第二十四杯「階段の2人」
窓から差す夕陽の光が、旧校舎をオレンジ色に染める。
そのまぶしさに目を細めながら、適当な事を言って茶道部の部室を後にした結衣菜は陰になっている踊り場で立ち止まった。
パタパタと階段を降りてくる音がしてくる。
その音の主は、まるで結衣菜が待っているのを分かっているかのようにゆっくり現れた。
「どうしてわざわざ2階と1階の間まで降りたのかしら? 子猫ちゃん」
「結衣菜は子猫じゃないですー! 先輩や莉子先輩に聞かれたくない話をするんじゃないかと思いましてー」
「……どうだか」
耳にかかった長い黒髪を指で払いながら、我が校の生徒会長、綾瀬寧音先輩がフウと息を吐く。
「どうしてあんな事をしたのかしら?」
「あんな事?」
「とぼけても無駄よ。どうして瀬川さんを怒らせようとしたのかしら?」
「だってー、フツーにしてたら茶道部に入部させてもらえないみたいですからー」
結衣菜の言葉に、会長先輩が静かに瞑目する。
やっぱり知っていたようだ。これまで茶道部に、なぜ部員が入らなかったのかを。
「体験入部に行った子から聞いたのかしら?」
「そーですよ。同じクラスの子から聞きましたー」
体験入部に行った子はこう言っていた。
瀬川先輩はすごく優しくて、体験入部は楽しかった。
――――――でも、入部して欲しくないオーラを出された。
「多分悪意はないんですよねー。本人も気づいてないパターンっていうかー」
「……そうね」
会長先輩がストッキングの裾を直しながら頷く。
この人も気づいていたはずだ。莉子先輩が、入部する人を選んでたって事に。
「だからわざとフザけたような態度を取ったり、入部したい理由にあんな発言をしたと?」
「あー、半分正解で半分ハズレですー。結衣菜はこういうキャラですしー。お茶とお茶菓子に興味あるっていうのは、ホントですからー」
会長先輩の瞳がジッとこっちを覗き込んでくる。
この瞳が嫌いだ。
こっちの事を何もかも見透かしてくるような瞳が。
中学時代のイヤな先輩の思い出が蘇る。
「――――――あなたが中学時代に起こした『事件』、調べさせてもらったわ。黒百合女学院中女子サッカー部の元エースストライカー、輝木結衣菜さん」
「……」
ホラこれだ。
人の嫌がる事を見透かして、的確に攻めてくる。
「この高校でもしまた問題が起きたなら――――――」
「ご心配なくー。結衣菜もそこまでアホではありませんのでー。まあ、あの人が結衣菜の好みのど真ん中ストライクっていうのは認めますけどねー」
「……」
会長先輩が、ジッと結衣菜を見た後小さなため息を吐く。
これ以上この話はされたくない。
結衣菜は強引に、この人が話題を変えざるを得ない話を振った。
「それにしてもー。なんで大鳥先輩は入部させてもらえたんですかねー? あの人、何事もやる気ナッシングじゃないですかー」
「露骨な話題逸らしね」
「それほどでもー」
「褒めてないわよ。……まあいいわ、話してあげる。入部させてもらえたんじゃなくて、入部させたのよ。色々と誘導してね」
会長先輩が妖しげな笑みを浮かべる。
ハッタリではなくホントだろう。この魔女会長……
「どうして入部させたんですか? あ、また先輩をオモチャにして遊ぶつもりなんでしょー?」
「ハズレよ。なんでかは言わないわ」
どこか憂いのある表情を浮かべて、会長先輩が少し上を見る。
吐息の中に、諦めと、それ以外の何かの感情が溶けていく。
この人がこういう所を結衣菜に見せるのは珍しい。
だからつい、構いたくなった。
「幼馴染みキャラも黒髪ロングのお姉さんキャラも、ラノベじゃ大抵負けヒロインですもんねー」
「あら、金髪のカワイイ後輩キャラだってライトノベルじゃ大抵負けヒロインじゃない」
イジワルにイジワルで返される。
先輩の趣味に合わせてラノベ読んでるくせに、先輩には言えない。
本当に、不器用というかヘタレというか。負けヒロイン属性だ。
それに比べて、莉子先輩は……
「理想のヒロインですよねー。美人でー、可愛くてー、スタイルも性格もいいですしー。それでいて自分の魅力に無自覚。多分誰かと付き合った事もない。男子の理想を詰め込んだような女の子ですよねー」
「……そうね」
会長先輩が、認めるように頷く。
ただ会長先輩が勝てないと思っている理由は、それだけじゃない気がした。
「何かあるんですか?」
「……別に、何もないわ」
会長先輩が、腕組みをしたまま結衣菜からプイっと目を逸らす。
どうやら何かあるらしいが、聞いても答えてくれないだろう。
「そろそろ戻らなくていいんですか? お手洗いにしては長いなって思われちゃいますよー?」
「……言われなくても戻るつもりだったわよ。子猫ちゃん」
腕組みを解いて、会長先輩が先輩達のいる3階まで戻ろうと上の段に足をかける。
その足取りは、重い。黒いストッキングに包まれた官能的な足が緩慢に持ち上げられる。
振り返った会長先輩が、こちらにジトッとした目を向けてきた。
「あなた、やっぱり嫌がらせのためにここまで降りたでしょ」
「ヤダナー、ソンナコトナイデスヨー」
結衣菜は、会長先輩に向けて飛びっきりの笑みを浮かべた。




