第三話 商談相手は誰ですか?
「魔王様におかれましてはご機嫌麗しく……」
広い謁見の間に壊れたレコード盤か何かの様に決まりきったセリフが流れる。いや、ルクスの前世でもレコード盤なんて数度しか見たことがない。例えるなら古いゲームのキャラクターか。何度も同じことを喋る、大して重要でないキャラクターだ。それこそ、最新のゲームのキャラクターの方が面白おかしくいろんなことを喋るだろう。
しかし、ルクスの目の前で喋るそのキャラクターは、どうでもいいようなキャラクターの様でいてその実重要なキャラクターだ。
この魔術のある世界。色々と前世ではできなかったこともできるが、人は霞を食べて生きれはしない。人の体にある血管の様にちゃんとした物流が国には必要だ。
そう、この目の前の肥え太った男の様な商人たちが国には必要なのだ。
見るからに丸々と肥え太った男は暑いのか、せわしなく汗を垂らしている。かなり離れているので匂いはしないが、ただ見てるだけこちらまで暑苦しくなる。ルクスは潔癖症ではないがその男から垂れた汗が、謁見の間の赤い絨毯につくのは少し嫌だった。
「ますますのご健勝のことと……」
「もういい」
「え?」
「……もういいと言っている」
軽く片手をあげそう言ったルクスに、その商人の男は驚き顔を少し上げる。そして、その自分を見下ろす冷たい視線に、「ヒッ」と軽く悲鳴を上げる。流れているいる汗とは違う種類の汗がその背筋を流れる。
「お前が持って来た献上品。確かに言い物だな」
「お、お喜びいただけますれば、さ、幸いかと申し上げます」
ルクスはその商人が持って来た物を一つ手に取り眺めて言う。細やかに装飾が施された金細工が光に反射し輝きを放っている。そして、いくつものダイヤモンドがそれに負けじと輝いている。麦の穂を模ったその装飾品は品だけでなく栄光も表しているのだとか。そう、目の前の男は語っていた。
「まっ、ここでは、このような物でしか、長くは持たぬがな」
「そ、それは、はい、その通りでございます」
恐縮し大きい体を縮こまらせてその男は言う。
そう、ここ魔界では、魔力に耐性が無いものは崩れ壊れる。それは人も物もかわらない。故にここは魔界と呼ばれる。
人が多く住むこの大陸は東西に真ん中近くで分かれ、西は魔界、東は聖界と呼ばれている。
西に行けば行くほど魔力が濃くなり、逆に東に行けば薄くなる。
自然の魔力に抵抗するには己の魔力しかない。つまり己の魔力が多いものほど魔力が濃い場所でも問題がない。例えば金などの貴金属やダイヤなどの硬い宝石だ。それらには魔力が含まれる。
そして、魔力の濃い場所に住める者たち、それが魔族だ。そして、逆に魔力の薄い所でしか住めない者たちが人族だ。
始め人族が生まれ、後にその中から魔界に住めるようになった者たちが魔族となったと言われる。
ルクスはその人族の商人を見据えて言う。
「まぁ、よい。
この王都ガドロルドでの商売、お前に許可しよう」
「はは~~~、あ、ありがたき幸せに存じます」
再度商人は顔を伏せて答える。
「……だが、分かっておるな?」
「も、もちろんでございます。
ご、ご禁制の品など取り扱ってはおりませぬ」
さらに商人は頭を下げる。若干絨毯が汚れるのではとルクスは心配した。
「なら、いい。
もう、下がっていいぞ」
「はは~~~」
そう言って商人はゆっくりと顔を少し上げ下がろうとする。
ふとその時、視界の端にその剣を収める。
柄や鍔は金で装飾され刀身は鏡の様に輝き柄頭には大くて青い宝石が埋め込まれていた。おそらく魔石と呼ばれる魔力をたくさん含んだ宝石だろう。淡く光っているかのように見える。
そんな剣がルクスが座る王座の少し横、その商人の男から見て左側の床に突き刺さっていた。
魔王との謁見が上手くいってほっとしたのか、さっきまで不思議と気付かなかったその剣に目が吸い寄せられた。
「抜きたいか?」
「!! い、いえ、滅相もございません!!」
再び絨毯にへばりつくように商人は頭を下げる。
「抜きたければいいぞ?
ただし、それ相応のモノをもらうがな」
「い、いえ、そのような!! わ、わたくしめはただの商人でございます!!」
「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれ。
俺がじかに相手をしよう。
……もう、下がっていいぞ」
「はは~~~~~~」
商人は遠い謁見の間の入口まで何度もお辞儀しつつ足早に下がる。そして、謁見の間から逃げ出すように出て行った。
(なんだ、早く動けるじゃないか)
そんな感想をルクスは浮かべていると、音も無く隣にセバスが現れる。姿を消すことなどセバスには造作もない。今の商人は気付いていなかったが。
「よろしかったのですか?」
「ふん。あれが俺に挑むなどありないさ。例え挑んだ来たとしても大したことはないな。
それにあれは取られてもいいさ」
そう言ってルクスは座っている王座と同じ高さの床に真っ直ぐに突き刺さっている剣を横目で見て言う。
装飾過多な剣だとルクスは思う。もう少し実用性のある方が……いや、目立つ方がいいのか。そうルクスは納得する。
「いえ、そうでは無く。王都での商いの許可についてですが」
「ああ、あれか。別に構わんさ。精々沢山ここで買って東で売りさばいてくれたらいい」
「ガス抜きですか?」
「そうだ。散々東側の連中からせっつかれているからな。品物を寄こせとな」
うんざりしたようにルクスは言う。
西側、魔界で作られる商品は丈夫だ。東側、聖界の物とは比べるまでもない。だから、その分聖界では人気だ。なので、聖界にある人族の国々から色々と売ってくれと外交官を通じて言って来ている。
「しかし、そのような態度では下に見られるのでは?」
「たかが安い商品で煩いのが黙るならそれでいい。
それに情報もな」
魔界で聖界の商品は人気が少ない。先程の貴金属ならまだしも食べ物などの商品は見向きもされない。すぐに腐るか壊れるかするからだ。
だから、代わりにとそれ以外のものを売ることが多い。まぁ、表だった話ではないが。その中に聖界の情勢などの情報が含まれる。
もちろん、別ルートで情報の裏もとるが、情報が多いのに越したことはない。
「まっ、監視の者でもつければ、問題はないだろう。
そう言うことだから手筈を整てくれ」
「では、そのように承知いたしました。
しかし、流石魔王様です。感服いたしました。」
「はぁ~~。だから、よせと言っているだろう。
ところで今ので最後か?」
「はい、その通りでございます」
「なら、少し休憩だな」
「はい、執務室にて準備いたします」
「……それは休憩場所なのか?」
「魔王様が休憩される場所。それはいかような場所でも休憩所でございます」
「それは絶対に間違っていると思うぞ」
そう言ってセバスを伴いながらルクスは謁見の間を後にした。
その場にいた他の者たちも静かに退室して行った。
そして、後には王座と剣が静かに佇んでいたのだった。




