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第二十四話 恐れたのは誰ですか?

 『世界を魔で満たせ』



 始めジベルタ王は幻聴だと思ったそうだ。それはそうだろう。彼女は熱心な宗教者ではなかったし、言うほど神官たちの話を真面目には聞いていなかった。

 『魔神(まがみ)教』も、日本でよく見かけた新興宗教か土着信仰の類かと思っていたそうだ。


 人族が汚したこの世界を浄化する為、魔神(まがみ)は魔、つまりは魔力で世界に満たそうとした。その際魔族を創りその先兵としたと。そして、それを率いたのが魔王だと。



 どこか自分たちの都合のいい解釈に聞こえるそれらは、彼女にとって心に響くものではなかった。まぁ、大概の宗教はそんなものかも知れないが。

 だから、伝え聞く伝承もどこか他人事のように彼女はしっかりと聞いておらず、魔王もただの魔族の代表者か何かとしか認識していなかった。



 なので、彼女はその声が神の声だとはしばらく気付かなかった。



 気付いたのは魔気と呼ばれる黒い靄のような物を身に纏った時に聞こえた事と、それを見た周りの者たちが彼女のことを魔王と呼んだからだった。


 魔気。体から放出する魔力が一定以上超えると目に見える形になった物、と言われている。そして、それを身に纏えるのは魔王だけだとも。魔神に選ばれた者だけだと。



 そこで彼女は自分が魔王なる者になったことを知った。




 そして、それからだ。世界が動き出した(・・・・・)のは。



 干期から満期へ。魔力の遷移期となったのだ。

 それまで、魔界と聖界との境界はヴァルグリンド島と大陸との海峡にあった。それが徐々に東の大陸へ動き、そこからもっと東へと動いて行った。



 そのことに魔族は歓喜し、人族は絶望した。



 その境界の移動は遅いものだったが、それでも確実に東へと移動した。大陸の西海岸にいた者たちは東への移住を余儀なくされた。

 人族は魔力の濃い所では長くは生きれない。また、子供も産まれない。人族には逃げるように移住するしかなかった。



 それに歓喜した魔族たちはこぞって人族たちを狩ろうとしたが、彼女はそれを諌めた。


 すでに成人していた彼女は、周りから魔王と言われるにあたって大まかな組織づくりを行なっていた。

 本来なら魔王などやりたくもなかったが、それを放り投げるほど無責任な性格でもなかった。なので、前世の記憶を頼りに彼女は国造りを始めていた。もちろん簡単なものではなかったとある。それはそうだろう。

 しかし、彼女が魔王として統治することに否を答える者は一人もおらず、およそ一万人とは言え国としては少ない人口においては初心者だったにも関わらず、徐々に国として形になっていった。


 その時彼女は無理に人族を狩り出すのではなく、魔族の復興を優先させた。



 人族など魔界の領域が増えるにあたって否応なしに移住せざる得なく、人族に無駄なちょっかいを出すより人族に奪われ壊された街を再建する方が健全的だとしたのだ。

 これには一部の者、特に熱心な宗教者には不評だったが、その他の多くの者には歓迎された。生産性のあることに同意するのは大抵の人にとっては当然だった。


 まずは今の西方地域、そして東方地域。元々古の魔族の街があった所だ。人族に荒らされ見る影もないが、それらを前よりも美しく再建した。

 また、文化面にも力を入れ、特に教育や料理など彼女自ら関わった。今もその名残がある。元日本文化を知っている者にとってはなじみ深い物ばかりだ。特に料理は。


 そんな街の再建、国の復興が良かったのか魔族の人口も徐々に増えていった。

 それに伴い南方や北方にも開発の手は広がった。



 そして、そうこうしているうちに八百年という歳月が経った。



 ジベルタの姿は変わらず、魔力も衰えずに魔王として魔王国に君臨していた。

 魔力が高ければ長く生きやすいとは言え彼女は、いや魔王は別格だった。

 伝承にもある魔王は千の時を過ごしたと言われている。そして魔力の遷移によって衰え死ぬと。



 そんな彼女の元、魔王国は栄え繁栄した。人口は何十倍にも増え街も大きくなった。人族が造っていた物などほこりを取り払うようにして消し去り元以上の奇麗な街を造った。色々な問題は起こったが彼女の統治を揺るがすものではなく、彼女の統率の下それらは解決した。



