第二話 ワーカホリックは誰ですか?
「ルクスと呼べと言っているだろう。セバス」
ルクスは横に静かに立った銀髪の執事風の男に顔をしかめて嫌そうに言う。しかし、そのセバスと呼ばれた男は貼り付けた笑顔を一片も崩さず答える。
「魔王様は魔王様ですので」
「はぁ~、それでは誰を呼んでいるか分からないだろう?」
「この世で魔王様と称されるのはあなた様だけでございます」
そう頭を少しさげセバスは答える。そのちょっとした仕草も洗練されて嫌味が無いのが余計に嫌味だった。
「あの世の奴と区別つかないから名前を呼べ。命令だ」
「それでは、ルクロソス・ガレク・レド・ガドロルド様」
「はぁ~~。お前、絶対ワザとだろう?」
「はい。その通りでございます」
「はぁ~~~」
そうぬけぬけと楽しそうにセバスは答え、ルクスはため息で答える。
その整った顔とオールバックにした銀髪が壮年になると言うのにどこかのホストの様に見える。前世の記憶にある執事喫茶なるものが頭に過ぎる。おそらく、そこでセバスは人気を総なめにするだろう。名前もセバスチャンだし。
そんなことを思いながら横目でセバスを見る。
「朝のちょっとした挨拶でございます」
「……」
「今日のご予定はこちらになります」
己の上司のジト目に気にもせずセバスは今日の予定表をルクスが見やすいように示す。
そんな歳は離れた部下の態度にため息をつきたいのをぐっとこらえ、ルクスは今日の予定表に目を走らせる。
残念ながら仕事に追われるのは今も昔も変わらなかった。
(せめて、これだけは変えて欲しかった……)
そうルクスは心の中でどこかにいるかもしれない神に愚痴をたれたのだった。
ルクスは初め自分の立場がどのようなものか分かっていなかった。
いや、それよりも自分がどこにいるのかさえ分かっていなかった。
たかが子供に全てを察しろと言うには無理があるし、『日向 光』は殊更頭のいい人間でもなかった。それとなく周りを観察はしていたが、自分はどこかの金持ちの子供だろうと思っていた。
しかし、徐々に自分がただの子供ではなく、そして、この場所が『日向 光』がいた場所とはかけ離れていることに気付いた。
そう、魔術がある世界。世界の成り立ちが全く違った世界。
ゲームの中にあった世界がルクスの目の前にあった。
自分がゲームの主人公たちと同じように魔術が使える。それにルクスの心が躍った。
ゲームをするのと同じようにのめり込み、夢中で魔術について学んだ。
そう、己を取り巻く状況をほったらかしにして。
するといつの間にか、魔王になっていた。
ルクス自身、今になっても訳が分からなかった。
今でも何かの間違いではないかと魔王と呼ばれるたびに思う。
しかし、亡くなった父親であろう人物は確かに魔王と呼ばれていた。当時その単語を聞き理解はできなかったが。
ならば一人息子の自分がその後を継ぐのは間違いではないかも知れない。
だが、普通十歳にもなっていない子供が、王と言う職務に就くことができるだろうか?
確かに歴史上そう言うことはあっただろうが実質誰かの傀儡だ。実務なんて全くといてほど無いはずだ。
(まぁ、あの頃は流石に今ほどの書類は無かったけど)
目の前の山積みの書類を見て、ルクスは密かにため息をつく。
そんなルクスに応えてか、文官の一人がルクスの目の前にある書類の頂を高くする。いつになったらその山を制覇できるのか、ルクスには分からなかった。
そこに山があるから登るのだとしたら、この山を消し飛ばせば登らなくて済むのだろうか?
そんな馬鹿な考えを振り払ってルクスは意識を仕事に戻す。
「お疲れ様でございます」
ルクスの耳と鼻に仕事の労い言葉と香りが届いた。銀のお盆から白い小さなカップが乗った同じく白いソーサが差し出され、山積みの書類にまだ領土を侵されていない机の上の場所に静かに置かれた。
その小さいが香り高いコーヒーをルクスは一口飲み一息つく。昔よく飲んでいた缶コーヒーとは比べ物にならないほど美味いと感じる。
「相変わらずでございますね」
「まぁな。俺がやらなくてはいけないからな」
ルクスが処理した書類の山に視線を向けて言ったセバスの言葉にルクスはそう答える。
「そう仰ってやっておしまいになられる。流石魔王様です」
「よせと言っているだろう」
空いた方の手を軽く振ってルクスは言う。そして、自分が目を通した書類の山を見つめる。
(そう、できてしまうのが問題だけどな)
ルクスは心の中でため息をつくようにそう思った。
そう、仕事ができてしまったのがいけなかった。
全く仕事ができなかったら、誰も子供に事務処理などさせなかっただろう。精々最重要な書類を渡されるくらいだ。もしかすれば、それさえもなかったかもしれない。右も左も分からない子供に国の運営を任すなど狂気の沙汰だからだ。
しかし、ルクスにはできてしまった。
それは当たり前だ。見た目は子供だが中身は三十過ぎのサラリーマンだ。簡単な物なら処理できてしまう。
もちろん、仕事内容は前世とは全く違うし、帝王学など専攻したこともない。しかし、自分の上司が使える人材だと知った文官たちはこぞってルクスを鍛えた。そう、そして、それにルクスは応えてしまった。後には仕事人間が一人生成されたのだった。
未だに間違いだってあるし分からないこともあるが、その都度フォローが入るので問題は無い。そう、それが問題だ。
手を抜けばそれでいいのかもしれないが、生粋の仕事人間なのだろう。ルクスにはそれができなかった。三つ子の魂、いや前世の魂百まで。
未だにルクスとして慣れないのは、前世と変わらず仕事詰めだからではないだろうか。そう目の前の書類の山を見てルクスは思う。
そんな詮無きことを思い巡らしながら、ルクスは残りの仕事に手をかけるのであった。
その姿をどこか嬉しそうにセバスは見たのち、静かにその場を後にしたのだった。




