第十九杯「輝木結衣菜の憂鬱」
「……んぱーい。オーイ、せんぱーい」
遠くから、誰かが僕を呼んでる声がする。
「せんぱーい、戻ってきてくださーい。せんぱーい」
なんだかいい夢を見ていたような気がする。
ふわふわとした、甘い夢。
あの子と2人で図書室デートをする夢を。
そう、きっとあれは夢だったんだ。
「せんぱーい、ムシしないでくださーい」
「いてててて!!?」
左耳を引っ張られ、痛みで意識が覚醒する。
左側を見ると、ム~っとした顔の輝木さんがいた。
「ああゴメン。輝木さん。つい居眠りしちゃって……」
「居眠りなんてしてませんよ、ボーッとはしてましたけど。転校生で茶道部部長の美人の先輩が来てからずっと」
輝木さんの言葉に、さっきのが夢じゃなかったと思い知らされる。
夢じゃ、なかったのか……瀬川さんに『りゅう○うのおしごと!』オススメしちゃって、彼女が5巻まで借りていったのは……
パソコンを見ても、瀬川さんが『りゅう○うのおしごと!』を5冊借りていったのが記録されている。詰んだ。
「噂通りすっごい美人な人でしたねー」
「ああ、うん……」
「先輩が『美しい人』って言ったのも分かる気がしますー。歩き方とか、何気ない仕草とかでも、すっごくキレイでしたしー」
「ああ、うん……」
「先輩が恋しちゃうのも分かる気がしますー」
「ああ、うん……いや、恋してはないから」
肯定しそうになった輝木さんの言葉を、やんわり否定する。
「恋してないんですか?」
「うん」
「えー? ホントですかー?」
「ホントだって……」
疑わしそうな目で見てくる輝木さんに、苦笑を浮かべながら頷く。
瀬川さんと、あの子は違う。
瓜二つだからといってそういう目で見るのは、瀬川さんに失礼だ。
「……」
僕の言葉に何かを感じ取ったらしい輝木さんが、神妙な表情になる。
それから、ハア~っと深~いため息を吐いてうつむいた。
「あんな人見ちゃうと、落ち込んじゃいますー。なんなんですかー、美人なのにカワイイって最強じゃないですかー。スタイルもいいしー」
輝木さんのような女子から見ても、そうらしい。
そして多分、瀬川さんは自分が容姿に優れている事に無自覚な気がする。
無自覚であるからこそ、その魅力が引き立っているのだ。
輝木さんが、ムウっとした顔でこっちを見てくる。
「先輩、そこは『輝木さんもカワイイ女の子だと思うよ』みたいな事を言う所ですよ」
「輝木さんもカワイイ女の子だと思うよ」
「心がこもってなーい!」
輝木さんが丸めた拳で肩をポカポカ叩いてくる。痛い痛い痛い。
「いや、ホントにカワイイって思ってるよ」
「へっ?」
輝木さんがキョトンとした表情をした後、顔を赤くする。
「え? 今結衣菜、口説かれてます?」
「いや、口説いてはないよ」
「またまた~、先輩ったら照れちゃって~」
輝木さんが丸めていた手をパーにして僕の肩をバシンバシン叩いてくる。痛い痛い痛い。
しばらくそんな事をしていた輝木さんが、立ち上がってカウンターの外に出た。
本棚の方へ向かっていき、何かの本を手に持って戻ってくる。
その本は、僕が前に読んでいた茶道の本だった。
「あれ? 茶道の本?」
「はい、興味出てきちゃいました」
カウンターに戻った輝木さんが、両手で本の表紙を僕に向けて掲げる。
「先輩って、図書委員がない火曜と水曜に茶道部に行ってるんですよね?」
「ああ、うん……。そうだけど……」
「じゃあ来週の火曜に結衣菜も茶道部に行くんで。さっきの美人の先輩にそう伝えて下さい」
「え? それって……体験入部?」
「はい」
思いも寄らない展開になった。
瀬川さんに会って興味が出たとかだろうか。前に僕が茶道部の話をした時も興味ありそうな感じだったし。
ただ同時に問題も出てきた。
輝木さんがあの『お稽古』をガマンできるとは思えない。
しかし部員を確保しないと茶道部は廃部になる。
茶道入門の本を読み始めた輝木さんを見ながら思う。
このチャンスは、逃してはならない。
輝木さんなら僕としても知ってて気楽な相手だし、新しい部員に来てくれたら助かる。
瀬川さんに連絡しよう。なるべく楽しい体験入部になるように……
そう思った所で気づいた。
僕、瀬川さんの連絡先知らないぞ……




