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第三十三話 勇者って誰ですか?

 それは走っていたにもかかわらず、しっかりと揺れたのを感じた。

 始め久しぶりに地震が起きたのかとルクスは思った。

 前世では頻繁に小さな地震にはあっていたが、ルクスとして生きるようになってからは近くでは地震は起きなかった。


 しかし、地震とは違い揺れは一回だけで音も聞こえなかった。

 にもかかわらず、全身で揺れを感じた。



(まさか!!)


 焦る気持ちを抑えることができずに古い謁見の間へ駆ける。



 始め目に飛び込んできたのは力なく横たわる衛兵たちであった。ミレイユたちが来た時と違い明確に争った跡があり、よく見れば衛兵以外黒づくめの者も倒れている。

 そして、もっともその時と違うのは、少し開け放たれた重厚な扉だった。



 その隙間から、今まさに何者かの断末魔の叫び声が廊下に漏れ出て響く。


 その叫び声に誘われるようにルクスは急いでその重い扉を開け放つ。




 すると、その広い謁見の間で一人の男が笑いながら黒づくめの男たちを斬り伏せていた。




 その男は、屈強な戦士でもなく、聡明な魔術師でもなく、敏捷な盗賊でもなく、ただの商人(・・)だった……。




 そう、ただの商人。少し前に新しい方の謁見の間でルクスが会った、名も忘れた人族の商人だった。

 見た目小太りで背も低く走るのさえ億劫そうな、スポーツさえ無縁なそんな男だ。


 それが白い靄みたいな物を身に纏い、そしてぷくぷくで短い手にはあの『勇者の剣』が光り輝いていた。




「くぅはっはっはっはっ、いいぞ!! これだ!! これが力だ!! 魔族など! いや、何人たりとも恐れるに足りん!!

 何が下等なる者だ!! 何が下賤な者だ!! お前たちがそうではないか!! はっはっはっはっ~~~」


 その男のとても嬉しそうな笑い声が謁見の間に広がる。


 そして、ひとしきり笑うとルクスに気付いて、見下し馬鹿にしたような目を向け丁重な言葉で迎える。



「これはこれは、魔王様ではありませんか。ご機嫌麗し……くは無いようですなぁ~~。

 どうかなされましたか~?」

「お前……」

「おお、そう言えば外の馬鹿どもの騒ぎはどうでした~? そのご様子だとたいしたことはなかったようですな。

 まぁ~偽物の勇者に烏合の衆では少々の時間稼ぎにしかならなかったようで」

「……何者だ? お前は?」

「くっくっく。はっはっはっは。これはこれは、まだお気づきにない?

 魔王様とあろうお人がお気づきにならないとは、実に滑稽ですな!」

「お前!」


 ルクスを小ばかにした笑いがその男から漏れ、そして、さも嬉しそうに秘密を明かすように馬鹿な子供に教えるように告げる。



勇者(・・)に決まっているじゃないですか。本物(・・)のね」

「!!」


 その勇者の姿からはかけ離れた男はそう言い放つ。



「お前が本物の勇者だと言うのか!?」

「やはり、偽物の魔王では分からないものらしいですな」

「なんだと!?」

「本物は『神の声』を聞く。勇者も魔王も」

「何……?」

「わたくしも聞いたのですよ『神の声』を。そして、この『勇者の剣』を取り返しに来たのですよ」


 剣を少しかざし、恍惚とした顔で眺める。



「まっ、わたくしとしてはもう少し装飾があった方が好きなのですが良しとしましょう」

「……分かっているのか? それを抜いたらどうなるのか!?

 また、大きな戦争が始まるのだぞ! それどころか造り上げた物がまた崩壊する!!

 それをお前は知らないのか!!」

「もちろん、承知してますよ」

「!!」

「承知している上で抜いたのですよ。

 分かっていないのはあなたの方だ」


 愚か者を見るようにその男はルクスを見て言う。



「『世界の魔を干せ』。それがわたくしが聞いた『神の声』です。

 魔王はなんと聞いたかご存知ではないのですか?

 『世界を魔で満たせ』ですよね?

 いいですか。神々はわたくしたちに争えと言っているのですよ、これは!」


 両手を広げ、不理解な者へ責めるようにその男は声高にして言う。



「それを馬鹿な魔王が、愚かにも止めたのだ!

 何と不信仰な者なのだ! 神に選ばれたと言うのに! 神の言葉に逆らうなど!!」


 その言葉は過去へ向けても言い放たれる。



「あなたも不信仰者だ。それを引き継ごうと言うのだから。

 いや、偽物としては同然ですかね」


 聖職者が罪人に告げるようにその男はルクスに向かって言う。



「ふん! 神とやらの言いなりになるくらいなら不信仰者で構わないな、俺は。

 民と神。俺は民を取る。それが()だ!!」

「何と不遜な!」

「不遜? お前とて神の言葉を実行したいだけじゃないだろう?

