第二十杯「ぼっち・ざ・さどうぶ」
見慣れた2年生の廊下の、初めて来る所を歩く。
僕の心臓は、一歩ごとにドクンドクンと高鳴っていた。
瀬川さんに会いに行くというのもあるけれど、他のクラスに行くなんて初めてだ。
1組の教室と同じ扉のはずなのに、4組の扉を前に緊張する。
瀬川さんがいなかったらどうしよう。
そもそも何て言って入ったらいいんだ? 「失礼します」か? 職員室じゃあるまいし。
知らない生徒だらけの教室なんて、入った事ないから緊張する。
「あのー……」
人との関わりを避け続けてきたツケが、こんな所で来るなんて。
元はと言えば寧音姉が悪いんだ。
彼女と瓜二つなあの子と引き合わせるから……
「あのー……大鳥君?」
瀬川さんに出会ってしまったから、こんな面倒な事になってしまった。
出会わなければ、こんな……
「大鳥君!」
「わっひゃい!?」
耳元で誰かによく通る声で名前を呼ばれ、心臓が飛び出る思いがする。
それほど大きな声ではないのに響く声だ。まるで琴の音のように美しい声。
その持ち主は……
「せ、瀬川さん……」
「どうされたんですか? 私のクラスの教室の前でボーッとして」
どうやら彼女が近づいていたのに気づかないほど考え込んでしまっていたみたいだ。
いつも通り整ったセーラー服姿の瀬川さん。その腕には、お弁当箱が入ってるらしい巾着袋が下がっている。
「瀬川さん、外でご飯食べてるの?」
「はい。茶道部の部室で食べてます。……教室で食べるより、寂しくないですから」
ぼっち飯してるんだ……。まあ僕も同じだけど。
前に話していた通り、クラスに上手く馴染めてないらしい。意外だ。
「あ、そうだ大鳥君。昨日勧めて頂いた本すごく面白かったです!」
「え? あ、う、お……」
昨日勧めた本、『りゅう○うのおしごと!』の事を言われて僕は益々キョドる。
「面白すぎて一気読みしてしまいました! 今5巻の途中まで読んでます!」
「え!? もう!?」
確かに面白くて僕も一気読みした作品だけど、そこまでハマるとは思わなかった。
瀬川さんが『りゅう○うのおしごと!』の5巻を取り出しながら微笑む。
「今夜と週末に読み返して、また続きを借りに来ようと思います。大鳥君、面白い作品を紹介してくださりありがとうございます!」
「う、うん……。楽しんでもらえて何よりだよ」
内容はギリギリ(アウトな)シーンが多いと思うのだけど、どうやら楽しんでもらえてるようだ。
まだ知り合って少ししか経ってないけど、彼女は本当に裏表がなさそうに見える。
ただ、教室で読んでいて益々周囲から浮いたりしてないといいんだけど……
「それより大鳥君。どうして私のクラスの前に?」
瀬川さんに聞かれ、どうして自分がここに来たのか思い出す。
そうだ、輝木さんの話をしないといけないんだった。
「来週の火曜に、茶道部に体験入部したいって子がいて……」
「えっ!? 本当ですか!」
「うん、1年生の図書委員の子なんだけど」
「すごいですっ! 大鳥君、ありがとうございますっ!!!」
瀬川さんが、興奮した様子で僕の両手を握ってブンブン上下に振ってくる。
近い近い柔らかい温かい可愛いドキドキする!
「あ、う、お……」
何か言おうとするけど、何も言えない。
輝木さんがどんな子かとか、あまり厳しくしちゃダメだよとか言おうと思ってたのに、何にも言えない。
そうこうしている内に、しばらく僕の手をブンブンしていた瀬川さんが両拳を両肩の前で握った「頑張るぞい」のポーズでやる気満々の表情をする。
「来週の火曜日ですね! 精一杯おもてなしできるよう準備しておきます!」
「あ、うん……」
「ご連絡いただきありがとうございます! では!」
瀬川さんが、笑顔で手を振って4組の教室へ入っていく。
全然しゃべれなかった……
輝木さんがどんな子かとか、体験入部の時は気をつけようねとか、色々話す事用意してたのに……
ついでに連絡先交換しませんか?みたいな流れになるかなとか考えてたけど、現実はしょっぱい。
必要な事は何も言えなかったけど、知らないクラスに入る度胸は僕にはない。
僕はすごすごと、自分のクラスへ戻る事にした。
自分の手を見る。彼女の手の柔らかな感触やぬくもりがまだ残ってるような気がする。
て、手汗かいたりしてないよな……