 一点を除いて……。




 それは人族に関してだ。


 ジベルタは頑としてウェルロルドから東へは魔族の進出を許さなかった。冒険や調査などそう言った物には許可は出したが、街などの建設は許可しなかった。

 別段西側だけでもまだまだ開発の余地は限りなくあったので、東に進出しなくてもいいと言うのもあった。

 しかし、ウェルロルドから東には魔族の古の街はなく、復興と言う観点からは東への進出は復興よりも侵略と言う意味合いが強かった。

 それに彼女は反対したのだ。未だどこか日本人気質なところがある彼女には侵略とは忌避するものだったと。


 だが、それに異を唱える者たちがいた。大神官などの宗教者たちだ。彼らは魔神のお言葉に逆らうのかと、そうジベルタに直訴した。

 それに対し彼女は拒否し続けた。確かに何倍にも人口は増えたが、日本を知る彼女にはまだまだ少ない人数だった。街も大都市と呼ばれるには程遠い。そんな状態で態々侵略してまで領土を広げることに価値を見いだせない。そう答えていた。



 しかし、今大陸の魔力は満期の状態、それが干期に遷移した時どうなるのか。その前に人族を討ち滅ぼすべきでは。

 その意見には考えておくとしか答えれなかった。



 それはジベルタにとって愁苦だった。


 やっとここまでしてきたことが全て無に帰する。それはとても耐えれるものではなかった。

 彼女にも愛する人ができ子も授かった。幾人もの最期を看取ってきた。別れは辛かったがその子たちが、それに連なる者たちが慰めてくれた。そんな彼女にとって民は我が子も同然だった。

 その者たちが死んでしまうかもしれない。



 それには耐えれなかった。


 そして彼女は数人の者を供だって人族の領域へと攻め入った。




 当時人族は大陸の東の端、彼らが神山と呼ぶ山の付近から東に住んでいた。

 態々魔族が手を下さなくても人族はその数を減らしていた。後で知ったことだが幾多の戦争が起こったそうだ。そしてそれは未だにあった。

 そんな争いが起こっていた人族の西の端。境界に近い場所にジベルタは一人侵攻し、その場で争っていた者たちを蹴散らかした。そして、その街とは言えない戦禍にまみれた場所を消し飛ばそうとした。その時。



 その親子に会った。



 焼け落ちた家の近く、未だに死体が幾つも転がったいる中、それに隠れる様にして幼子を抱いていた女性に会った。


 視線が合ったその女性の瞳には絶望と、そして問い(・・)があった。



 何故ここに魔族がいるのか。何故必要もないのにこの場所に攻めて来たのか。



 その女性の顔には魔王を見る畏怖と、そして狂人を見る恐怖が張り付いていた。



 それにジベルタは昔己が抱いた恐怖を思い出した。そう、あのまだ干期の時代攻めてきた人族たちのことを。

 何故彼らは無理をしてまで魔族を攻めて来たのか。



 それは今のジベルタと同じ(・・)だった。



 それに気付いたジベルタは一目散に連れて来たお供たちの場所に戻り、撤退すると一言告げた後城に戻り自室に引きこもった。

 部下や子供たちに心配される中、人族には手出しするなと厳命ししばらく人前には出なかった。



 彼女は自己嫌悪に陥った。



 あの狂気に憑りつかれたような者たちと己が一緒の思いを描いていた。


 己の場所を壊されてなるものかと。ただそれだけを思い。彼らはあの島に行き、ジベルタはあの場所へと行った。


 ようやく彼らの狂気の理由(わけ)を彼女は知った。




 だから、彼女はその狂気の元凶(もと)を無くすことにした。己の命を使って……。

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