第三十四話 魔王って誰ですか?
「どう言う、ことだ……セバス?」
驚愕と苦痛が混ざった表情でルクスは問う。
しかし、それには答えず、セバスは落ちている剣を拾う。
「全く『勇者の武器』とは厄介な物です。
しかし、ルクス様の捨て身のおかげでこうして楽ができますね」
「がはっ、き、貴様~」
「あなたの出番はここまですよ。さっさと退場してください」
「わ、わたくしは……勇……」
一瞬でその商人に詰め寄ると剣をもう一本突き刺す。
結局その男は名前を忘れられたまま、二度と起き上ることはなかった。
「はっ! ま、待て、その男を殺すな!!」
「『勇者の剣』がただの剣になるからですか?」
「そうだ!! 勇者が死んでしまえば、これも!!」
ルクスは己の腹に刺さっている剣を見る。しかし、剣は既に光を失い、かき消されていた魔力が元の状態へと戻る。
「何てことだ! これでは……」
「これでは、『制定』できないからですか? ジベルタ王のように」
「そうだ! ぐっ、世界は昔の状態に戻ってしまう!」
「それでいいのですよ」
「……何?」
つかつかとセバスはルクスに歩み寄ると徐にルクスの腹に突き刺さっている剣の柄を握る。そして、ルクスを蹴とばした。
「ぐはっっ」
「ふむ。やはりただの剣に戻るようですな」
ルクスの血が付いた剣を眺めて確認すると、興味を失ったのか横へ投げ捨てる。
「な、何をする!? セバス!!」
「いいえ、違います」
「!?」
「私の名はセレドロス・トレク・レド・ガドロルドです。ルクス様」
「ガドロルドだと……」
トレクは正当な、レドは王を表す。セバスは自分が正当なガドロルド魔王国の王だと名乗ったのだ。
「どう言うことだ! お前が正当な王だと言うつもりか!?」
「ええ、そうです。本来なら私が受け継ぐはずだったのです。王位を」
「!!」
そう言ってセバスはかけていた眼鏡を外す。すると今まで見えていた顔とは違う顔が現れる。
「その顔は!!」
その顔はルクスがよく知る顔。己の顔にそっくりだった。その違いは髪の色と髪型、そして年齢からくるものだろうか。本当によく似ている。
「見ての通りです。先王の隠し子ですね、私は」
「生きていたのか……」
「ええ、幸運にもですが。本当なら黒髪で無かった赤子の私は、激怒した先王に殺されるはずでしたから」
「それは……」
「偶々私を殺すよう命じられた諜報部の者が、私を秘密裏に養子にしたので助かりましたが。何でも後継者に魔力の高い者が欲しかったと。
ただ実の父親については教えられる前に早くに亡くなったので聞けず仕舞いでした。まぁ、自分の顔に似た者を探せばいいだけですが」
「しかし、それでは確証は得られないだろう?」
「ええ、しかし私の立場上色々と調べることができましたので、あとそれとなく先王に確認しました。殺せと命じたとは言っていませんでしたが状況的にそうだったでしょう」
「よくばれなかったな」
「顔を隠すのはかなり小さな子供の頃からしておりましたので、私の顔も過去も知る者は養父だけでした。後は自分で言うのは何ですが能力は高かったので」
少し澄ました顔で己の過去を話す。
「それで復讐と言うわけか。
何故だ? 何故世界を昔の状態に戻す? 何故今の国を潰そうとする?」
「それは、本物の魔王になるためですよ」
静かにセバスは告げる。
「私は証明したいのですよ、黒髪でもなくとも魔王になれることを。
それはただ王位を受け継いだと言うのではなく。神に選ばれた者としてです。
ですから、ジベルタ王の『制定』は邪魔だったのです。それのおかげで本物の魔王も生まれなかったので。
ただ、私自らでは抜けなかったのでこんな小細工をしないといけませんでしたが」
「どうやってそいつらと組んだ?」
「聖界を色々と探っているうちに、世界を昔の状態に戻したい者たちを見つけましてね。
それで連絡を取り合って今回の作戦となったのです」
「簡単に勇者だと信じたのか?」
「いえ、私も始め見た時信じられませんでした。しかし、それは己が勇者だと証明することができましたので。
今回は利害一致で手を結びました。最後までは無理でしたが」
倒れて動かない商人だった物にセバスは視線を送る。そこには残念がる様子もなく当然の成り行きだと物語っていた。
「証明だと?」
