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第三十二話 騙したのは誰ですか?

「どう言うことだ? ベネディクト。何故お前がここにいる?」


 ルクスはその大神官に距離をあけて止まる。

 広い廊下に異様な空気が広がる。



「それは『神の声』に導かれたからですよ」

「……本気で狂ったのか?」

「ふっふっふ。紛い物(・・・)の貴方には分からないことですよ」


 張り付いた笑顔は変わらなかったが、心底馬鹿にして笑ったのは感じられる。



「そうか。生憎分かりたいとも思わないがな。

 で? まさか、俺の邪魔をすると言うのではないだろうな? 似非(・・)大神官殿」


 それに対しルクスも挑発する様にして言う。



「黙れ!! 偽物なのは貴方の方ではないか!」

「『神の声』の声が聞こえないのだろう?」

「うるさい!! 黙れ!! 世界が元に戻れば聞こえるようになるのだ!!」

「だから、あの『勇者の剣』を抜くと言うのか、ジベルタ王が刺したあの剣を。

 愚かな。古の大神官でさえ『神の声』を聞けなかったというのに」

「世界を魔で満たせば分からぬ。そのためにはあれは邪魔なのだ!!」


 いつも貼り付けていた笑顔は脱ぎ去られ、その下から現れたのは狂気に駆られた者の顔だった。



「知らないのか? あれは俺にさえ抜けぬ物だ」


 しかし、そんな相手に冷静にルクスは告げる。


 そう、あの『勇者の剣』は魔族には抜けない。触ろうとすると力が抜け近寄れないからだ。



「あれは勇者しか抜けないとされた物だ。……今まで誰が勇者か分からなかったが、先ほど勇者は亡くなったぞ」


 そして、勇者しか、あの『勇者の剣』に選ばれた者しか抜けないと予想されている。ただ、誰が勇者かは分からないが。



「ふっふっふ。そんな偽物など死んだからと言ってどうだと言うのです」

「どういう意味だ、それは。本物(・・)でもいると言うのか?」

「ふっふっふ。はは、ははははは。ええ、いますよ。勇者も魔王も(・・・・・・)

「!! 何だと!!」

「はははははは。それ(・・)に気付いていないとは、本当に貴方は愚か者だ!」


 驚きに声を上がるルクスをベネディクトは心底おかしそうに笑い、それが廊下に木霊する。

 本来なら魔王を馬鹿にすれば命さえ無くなるかもしれないと言うのに、あの貼り付けた笑顔とは違う本当の笑顔を見せその大神官は笑っていた。そして、それを咎める者はいなかった。その上……。



「それは同感ね」

「「!!」」


 そう同意する者が現れた。



 いつの間にかルクスの少し後ろの方からその少女はメイドを伴って現れ、呆れた声を混ぜてそう告げた。


 灰色のローブに魔砲と何やらこぶし大ほどの塊を持ちながらミレイユが馬鹿にしたようにルクスを見ている。もちろんメアも冷たい目を向けている。



「何やら騒がしいし、衛兵も倒れているから来てみれば、こんな所で何しているの?」

「それは……」

「時間稼ぎに付き合わず、さっさと行けって言っているのよ」

「!!」


 はっとしてルクスは気付く。二重の意味でベネディクトは笑っていたのだ。

 今はミレイユの登場で、ただただ憎悪の籠った目で彼女らを睨みつけている。しかし、彼女らは少し煩わしそうなだけで、恐怖を全く感じていないようだった。それが余計にベネディクトを苛立たせる。


「穢れた者どもが……。その穢れた口を二度と開けないよう……」

ALULOPOBRV(にせものよ)! SFBYLKHWVSFBいきなさい!!」

「!!」



 苛立つベネディクトの隙を突いて、ミレイユは手に持っていた塊をその狂信者の足元に転がすように投げつつ、日本語(・・・)でルクスに命じる。

 ベネディクトは咄嗟に己の目を庇うように手を前にし、そして防御するように己の周りに魔力で障壁を作る。


 そして、ルクスはミレイユの言葉に弾かれるようにそんなベネディクトを避けて飛んで古い謁見の間に向かう。


 そんなルクスに慌ててベネディクト追いかけようとするが、軽やかな声がその耳に届いた。




「あら、逃げるの?」


 その言葉に軋んだ音が出るようゆっくりとベネディクトはその声の発信者に振り向く。その視線も音が出そうなほどきつい物だ。

 しかし、その視線を向けられている者たちは痛痒にも感じていないようで涼しい顔をしている。



「やっぱり、あの彼女たち(・・・・)を仕向けたのはあなたね。同じようにダサいし、馬鹿なこと言ってるし」


 おそらく、森でミレイユを襲った黒づくめの者たちはベネディクトの配下の者たちだろう。だから、さっきミレイユが投げた物に反応したのだ。大方その者たちから報告でも受けたのだろう。



「まっ無事だったみたいで良かったわね」

彼ら(・・)を散々傷つけておいて、何を言うか!! この穢れた者どもめ!!」

余計な(・・・)子孫を残さなくなって良かったでしょ? 魔族に貢献したと自負しているわ。そうでしょ?」

「はい、その通りです。姫様」

「貴様ら~~~!!」


 今にも破裂しそうなほど血管は浮き出て、歯ぎしりも聞こえてくる。普段の姿からは想像できないほどベネディクトは怒り狂っていた。もうすでにルクスのことなど頭の端にも残っていなかった。



「まっ、私の貢献度はともかく。一応確認するけど、私たちに手を出すのを止めるつもりはないかしら?」

「止める? ふざけるな!!

