。大鳥君に勧められてハマってしまいました」
「ホホウ? 先輩、お主もワルですなあ」
輝木さんがふくふくと怪しい笑みを浮かべる。
彼女は知っている。『りゅう○うのおしごと!』は6巻以降からえっちいシーンやイラストが増えていく事を……
諦めの気持ちで6巻から10巻の貸し出し手続きをする。軽蔑されないといいけど……。まあストーリーがすごいからそれを吹き飛ばしてくれる事に期待しよう。熱い。
「お待たせしました。貸出期限は2週間後です」
「はい。ウフフ、続きを読むの、楽しみです」
無垢な笑顔を浮かべる瀬川さん。守りたい、この笑顔。
「莉子先輩、茶道部はどうしたんですか?」
「今日はもうおしまいにしました。私1人しかいませんでしたし」
「結衣菜達がいない日も、毎日茶道部してるんですか?」
「いえ、金曜日だけお休みにしています。週1日は部活を休みにするよう生徒会から言われているのと、金曜日は家の手伝いとお稽古があるので」
瀬川さんの言うとおり、ウチの学校では生徒と教員の負担軽減のため週1回は部活を休みにするよう決まっている。ちなみに日曜日や月曜日を休みにする部が多い。
「家の手伝いとお稽古? 莉子先輩のおウチって、茶道教室か何かなんですか?」
「はい、茶道教室をしています」
「へー! 結衣菜、莉子先輩のお家行ってみたいですー!」
「そ、そうですか……ではいつかぜひ」
輝木さんの問いかけに、瀬川さんが少し表情を落として答える。どうしたんだ?
と、瀬川さんが佇まいを直して何やら緊張の表情になる。
「大鳥君、輝木さん。今週の土日って、あ、空いてますか?」
「今週の土日?」
「はい。部員が5人揃い正式な部になった事で、部費が増えたんです。そこで必要な茶道具をいっしょに買いに行きたいのですが……」
「それってー、会長先輩や板野先輩もいっしょですかー?」
「いえ、お2人は模試とかるた部の練習があるとの事で不参加です」
瀬川さんの言葉を聞いた輝木さんが、神妙な面持ちになり何か考えてるような表情をする。
そして、パンと両手を合わせて瀬川さんに頭を下げた。
「申し訳ないですー。結衣菜ー、土日は友達と約束がありましてー」
「そうですか……」
「でもダイジョーブですよ莉子先輩! 先輩がいますから! 先輩とお2人で行かれて下さい!」
そんな事を言いながら僕の背中をバシバシ叩き、僕に向けて左目でウインクをする輝木さん。
前に恋愛感情はないって言ったのに、何を勘違いしてるんだこの子は。
「まあ僕は土日どっちも何もないけど。瀬川さん、どうする?」
「では土曜日に私と大鳥君の2人で買い出しに行きましょう。大鳥君、北町商店街って分かりますか?」
「うん、国道沿いに入り口があるボロい……年季の入った商店街だよね」
通学路の途中にある寂れた商店街のアーケード入り口を思い出す。
「はい、そちらの入り口に11時に待ち合わせでいかがでしょうか」
「うん、分かった。11時だね」
スマホのカレンダーに『待ち合わせ 商店街 11時』とメモる。
「では大鳥君、土曜日の11時にお待ちしておりますのでよろしくお願いしますね」
「うん、よろしく」
「では土曜日に」
キレイな礼をして、瀬川さんが図書室を後にしていく。
それを見ていた僕の脇腹を、輝木さんがツンツン肘で突っついてきた。
「よかったですね先輩、莉子先輩とデートのお約束できて」
「デートじゃなくて部活の買い出しだよ。僕は本を戻してくるから、カウンターよろしく」
「もー、照れちゃってー」
輝木さんから背を向けて立ち上がり、返却された本が乗っているカートを押して本棚へ向かう。
土曜日の約束は部活の買い出し。場所はあの寂れた商店街。だからデートじゃない。
けれども、女子と、それも瀬川さんと2人で出かける事に僕の胸は高鳴っていた。