「ええ、『聖気』と人族に呼ばれるやつです。人族版の魔気ですかね。先程纏っていた白い靄みたいなやつです。
その時は片手の指先しか纏えていませんでしたがね」
「!! 本物の勇者は既にいたと言うのか?」
「ええ、そうです。最近になってからかもしれませんが」
「……そして、お前が本物の魔王と言うのか」
「はい、その通りです」
その言葉と同時に謁見の間に魔力が満ちる。
それは先ほどの商人とは真逆の装いだった。
セバスの身の回りには黒い靄のようなものが纏い、己が何者かを示していた。
なるほど、昔の者たちがこれを見て魔王と呼んだのもルクスは頷けた。己の何倍もの魔力がセバスから感じられたからだ。
「前は私も指先しか無理でしたが……今はこの通りです。
どうです? 素晴らしいと思いませんか。この全能感……。古の魔王たちはこれを感じていたのですね。
いやはや、これを感じておきながら捨てようとしたジベルタ王は愚かとしか言いようがないですな」
「……いらなかったのさ。彼女が欲しかったのは安寧。だから神々が作った争いごとを失くしたのさ。それを捨ててな」
「そうですか……。私には理解できませんね」
「それが理解できないお前は王にはなれないし、なっていいものでもない。
……もう、止めるつもりはないか?」
ルクスは静かにセバスに問う。それには切実な願いが込められていた。
「止める? 何をです? 既に『勇者の剣』は抜かれ勇者は死にました。もう世界を止めるものは無いのです」
「いや! まだ何かあるはずだ! 何かが!」
「それを探してどうすると言うのです? また世界を止めると言うのですか?
残念ながらできない相談ですね。そんな事に命を懸けるつもりはありません」
「そうか……。なら、俺が止めるしかないな」
ルクスの願いは空しく通り過ぎて行く。
己の人生に大きく関わって来た者に向け、悲壮な決意を胸にルクスは宣言する。その者を倒すと。
腹に開いた穴からは血が流れている。己の魔力をかき集め回復しているが、延命処置に近い。
それでも、ゆっくりと立ち上がりその者に対峙しようとする。
それはまるで魔王に立ち向かう勇者の姿だった。
そんな姿を見て魔王は呆れたようなそれでいて誉めているような視線を送り、少し自嘲が混ざった口調で告げる。
「滑稽だと思いませんか?」
「何がだ?」
「勇を示さない勇者に、王になれない魔王。まるで無茶苦茶な配役だと」
「……確かにな。
それはおそらく神が悪いんだろう」
「くっくっく。そうかもしれませんね。
でも、それが神のご意思なのでしょう。そして、世界で争えと。
……残念ですが、お別れです」
「……」
「魔王は一人で十分です」
魔力が高まり謁見の間が吹き荒れる。そして、それらを掌握するように掲げた手の平に魔王は集める。それだけでこの部屋が吹き飛ばしそうだった。それはおそらくルクスなど跡形も無く吹き飛ばすだろう。
それがルクスにも感じられる。己は敵わないだろうと。しかし、その目には微塵も恐れも後悔も無い。ただ真っ直ぐに相手を見据えていた。
そんな勇者の、そして王の姿に魔王は決別するかのように厳かに告げる。
「私が魔王です」
「あら、そう?」
その舞台の上に乱入者が現れる。
それはその配役に、その演出に、そして、その脚本にダメ出しするようにそれらをぶっ飛ばした。
ルクスが呆気にとられて見守る中、変な声を上げなら魔王役は吹っ飛ばされ、満ちていた魔力は霧散し、その後のセリフは無くなった。
いつの間にか来たのかミレイユがメアを伴って現れた。
それは女王然とした立ち振る舞いだった。その姿は少女で今しがた殴りつけると言う蛮行をしたにもかかわらず、どこか優雅でゆっくりと己が吹っ飛ばした者へと歩み寄って行く。
「貴様!!」
激高しながら立ち上がり、その少女を睨みつける。内蔵をやられてのか口からは血が出ている。
「チョロチョロうろつく鼠の分際で!!」
「失礼ね~。こそこそしていたのはあなたの方でしょ? 部下に私たちを見張らしたりして。
一歩間違えれば変質者か何かよ」
射殺すような睨みに相変わらず気にもせずに、その乱入者は平然と言い返す。その黒い瞳には恐れは一片も浮かび上がらず悠然としたものを湛えている。
「穢れた者の分際で!! 何しに来た!?」
「それは、そのふざけた配役を貰おうと思ってね」
「何だと!? 馬鹿か貴様は!!