 お前らの存在がどれほど罪深いか分からないのか!! 穢れたお前たちがいるだけでこの世は穢れるのだ!!

 それだけに限らず黒色だと!? 虫唾が走る!! その髪を引き抜き燃やし、その目玉をくりぬき潰しても、まだ飽き足らぬわ!!

 髪の毛一本まで消すまで、止めるつもりなどない!!」


 唾を飛ばしながら狂犬のようにベネディクトは吠える。それに心底憐れみと煩わしさを織り交ぜた視線をミレイユは送り告げる。



「そう……なら、仕方がないわね」

「ふんっ、そんなおもちゃを構えて、私に勝とうと言うっっ」


 青白い光が瞬き、小さくパリンッと何かが割れるような音がベネディクトの傍から聞こえる。

 ベネディクトの張っていた魔力の障壁が一枚割れたのだ。それは上級の魔術師の攻撃でも簡単には割れない物だ。それが壊されベネディクトは驚愕で目を開く。



「馬鹿な!! そんな、おもちゃで! なっ!!」


 驚きの声を上げるベネディクトを尻目にミレイユは魔砲を次々に撃ち障壁を砕いて行く。


 それは普通の魔砲ではありえない連射だった。

 魔砲は中級、下級でも上級の魔術師に対抗する為に造られた物だ。しかし、欠点もある。それはレーザーのような魔力を撃ち出すのに時間がかかるのだ。要は魔力を溜めて撃ちだす感じだ。その溜める時間が中級でも時間がかかる。

 なので、ミレイユみたいに連射はできないはずだ。



「何故だ!? 何故そんなに早く撃てる!?」


 己の障壁が次々と壊されながら驚きで詰問を投げかけるが、ミレイユは無視して返答するかのように撃ち続ける。

 それに埒が無いことに気付いたのか、ベネディクトはローブの下に持っていた剣を手にミレイユに駆け寄った。



 魔族同士の争いでは遠くで相手の障壁を壊し合うこともあるが、どちらかというと近距離でやり合うことが多かった。これは身体能力も高いので中々遠距離では決着がつき難いからだ。だから、ベネディクトも一流とまではいかないが剣の心得があった。そのため、ルクスへの足止め役をかってでたのだ。


 なので、己が振り下した剣がその小賢しい者を斬り裂くことにベネディクトは一片も疑いもしなかった。しかし……。



「なっ!!」


 金属がぶつかったような音が鳴り響き、その剣は防がれる。ミレイユが持っている魔砲によって。

 しかも片手で防がれた上ベネディクトが持っている剣の方は少し欠けていた。

 そのことに何か己は大きな勘違いをしているのではとベネディクトは冷静な思考の一部に過ぎる。


 しかし、それには時すでに遅く、ミレイユの空いている手(・・・・・・)から魔術が発動され、吹き飛ばされる。




 何回か転がった後、体に開いた大きな風穴から己の命が漏れ出るのをベネディクトは感じ、それを開けた犯人が傍に近寄って来るのを感じた。



「貴……様、騙、したな……上級(・・)……だと」

「騙したなんて失礼ね。これはただの趣味(・・)よ」


 魔砲を掲げ心外だと言わんばかりにミレイユは言う。そして、それをベネディクトに向け告げる。



「浪漫が理解できない男も、変態的な男も趣味じゃないわ。

 だから、彼女が欲しいのならあの世で探すことね」


 青白い閃光と共に何か鈍い音が発せられる。



「まぁ、あの世でも見つからないでしょうけど」


 額に穴が開いたまま怒りで何か言いたげな顔のベネディクトにそうミレイユは呟く。


 そんな主人を見て、そのメイドは少し顔をしかめて進言する。



「姫様が直接相手せずとも良かったのでは?」

「止めてよね。こんなのを切った包丁()を料理に使いたくないわ」


 いつもメアが使っている肉切り包丁なら簡単にやれたかもしれない。それはそれでおかしいのだが、二人にはそうは思っていないようだ。



「それにあなた()手を汚すことはないわ」

「姫様……」


 メアに微笑みかけながらミレイユはそう言う。その目には慈愛が溢れていた。それに嬉しそうにメアは応える。

 二人の間で温かいものが広がる。




 しかし、突如振動もないのに廊下が、城が、世界が揺れた。




 そうして、世界を穿っていた()が抜かれたのだった。

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