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第三十話 名を残したのは誰ですか?

 子供の頃、運動会の始めの入場行進に参加したことがあるだろうか。

 多くの場合、教師たちの指示のもと学年や組み分けなどで並ばされ、そして歩かされ整列させられる。

 そこにどんな理由があるかも分からず、ただめんどくささが積もり体のだるさに拍車をかけていた。


 しかし、今視線の先の方にいる者たちを見ると、あれはあれでちゃんとした理由があったのだとルクスにはよく分かった。特に己の傍に広がる者たちと見比べるとそれは顕著だ。


 まるっきり統一感が感じられない姿とてんでバラバラな並びでそれぞれ思い思いの姿で待つ者たちは、遠くからではただの野次馬の集まりにしか見えず、辛うじて中央付近で整列している者たちを見てそれが兵士たちの集まりだと気付くぐらいだ。それらに威圧感など皆無で、それよりも怯えと戸惑いが感じられる。


 対して黒を基調とした鎧を身に着け等間隔に整列し、微動だにせず号令を待つ者たちがいる。それらは置物のようだが、しかし微かに聞こえる息遣いと漏れ出る殺気が生身の人だと主張していた。そんな者たちが万と言う数で綺麗に整列しているその姿はただそれだけでも、遠くまで威圧感を放っている。



(行進や整列の訓練なんて無駄だと思っていたが、こうしてみるとやって良かったな)


 チラッと整列している己の軍隊を見てルクスはそう思った。そして、向こうに見える軍隊は未だに整列もせずしかも出そろってもいないらしい。彼らの後の方でわちゃわちゃとやっている。これが戦争だと分かっているのだろうか。

 ルクスはそんな相手の様子を見て思わず巨大な雷撃でも打ち込みたくなってきた。




 そんな烏合の衆は聖界にある国々の軍隊の集まりだった。

 結局勇者の軍とも呼ばれるその集団はいろいろな国の軍を抱えて商国の西側にある魔王国との間の平原へと進軍して来た。

 魔王国と商国との間にあるこの場所は魔界と聖界との境にあるため、過去幾度となく戦場となり血溜まりの平原と呼ばれていた。少し遠くに魔王城が見えるこの草原には草も僅かしか生えず、薄茶色の大地は大量の血を吸ってそうだった。そのため平原にも関わらず何も建てられることもなく、近年やっと街道らしき物が造られた。それも少し迂回して造られ、今両軍の間には何も無い大地が横たわっている。

 そんな平原であるため遠くから相手の軍の様子がよく見えた。同じようなタイミングで両軍はこの平原に入ったにも関わらず、人族の軍は陣を構えるにも時間がかかり未だにきちんと揃わない。


 そんな人族の軍に何度構わず蹴散らかそうかとルクスのみならず魔王軍の者たちは皆心に過ぎっていた。それでも攻撃しないのは、ただ単に格下の人族対して相手の戦いの準備が整わない内に攻撃するのはどうかと考えたからだ。ただ、ここまでちんたらするとは予想しなかったが。




「……いつまで待たせるつもりだ? あいつらは?」

「さぁ? それは分かりません」


 戦場に簡易的に造られた王座から見下ろしたルクスの視線の先、人族の壁が見える。しかし、そのよく見える視力でその者たちの顔を見るに、それぞれ怯えから戸惑いに怒りと困惑とが浮かんでいる。そして、怯え以外は主に自分たちの軍に向けられているようだった。

 そんな者たちを眺めながら、苛立ちを混ぜてルクスはセバスに聞いた。



「烏合の衆にもほどがあるだろう。よくここまで来れたものだな」

「まぁ、歩くだけなら誰にでもできますので」

「それで戦えるのか?」

「そこまでは何とも」


 様子をうかがうルクスの顔が訝しげに少し歪む。遠くに見るに向こうでは何やら揉めてる様子だ。

 前列に並んでいる者たちもせわしげに後ろを気にしている。



「何をしているのだ? あれは」

「揉めているようですが……」

「ここに来てか? 舐めているのか? あいつらは」


 呆れ声には苛立ちも含まれている。徐々に相手を睨みつけるルクスの顔が険しくなっていく。



(気の短い方ではなかったんだが……)