たかが少し魔力が高いだけの下等生物に務まるわけがないだろう!!
分からないのか!?」
「あら、それはどうかは分からないわよ?」
「……思い上がった下等生物が!」
普段の姿をかなぐり捨てて怒りの声を撒き散らす。あまりのことに冷静さが欠けているようだ。
だから、己が勢いよく吹っ飛ばれた事実を忘れる。そして、激情のままその不遜な者に駆けて殴りかかった。
それはルクスの目にも止まらない速さだった。しかし……。
「な!! 何だと!!」
それは受け止められる。黒い靄を纏った細い手で。
「何故貴様がそれを纏える!? 何故だ!!」
「……女性に手を上げて言うセリフかしら? それ」
「答えろ!! 何故魔王しか纏えないものを、使うことしかできないものを使える!?」
「本当に馬鹿ね。魔王だからに決まっているでしょ」
「はぁあ!? ぐぼぉっ」
驚きを隠せない者を容赦なく殴り飛ばす。
「そんなことがあってたまるか!! 魔王が何人もいてたまるか!
ましてや、貴様みたいな奴が魔王などと!!」
「その配役を決めたのは私ではないわね」
「それなら誰だ!!」
「間抜けな神々でないことだけは確かよ。
まぁ、そんなことはどうでもいいわ。
『KPGHSB YPOLNP』が命を懸けて止めたものを動かしたのはあなたたちよ。
だから、あなたたちも命を懸けなさい」
「!! それは!!」
いつの間にか少女の横にメイドが恭しく剣を差し出していた。光り輝く剣を。
それを少女は受け取るとその身に黒と白の靄が纏わりつく。
「何だそれは!! 何故貴様がそれも纏える!? 何故だ?」
「決まっているでしょ。勇者だからよ」
「はぁあ!? そんな馬鹿な事があるか!! そんな無茶苦茶な配役があってたまるか!!
……何だ、貴様は? ……貴様は何者だというのだ?」
その無茶苦茶なことに困惑し恐れを交えながら問いかける。
「私は何者かしら?」
「姫様は姫様です」
「そう言うことよ」
「!?」
しかし、答えのようじゃない答えが返る。
「魔王になりきれないあなたには関係ないわ。あの世でどこが悪かったか反省することね」
「ぐおぉおぉぉぉぉ~~。これ……は」
すっと音もなく手に持っていた剣を少女は突き出す。まるで何か演技指導でもするみたいに。
その剣は浅く突き刺さったみたいだが、突き刺さった者が纏っていた黒い靄を吸収するかのように集め出した。
それはその者の命をも吸い上げているようだった。
「あっそうそう神とやらに会ったら言っといて、下手な配役はするなってね」
「馬鹿……な……」
音を立てて力なく倒れた男の顔は一気に老けたようだった。生気が無くなった虚ろな目と皺皺の肌にカサカサの唇。
その唇から最期の言葉が漏れ出る。
「私、は……私は……魔、王に」
そんな魔王になれなかった者の呟きが小さく流れる。
「文句はあなたを配役した者に言ってね」
そう言ってこの謁見の間の王座に向かって歩き出すと、徐にその黒と白の光を纏った剣を空いている床に突き刺した。
世界が今一度揺れた。
ルクスはバランスを崩し床に倒れる。
慌てて顔を上げたルクスの視線の先には前にここで見た『勇者の剣』が刺さっていた。
世界はまた『制定』されたのだ。
「さて、一つ提案があるのだけど、どうかしら?」
安堵に息をつき痛みに意識を持って行かれそうなルクスの耳に軽やかで澄んだ声が飛び込んできた。
その声の方を見上げると王座に一人の少女が座っていた。それはいつか見た光景と同じで既視感がルクスを襲った。
悠然と座りこちらを見下ろす姿は魔王然とし、そのセリフも前に聞いた物と似ていた。しかし、前とは違いどこか楽しげで、そのセリフを遮る者は誰もいない。
「世界の半分っていらないかしら?」
そして、そんな楽しげな声でそう告げられた。
ルクスにはそれは天使の福音にも、悪魔の誘惑にも聞こえたのだった。
今日中にもう一話続きます。
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