第十四杯「スパルタ茶道部長」
「畳の縁を踏んではいけません! 基本中の基本です!」
「は、はいいっ!」
「歩き方はすり足です! 足の裏を見せないように、けれども足を引きずるようにして歩くのではなく少し足先を上げるようにしながら足を前に出し、体重を乗せるようにして畳に足をすべらせるのです!」
「は、はいいっ!」
新入部員集めの話はひとまず置いておく事にして、僕はスパルタ茶道部長に歩き方を教わっていた。
かれこれ30分は経っているだろう。
6枚の古びた畳の上を、もう何周しただろう。
茶道部の部室は瀬川さんが作ったらしく、空き教室に畳を持ち込んで並べ、前に使われていた道具を引っ張り出し、掛け軸やお花も自分で持ってきているそうだ。
瀬川さんが、自分で書いたという達筆な掛け軸を指さす。
「大鳥君、茶道の心は『和敬清寂』です。和やかな心、うやまい合う心、きよらかな心、動じない心が大切なんです」
「は、はい……」
そう言ってる瀬川さんが和やかじゃないんだけど、口にしたら怒られそうなのでやめておく。
「次は礼の練習です。茶道には『草の礼』『行の礼』『真の礼』という礼があります。まずは『草の礼』からです。大鳥君、私の真似をしてください」
「は、はい」
瀬川さんと畳に向かい合って正座する。
ピシッとしたセーラー服は、袖先からリボンまで血が通っているかのようだ。
瀬川さん自身もスタイルがよく、姿勢の良さがそれを更に引き立てている。
瀬川さんの整った、あの子と瓜二つの顔が目の前にある。
そこから目を逸らしても、白い膝小僧や太ももが目に入る。
どこを見ても美しくてまぶしい。本当に、美しい人だ。
「『草の礼』は、指先が畳につくまで頭を下げる礼です。簡単な挨拶や、ひざの前にものがある時に使います。では、やってみますので真似してみてください」
「は、はい」
瀬川さんの真似をして、指先が畳につくまで頭を小さく下げてみる。
どうやら合格らしく、瀬川さんが何も言わずに頷く。
「次は『行の礼』です。畳に指の中程までがつくほど体を傾けます。もっとも一般的なお辞儀です」
そう言って瀬川さんが美しい所作で『行の礼』をする。
僕もそれに倣って頭を下げた。
「違います! 頭だけ下げるのではなく体全体を傾けるのです!」
「スミマセン!?」
すかさず雷が落ちてきて頭を扇子でペシっと叩かれた。
さっき話した事は、すっかり忘れてしまっているようだ。
瀬川さんが僕の隣に正座のまま移動し、僕の背中に手を当てる。
「こうして頭と背中のラインを意識して、畳に手のひらがつくまで体を傾けるんです」
瀬川さんの手が背中に触れ、心拍数と体温が一気に上がる。
「あ、あの、メモを取らせてもらっても……」
「ダメです。茶道では『心に伝え、目に伝え、耳に伝え、ひと筆もなし』と言います。見て、聞いて、心に伝えて覚えて下さいという意味です。繰り返しお稽古して、体で覚えて下さい」
「は、はい……」
離れようとしたけど、離れさせてくれない。
そのまま10回ほど『行の礼』の練習をした後、「まあいいでしょう」と言われまた向かい合う形になった。
うう、あの子と瓜二つの顔が目の前にあると落ち着かない……
「最後は『真の礼』です。一番丁寧なお辞儀で、深くゆっくりと背筋を伸ばして両の手のひらが全部畳につくまでお辞儀します。では、やってみましょう」
「は、はい」
瀬川さんの『真の礼』を真似て、頭を下げてみる。
けれどもすぐに扇子で頭をペシッと叩かれた。
やっぱり扇子を取り上げるしかなさそうだ。
「下げすぎです! それでは土下座です! 背中は丸めずに両方の手のひらが畳につくまでだけお辞儀するのです!」
「ス、スミマセン!」
顔を上げると、瀬川さんが少しム~っとした顔で僕にお説教を始めた。
「いいですか大鳥君、お辞儀は仏教と共に日本に伝わった礼法を取り入れたものと言われています」
「そ、そうなんですね」
その顔も可愛らしく見えるけれど、真面目に聞かないとまた怒られるだろう。
僕は真剣に瀬川さんの言葉に耳を傾ける。
「アジアでは比較的お辞儀をする文化が見られるそうですが、日本のようにお辞儀に関する言葉や動作の種類が多く、使い分けている国は他にないそうです。いわばお辞儀は日本の心、茶道においても大切なお作法です。相手と共に心を合わせてするものです」
「そ、そうなんですね」
「ですのでお辞儀はきちんとマスターしていただかないといけません。さあ、練習しますよ」
「は、はい……」
……この後メチャクチャお辞儀の練習させられた。