 そうルクスは前世を思い返すが苛立ちが募るごとに我慢できなくなってくる。魔王としての生活は待たされることは少ない。だから待たされることに我慢ができなくなってきたようだ。その上煩わしい者が原因だとなるとそれは顕著だ。



「……我慢ならん」

「せめて相手の準備が整うまでは……」

「攻撃でなければいいだろ。あの愚か者どもにここが戦場だと言うこと思い出させてやる」


 ルクスは片手を上げると徐に魔力を集め晴天の空に撃ち出す。



 それは戦場に轟音を轟かせて震わせた。あたかも何かの合図のように響き、人族の軍に恐怖と動揺が広がる。それで逃げ出しはしなかったが、揉め事は解決したようだ。

 何やら一人の人物が向こうの集まりから出て来る。



 兜も被らず薄茶色の髪が風で揺れている。目にかかりそうな前髪で目元は分かり難いがそれでも精悍な顔つきが見てとれる。

 そんな男性が中央付近の人垣が割れた奥からゆっくりと歩き出て来た。その歩みに恐れはなく両軍の中間の距離まで止まることはなかった。そして、静かに魔王軍を見つめた後声を張り上げた。




「俺の名はエドヴァルド!! 人族の勇者だ!! 人族を代表して魔王に一騎打ちを申し込む!!」


 その声は魔術でも使ったのか戦場に響き、魔族人族に限らずどよめきが起こる。

 そんな周りの反応を気にせず、その勇者と名乗った男の青い目はじっとルクスを見据えていた。



「お止めになることを進言いたします」


 動き出そうとするルクスにセバスは待ったをかける。近くで控えている第一騎士団団長アンセルムも声には出さなかったが同じ意見のようだ。



「下々の者に態々合わせることなどないかと思われます」

「……すまんが聞くことはできぬな。それは」


 周りが何か言う前にそう言い残してルクスは空へと飛びだした。そして、その人族の代表者の前に己も魔族の代表者としてゆっくりと降り立つ。両者の間で暫し視線が絡む。

 お互いの間で何かが交差し、そして、離れて行ったかのように両者は感じた。

 それは魔王と勇者の邂逅ゆえにか、それとも別のものか、それは分からなかった。




「俺の名はルクロソス・トレク・レド・ガドロルド。魔王と呼ばれている(・・・・・・)者だ」

「……俺も改めて名乗ろう。俺の名はエドヴァルド。勇者と呼ばれている(・・・・・・)者だ」


 共に何かを背負わされた者たちが名乗り合う。立場違うはずなのにどこか同じようなものを両者は背負っているようだった。



「それで、どう言うつもりだ(・・・・・・・・)? 分かっている(・・・・・・)のだろう?」


 ルクスはその青い目を静かに見つめ、その真意を問いただす。



「魔力差の歴然。お前ほどの者ならそれを感じれないはずもない。

 その上、後ろに担いでるお前の獲物は偽物(・・)だ。

 そんなことをお前も知っている(・・・・・)のだろう?」


 そのルクスの問いにその青い目は一度たりとも揺らがず受け止めている。それは静寂な湖の水面のよう。澄んでいて光を返している。ただ、湖面と違うのは強風でも揺らぎそうにないところだ。



 ルクスにはすぐに分かった。この勇者が偽物(・・)であることを。元々ジベルタ王の手記を読み、そして彼女に倣い色々と調べているうちに勇者についてもある程度知ることができた。

 その中に勇者は全く魔力を感じさせなかった(・・・・)とあった。

 しかし、今目の前にいる男からは魔力を感じられる。それは人族としては多いが魔族としては新兵ほどの物だ。だから、この男は勇者ではないだろう。


 だが、そうであるにもかかわらず、この男からは人をだまそうとする意気込みもそれがばれる恐れも全く無かった。つまり心の底から自分が勇者と信じているか、それともそれ自体は男にとって気にすることでもないかの二通りしかない。

 そして、その青い目は盲信者の目には見えず、ただやるべきことをする決断者の目だった。

 だから、ルクスは問いただしたのだ。その理由を。



「……流石、魔王だな。いや、話に聞く賢王と名高い魔王なら当然か」

「それは買いかぶりすぎだな。ただ、人をだまそうとする奴に沢山あっただけだ」


 淡々と返すエドヴァルドと名乗った男の言葉にルクスはそう答える。

 ルクスとしては魔王を詐欺しようと考える奴にはそんなに会わなかったが前世では沢山会って来た。



「それで? 俺に勝てないことも分かっているだろう?

