第十一杯「昨日はお楽しみでしたね」
職員室でカギを受け取り、新校舎の端っこにある図書室までの廊下を歩く。
昇降口では運動部の部活へ急ぐ生徒達が騒いでいた。
その賑やかな声に背を向けるように足を早める。
図書室の前では、いつものように金髪のショートボブがカバンを両手で持って待っていた。
「輝木さん。お待たせ。昨日はゴメンね。図書委員の仕事1人で任せちゃって」
「いえいえ、全然待ってませんからー。それにあの後ヒマでしたのでー」
「ううん、昨日はゴメン。そしてありがとう」
ニッコリ笑う輝木さんに、諸手を重ねて平謝りに謝り礼を言う。
付き合いは短いけれど、このタイプの子の言葉は言葉通り受け取っちゃいけないという事を経験則が語っている。
自販機のジュースでも奢るべきだろうか。でもキモいとか思われるかもしれないし……
図書室のカギを開けて、少しだけ表面が剥げた木の扉を横に引き、電気のスイッチを入れる。
司書の先生が他校の司書も兼ねているため、放課後は図書委員が図書室を回している。
昨日輝木さんを1人にしてしまった分、僕は張り切って仕事をする事にした。
「……ヒマですねー」
「……ヒマだね」
とはいえする事はあまりない。
2,3人来た利用者の応対をし、返却されていた本を棚に戻すとあっという間にやる事がなくなった。
僕は本棚から取ってきた本をカウンターで開く。
「先輩先輩、何読んでるんですか?」
ヒマを持て余したのか、しばらくタブレットで何かをしていた輝木さんが聞いてくる。
僕は彼女に向けて読んでいた本の表紙をかざした。
「茶道の本だよ」
「茶道の本? どうして茶道の本なんか読んでるんですか?」
「それが、成り行きで茶道部に入部する事になっちゃって……」
輝木さんがポン、と右手の拳で左手の手のひらを打ち、何やら思い出したような表情になる。
「あー、あの美人って評判の転校生が立ち上げた茶道部……。先輩、興味ないって感じだったじゃないですかー」
「ま、まあ……。部員が足りなくて廃部寸前で困ってるっていうから仕方なく……」
ジトっとした目で見てきた輝木さんに言い訳するようにウソではない言葉でごまかす。
その女の子が初恋の子に瓜二つだったなんて話、口が裂けても言えない。
「部活に行かなくていいんですか? アレだったら結衣菜1人で仕事しますけど……。どうせ誰も来なくてヒマですし」
「大丈夫だよ。図書委員の仕事がない時だけでいいって言ってくれてるから」
「ほほう、美人と評判の転校生の茶道部部長と週2でお茶するんですか。それはそれは楽しそうですね」
輝木さんが何やら不機嫌な様子でカウンターを爪でカツカツ叩く。
「お茶する」っていうと、なんかデートみたいだけどそんな感じではない。
あれは「お稽古」だ。扇子で叩かれた手をなんとなくさする。
「昨日会長先輩に呼び出されて、恥ずかしい話をされてましたけど、もしかして茶道部に行くよう言われたんですか?」
「あ、うん。体験入部に行くよう言われて、そのまま成り行きで入部する事に……僕の恥ずかしい話って、何個ぐらい続いた?」
「5個までですねー」
輝木さんがニッコリ笑いながら答える。
何を聞いたのかは聞かない事にしよう。寧音姉の奴め……
「それより茶道部はどうでした? お茶とお菓子出ました?」
「あ、うん。『若鮎』ってお菓子と何だかドロッとした濃いお茶が出たよ」
「若鮎?」
「子供が描いた魚みたいな、どら焼きみたいにあんこと白玉団子が挟んであるお菓子だよ。この季節の和菓子なんだって。おいしかったよ」
僕の説明じゃ分からなかったのか。輝木さんがスマホを取り出しポチポチし始める。
「わっ、カワイイ~! 先輩、これ食べたんですか?」
輝木さんがスマホの画面を見せてくる。
昨日食べた若鮎とほぼ同じものの画像が出ていた。
「ああうん、これこれ」
「いいなー! 結衣菜ゆいなも食べてみたいなー!」
スマホの画面の若鮎に、不機嫌だった輝木さんのテンションが上がっている。
まあ確かに、お茶とお菓子はおいしかった。
厳しい先生の『お稽古』じゃなければ、もっとおいしかっただろうけど……
「いいですね茶道部! 結衣菜も体験入部に行ってみようかなー?」
「……やめといた方がいいと思うよ」
「うん? 先輩? 何か言いました?」
「ああいや何でも。ちょっと僕、新刊の作業してくるから」
「はーい、行ってらっしゃーい」
金曜日は新刊の本が入っている。
それに貸し出し用のバーコードを貼ったりするのが、金曜の図書委員の仕事のひとつだ。
数冊の本を抱え、僕はカウンター裏の作業部屋に行く。
「茶道部……。結衣菜も行ってみようかな……」
遠ざかるカウンターから、輝木さんが何かを小声でつぶやいてるような気がした。




