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第三十一話 邪魔をするのは誰ですか

 二種類の声が沸き起こる。勝利への賞賛と敗北への痛罵だ。それらはしっかりと分かれルクスの耳に届く。片や魔王軍から片や寄せ集めの軍から。

 賞賛の言葉はともかく、痛罵の言葉はルクスに向けられたものではなかった。しかし、ルクスには己へと向けられたようにしか感じられなかった。




『黙れ』




 湧き上がっていた声は一瞬で消え、静寂が広いその場所に満ちる。


 ゆっくりと振り向き、その愚か者どもルクスは見据える。直接見据えられたわけでもないのに、誰も動けなかった。



 言い募ろうとする言葉はいくらでも湧いたが言葉にはしなかった。それらの言葉はその勇者には不要の物であり、それすら無礼な物になる気がルクスにはしたからだ。それ故無言の圧力が増していく。



「いかがいたしましょうか?」


 いつの間にか傍に来ていたセバスがそう聞いてくる。近くにはアンセルムなどの第一騎士団の幾人かもいる。



「勇者は丁重に扱え! 他は予定どうりだ! ……いや、あの愚か者どもには俺が直接聞く」

「そ、それは……」

「俺の命令が聞こえないのか? すぐさま実行しろ!!」

「はっかしこまりました!!」


 ルクスの号令に弾かれるようにアンセルムたち以下魔王軍は動き出す。

 それはさながら羊の群れを追い立てる狼の群れか、それとも牧羊犬の様だった。


 魔王軍の数は相手の五分の一程度であった。しかし、実力は五倍以上である。一人十人相手でも問題がない。

 もちろん、戦いとは水物ではあるし、環境などによってはその差を人族側は覆すこともできるだろう。見通しの悪い所で戦う。一対多で各個撃破する。重要な人物を人質をとる。などなど、必ずしも魔族が勝つわけではない。


 しかし、今みたいな状況では無理だ。

 隠れる場所もない平地。足並みがそろっていない味方。人質には無理な魔王。などなど、ただの人族の兵士に勝つ要素など一つも無い。ただ無様に逃げ惑うだけだ。


 本来ならそれさえもできないはずだ。なぜなら魔族の方が足が速い上空も飛べる者も少ないがいる。逃げ場を無くされ一網打尽にされる。実際過去の戦いにおいて文字通り人族側の軍が全滅したこともある。

 しかし、今人族側の軍隊は逃げることができている。いや、追い立て(・・・・)られている。


 それは、上空から俯瞰して見ることができたらよく分かっただろう。

 牧羊犬が羊の群れが散らばらないように囲むようにして南東の方角に逃げるよう追い立てていた。

 時たま群れから外れようとする者には魔術などで脅して群れに戻している。まさに牧羊犬のようだ。しかし、刃向う者も少なからず存在し、その者たちはすぐさま排除されていた。それを見る限りは狼か何かだろうか。



 今回の戦争について、魔王国側は対応を決めていた。それは殲滅ではなく、その大半を生かして送り返すと言うものだ。

 これはルクスが大量に人死にが出るのを嫌っただけではなく、その方が送り出した国々に負担が増えるからだ。敗残兵が聖界の国々に散らばればそれだけでかなりの負担となる。ただ、その際隣の商国にはあまり負担がかからないように南東へと追い立てている。


 もちろん、逆らわないからと言って全員を逃がすわけでもない。例えば……。




「た、助けてくれ! お願いだ!」


 醜い豚のような男がそう命乞いをしてくる。そう懇願されればされるほど、豚の丸焼きにしたくなる。ただ、これの丸焼きは食べたくはないと言うだけでルクスは思い留まっている。話を聞くと言う目的もあったが。

 目の前の情けない醜態を晒しているこの男は、一応この烏合の衆のような人族の軍隊の責任者だった。情報では帝国の将軍で今回の多国籍軍の総司令官を務めていた。にもかかわらず我先にと逃げ出そうとしたところをルクスによって捕えられた。いや踏みつけられていた。



「なら、話せ。お前らは一体何しに来た?」

「そ、それは戦いに、き、来たのだ」

「負けることを知っていてか?」

「そ、それは勇者が勝つと思って……」

「勇者は自分が偽物と知っていたぞ。剣も鎧も借り物だと言っていた。

 それをお前が知らなかったはずはないだろう? 仮にも軍のトップが」

「い、いや、儂も、し、知らなかったのだ!」

「仮に知らなかったとしても、お前を送り出した奴には何か言われただろう?

 それは何だ!!」

「ひ!! そ、それは……ひっひぃ~~!!」

「吐け!!」


 剣を鼻先に突き付けられその豚の様な男は、それこそ豚のような悲鳴を上げる。それも不愉快になりすぐさま斬り捨てたいのをルクスは堪えて聞く。

 すると、小さくぼそぼそとその男はそれに答える。



「じ、時間を、稼げと命じられたのだ」

「時間稼ぎ?」

「そ、そうだ。そ、それをあの勇者が言うことを聞かずに、さっさと一騎打ちなんぞ始めたのだ。そのくせ簡単にやられおって! あの糞勇、ひぃぃっ!!」

「豚なんぞが愚弄するな!

 ……で? 時間稼ぎなんてしてどうする? 援軍でも来るとでも言うのか?」

「そ、それは……時間が経てば、魔界が後退(・・)すると、古の魔王の()が外れると」

「まさか!! 陽動か!! くそっ!!」

「ひぃっぃぃ~~」

「魔王様!!」


 辺りに怒りと共に魔力が撒き散らされる。

 周りを護衛していた者たちの驚きなどを無視してルクスはそのまま空に飛びだすと、一気に加速して遠くに見える魔王城を目指す。



 今回の戦いでは多くの兵士が動員された。それは敵軍を一方向に追い返す作戦だったからだ。ただの殲滅ならそこそこの人数でもよく、適当に追い返すだけならそれこそ魔王だけでも良かった。

 もちろん、だからと言って全兵士をこの場に連れ出したわけではなく、街の治安などの仕事もしていた。ただ、魔王城はいつもより警備が手薄だ。それは警護対象の魔王が戦場にいることと、魔族の中で今までに魔王城で不埒な真似をした者がいなかったからだ。いや、ミレイユたちぐらいか。


 ただ、例え人数が少なくても警護している者は魔族だ。たかが人族に負けるはずはない。ミレイユたちには負けていたが……。あれからもっと手練れの者を、そして警備の人数を増やした。大丈夫なはずだ。

 しかし、ルクスはそう己に言い聞かせるように思いながら、それとは別に言い知れない焦燥に駆られていた。そして、魔王城に近づけば近づくほど、言い知れぬ何かに駆り立てられる。それに追い立てられるようにルクスは自らの城に矢か何かのように物凄い速さで向かう。



 そして、物凄い音を立てて城壁内に降り立つ。何事かとざわめく兵士たちを尻目にそのまま黒い影を残すようにルクスは駆け抜けて行く。

 長い年月の内に魔王城は増築の一途をたどり、ジベルタ王の時代より巨大になっていた。その増築された長い廊下をルクスは駆ける。


 辺りに魔力を放ちながら駆けるその姿は、傍目には強力な魔物のようだ。

 特に今は殺気立っており、行く手を邪魔する者に容赦するようには感じられない。

 だから、それを妨げる者はいないかのように思われた。




 しかし、その廊下の先に立ちはだかるように黒い影が静かに立っていた。そして……。



「これはこれは、何やらお急ぎのご様子。どうかなさいましたか? 似非(・・)魔王様」


 そう笑顔を張り付けて、その大神官ベネディクトはそうルクスに挨拶をしたのだった。

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