 何故俺と戦う?」


 また静かにルクスはエドヴァルドに問いかける。



「……俺にはそれ(・・)しかないからだ」

「? お前の腕なら魔物狩りでもしていればいいだろう?」

「俺は『狭間の者』だ。今は脱色しているが黒髪のな」


 少し表情を曇らせながらエドヴァルドは答える。

 その答えにルクスはあの唯我独尊が服を着て歩いているような奴を思い出す。



「似たような奴がいるが魔王国で好き勝手にやっているぞ。お前もそうしたらどうだ?」

「!! そうか……そんな奴がいるのか。

 ……だが、今更止めることはできないし、止めるつもりもない」

「何故だ?」

「俺は自らの名を残したい。……ただそれだけだ」


 そう静かに答えた言葉には、言い知れぬ渇望が込められていた。



「それほどに残したいものなのか? お前の名は」

「……俺にはそれ(・・)しかなかった。それ(・・)しか残らなかった。

 他は全て奪われ続けた。そして、今ある剣も鎧も借り物だ。

 ……それ(・・)しかないのだ」


 淡々と答えるそれは悲壮感が伴ったものだったが、でもどこか誇らしげでもあった。

 おそらく幼い時から迫害を受け続けたのだろう。黒髪の『狭間の者』として。

 しかし、虐げられた者特有の絶望感や悲壮感はあまり感じられない。それはそのエドヴァルドと言う名前を持っていたからだろう。

 その名にどれほどの謂れがあるかはルクスには分からない。ただ本人にとってかけがえのないものであることだけは分かった。

 そして蛮勇とも思えるその()を示そうとする姿に、どこか魔王に対する勇者の一つの姿のように思えた。




「今の俺には道は二つしかない。勇者として名を残し死ぬか。それとも人知れず死ぬか。

 俺が選ぶのは……決まっている」


 はっきりとそう答えるその勇者には迷いはなかった。そして、ゆっくりと背中から剣を抜く。その剣は白く光り輝きだし周りを少し照らす。



「さぁ、魔王ルクロソスよ。済まないが付き合ってもらおう」


 静かに告げるその者の青い目をルクスは見つめ返す。そこには己の言葉では到底揺るがない物があり、そしてルクスの取るべき道も二つしかなった。付き合うか、付き合わないか。ルクスが選ぶのも決まっていた。



 静かに腰にある剣をルクスは抜いた。

 その身からは底知れぬ魔力が溢れだす。それは人族のみならず魔族の者たちにも畏怖を抱かせた。



「勇者エドヴァルド。魔王の前に立った者として、その名を刻もう」


 ルクスも静かに魔王として告げる。



「心から感謝を」


 そう勇者は心から魔王に礼を言うと、その剣を構えた。白く輝くそれは明るい日の光の下にも関わらず遠くからでも目立っていた。

 対してルクスの剣は黒く装飾は少ない物で、その刃は光を反射せず闇の様だった。それをルクスも構える。



 暫しの間、両者の間に静かな風が流れる。そして、どちらともなく間を詰めるように走り出す。両者ともそれは風を切るように速く、ほとんど者には目にも止まらなかった。



 剣を振り抜いた姿で暫し止まり、両者の間にまた風が一陣流れる。そして、ゆっくり片方が倒れる。その際剣を支えにして空を仰ぐように横に体が転がった。




「これで、いい……。

 これ、で、俺の、名は……」


 その青い目に空を映しながら、満足そうな呟きが流れ消えて行った。




 後に立っていた者は黙祷するかのようにただ静かに佇んでいたのだった。

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