第二十二杯「ずいずいずっころばし」
「初めまして! 1年生の輝木結衣菜です! 今日は体験入部、よろしくお願いします!」
茶道部の部室で、畳に正座した輝木さんが体育会系な挨拶をして頭を下げる。
一方向かいに座る瀬川さんは、優雅な仕草で『行の礼』を返した。
「輝木さん、ようこそお越し下さいました。茶道部部長の瀬川莉子と申します。本日は楽しんで行って下さいね」
そんな瀬川さんを見て、輝木さんが「ハ~っ!」と何やら興奮した様子になる。
「ホンットーにキレーな人ですね! 先輩が『美人』って言ったの分かります!」
「え? び、美人だなんて、そんな……そんな事ないですよ」
輝木さんの言葉に、瀬川さんがワタワタと顔を赤らめながら両手を振る。可愛い。
「その謙遜はもう嫌味ですよー! 瀬川先輩は美人ですー! 間違いありません!」
「そ、そんな……あ、ありがとうございます」
瀬川さんが「美人って言われちゃいました」と僕の方を向いて照れ笑いを浮かべる。可愛い。
一方輝木さんは、瀬川さんから僕、僕からその隣へ視線を移しジトッと不機嫌な表情になった。
「ところでー、なーんで会長先輩がここにいるんですかー?」
「あら、私がいちゃいけないのかしら?」
「会長先輩は茶道部じゃないですよねー? なんでいるんですかー?」
「私は週1回茶道部でお茶を頂いているのよ。それに部活動の状況を確認するのも生徒会長の仕事よ」
寧音姉がつややかな黒髪をサラッと流しながら、輝木さんに答える。
「生徒会長の仕事ー? 結衣菜、文芸部にいるんですけど一度も来た事ないですよねー?」
「あら、ちゃんと見学に来てるわよ。子猫ちゃんがいない時だったけど」
「結衣菜は子猫じゃないですー! シャー!」
寧音姉を威嚇する輝木さんと、それを意に介さない寧音姉。
これまで何度か図書室で顔を合わせてるんだけど、どうにもウマが合わないのか毎回険悪な雰囲気になる。
僕1人じゃ不安なので、拝み倒して来てもらったけど来てもらわない方がよかったか?
そんな空気を変えるように、瀬川さんが両手をパンと合わせる。
瀬川さんが、春の天使のようなにこやかな笑みを浮かべながら輝木さんに話しかける。
「本日の体験入部では、薄茶とお茶菓子を召し上がって頂きます。お湯を沸くまでの間少々お時間があるので茶道についてのお話をしましょう」
彼女のナナメ後ろにはコンセント式の風炉ふろがあり、年季の入った鉄のやかんが置いてあった。
「茶道についてのお話? 何の話ですかー?」
輝木さんが寧音姉への威嚇をやめ、瀬川さんに問いかける。
瀬川さんは、何かのプリントを取り出しキラキラした笑顔でこう言った。
「茶道の歴史について勉強しましょう!」
――――――輝木さんの目から、スッと光が消えた。
「瀬川さん、茶道の歴史の勉強はまた今度って事にして今日は違う話をした方がいいんじゃないかな?」
すかさず僕が、瀬川さんに違う話をするよう促す。
瀬川さんは、寧音姉から事前に言われた『子猫ちゃんはあまり難しい話は得意じゃないから』と言われたのを思い出したらしく、ハッとした表情になりプリントを後ろに戻した。
「そ、そうですね。では茶道にまつわるトリビアの話をしましょう」
「トリビア?」
「輝木さん、『ずいずいずっころばし』という童謡はご存じですよね?」
「え? あ、はい。知ってますー。『♪ずいずいずっころばし ごまみそずい』って奴ですよね?」
「はい。それです。これって実はお茶に関する童謡なんですよ」
「え? そうなんですか?」
江戸時代、幕府の将軍が飲むお茶をつぼに入れて江戸まで運ぶ行列「お茶つぼ道中」が行われていた。
その茶つぼが通り過ぎる時、沿道の人は頭を下げないといけなかった。
「ずいずいずいっころばし」は、そのお茶つぼ道中を風刺した歌と考えられている。
ずいずいずっころばし ごまみそずい
(ごまみそをつくっていたら)
茶つぼに追われてとっぴんしゃん
(お茶つぼ道中が来たので戸をピシャリと閉めた)
抜けたら どんどこしょ
(お茶つぼ道中が通り過ぎたらほっとひと息)
そんな歌の意味を、瀬川さんがキレイな声で歌いながら解説する。可愛い。
「へー! そんな意味があったんですねー! 知りませんでした!」
これに輝木さんが驚いた様子を見せる。
社交辞令かも知れないけど悪くはない感触だ。
「『ずいずいずっころばし』のように、お茶は私達の日本人の暮らしの中に息づいています。『滅茶苦茶』は『お茶のない生活なんて滅茶苦茶だ』という事から生まれた言葉ですし、昔から生活にお茶はなくてはならないものだったんですよ」
「そうなんですね! メチャクチャ勉強になります!」
輝木さんが瀬川さんの言葉にウンウン頷く。
合わせてくれているだけかもしれないけど、そんなに悪くなさそうな感触だ。
この体験入部、上手くいきそうか……?