 自分以外をひれ伏せたい。全ての物を手に入れたい。そうだろう?

 偶々だ。偶々お前は自分の欲望から神の思惑に乗っただけだ。

 結局お前も不信仰者さ」

「黙れ!! あなたとは違う!」

「なら、誠実に謙虚に生きれるのか? 神の言葉以外望まず、世俗とかけ離れて生活できるのか?

 できないだろう、お前は!」

「!!」


 ルクスはその男を見据えて言う。確かにその肥え太った姿からは無理そうだった。

 それはその男も理解しているようで反論できなかった。



「お前もお前に力を貸した奴らも、全員神のことなど考えてはいないのさ。唯々自分のことだけさ。

 そんな身勝手な奴らの好きにさせるつもりは……ない!

 ……前にも言ったな。俺が相手(・・)になると。

 返してもらうぞ。『勇者の剣』を。お前には分不相応だ」


 ゆっくりと剣をその男に向けながらルクスは告げた。



「……あなたに務まりますかな。偽物のあなたに」

「前みたいに無様に出て行くのなら今の内だぞ。ただしそれは置いて行ってもらうがな」

「……いいでしょう。ここに転がっている者たちと同じようにあなたにもお教えしましょう。

 わたくしが本物で、あなたが偽物だと言うことを」


 そう言った途端その男が纏う白い光が増す。それに呼応して、この謁見の間に入ってからルクスが感じていた気だるさも増す。どうやら辺りの魔力を消しているようだ。これでは普段から魔力に頼っている魔族も力は人族並みか。加えて……。



 その姿からは想像できないような速さでその男はルクスに斬りかかった。


 激しい剣戟が謁見の間に響き、ルクスは辛うじて構えた剣を弾き飛ばされそうになる。そんなルクスの隙にその男の剣が迫る。辛うじて避けるが浅い傷ができる。



「流石ですな。先程の者たちはあっさりやられたと言うのに」

「そう言えば、見かけたことがない奴らだな」

「そうですね。簡単に言えば魔族の協力者でしょうか。散々わたくしのことを下等だの何だのと言ってきましたけどね。

 いざ、わたくしが『勇者の剣』を取ると恐れをなしたのか、こぞって襲ってきましたが。

 まぁ、見ての通りです」


 チラッと倒れている黒づくめの男たちを見て言う。おそらく、あの邪魔をした大神官の手の者たちだろう。



「よくそんな奴らと協力できたな」

「仕方がなしですよ。商売でもよくあります。それと一緒ですよ」

「あいつらも間抜けだな。お前みたいのとつるむとはな。

 本当に何を考えていたんだか」

「さぁ? それは彼らと同じ場所へでも行ってお聞きください」


 鋭く風を切る音が鳴る。耳元でその音を聞きながら辛うじてルクスは避ける。



 力も素早さもその商人の男の方がルクスより上だった。それはその『勇者の武器』から力が流れているのだろうか。前に会った時とは全く違っていた。

 しかし、その動きは素人のそれであり、全くなっていなかった。それが辛うじてルクスが避けれる理由だった。

 それはその男も気付いているようで少し苛立たしげ剣を振るう。



 ただ、それはいつまでも続かない。



 大きな剣戟の音と共にルクスの剣が弾かれる。その隙を突いてその『勇者の剣』はルクスを貫く。


 ルクスは痛みで顔を歪め、その男は喜悦で顔を歪める。



「勝負ありましたな」

「ごふっ」


 その男の言葉に応えるようにルクスは吐血する。しかし、その口元は口角を上げ笑っている。


 次の瞬間ルクスから大量の魔力が沸き起こり、そしてその男との間で爆発が起こる。

 大きな爆発音が謁見の間に響き、両者は吹っ飛ばされる。



「くそっ。何てことを!」


 咄嗟に腕で庇ったからか、その商人はすぐさま起き上った。そして、自らの手に『勇者の剣』が無いのを見て毒突く。



「諸共に吹き飛ばすとは流石ですな。でもご自身は満身創痍のご様子。

 それを返してもらいましょう」

「ぐふっ。は~~、は~~、言っただろう。これはお前には分不相応だと……。

 お前なんぞに渡すつもりはない!!」

「!!」


 『勇者の剣』を腹に刺したままルクスは言う。その目は確固たる意志があった。それは欲望のままに神の意志に踊らされている者には持ちえないものだった。

 それに気圧されるようにその男はたじろぐ。そして……。



 その胸に剣が生えた(・・・)



「がはっ。こ、これは!」

「流石です。ルクス様(・・・・)


 その商人の後に銀髪の者が立っている。いつの間に現れたのだだろうか。落ちていた物らしき剣をその商人の後から突き刺したようだ。



「お、お前は……」


 後ろに目をやり己を突き刺した犯人を睨みつけて言う。そして、よろめきながら離れ犯人が誰かを告げる。



魔王(・・)


 そう告げられた執事のセバスは、いつもの笑顔を張り付けたまま微笑んでいたのだった。

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