第二十三話 書いたのは誰ですか?
それは無造作に雑多な物に紛れて置かれていた。そのルクスにとって前世の言葉で『同郷の者へ』と書かれた物は。
パッと見、本の背表紙に書かれたように見えるそれは、それ以外は何も書かれていない薄い金属でできた箱だった。その造りは中の本を保存するための物で、その箱を開くと中から一冊の本が現れた。
その本には一人の女性の生涯と独白が日本語で綴られていたのだった。
初めてそれを見つけた時、衝撃で息をするのも忘れるくらいだった。
まさかこんな忘れ去れた場所で忘れかけていた文字を見つけるとは。遠い異国の地の古代の遺跡で自分の国の言葉を見つけたようだ。
震える指先で何度もその文字をなぞった。それを手に取って調べるのに時間はかからなかった。
それが本を保護するための金属の箱なのはすぐに分かった。似たような物を前世で見たことがあるからだ。
そして、中にあるであろう物を読むため上にある部屋に急いで戻った。
それは本と一体になっている構造で、それをゆっくりと慎重に開き中身を夢中で読んだ。
昼少し前に来たのに気づけば夕方だった。普段ならセバスが来ていたかもしれないが、偶々ラウルと呑む約束をしていたので問題にはならなかった。
それほど時間を忘れて、それを夢中に読んだ。
ルクスは改めてそれを手に取る。
大した重さの物ではない。しかし、中身を知るルクスにはそれは人一人分の重さに感じる。いや、それ以上だ。
それには今の魔王国の成り立ちとこの世界の根幹の一部が書かれていた。
改めて開くと、一番初めのページには背表紙と同じように『同郷の者へ』と書かれていた。
そして、その下には『ジベルタと呼ばれた鐘田 双葉より』とあった。
そう、それは『制定王』ジベルタが自ら書いた物だった。
そのジベルタ王の手記には彼女の生い立ちが書かれていた。それは公に出来ないことも含まれた物。
彼女はそれを自分の胸の内に仕舞っていることができなかった。だから、自分と同じ前世の記憶を持つ者にしか読めないであろう日本語で手記を綴った。
別に後世に確実に残したい言葉でもなかった。ただただ胸の内をぶちまけたかった。それだけだと、それを書いた理由だとあった。だから、懐かしい日本語で書いたと。
その手記に寄れば彼女はヴァルグリンド島で生まれたそうだ。
当時は干期でヴァルグリンド島以外は人族に支配され、よくその海峡を挟んで小競り合いが続いていた。そんな時代に彼女はただの平民として生まれた。
そこ頃は一万人を少し超えるくらいの人口しかおらず、貴族なんて者はいなかった。一部指導者として大神官やその周りの者たちがいるだけだった。そのため大概の者は平民だ。その昔の魔王やその家族たちは人族との戦いでその命を散らしている。一部の神官にその血が流れているだけ。いや、この狭い島の少ない人口では全員にその血が流れていると言ってもおかしくはなかった。
島の中では凶悪な魔物はいなかったが、その周りの海域には大量に生息していた。それらを避けながらもしくは殺しながら魔族の者たちは、また大陸に戻れることを待ち望んでいた。
そんな中、魔王ジベルタは生まれた。
生まれた直後から高い魔力を持っていたことは誰しも知ることになった。彼女自体は訳も分からずの状態だったようだが。
自分が何故ここにいるのか、そして何故幼子の姿なのか。かなり混乱し、赤ん坊だったこともあって数年間は夢の中で彷徨っているようだったと。目も見えずパニックにはなるが赤ん坊ゆえかすぐに他のことに気が散る。目が見え歩くようになっても集中力がない。結局彼女の自我が確立したのは落ち着いて考えられるようになった五歳ごろだった。
そして、自分に残る記憶を整理し、自分が置かれている状況を把握しだした。
元々彼女はただのOLだった。嫌な上司との付き合いで呑んで帰る途中、おそらく車に引かれたと。そこら辺は少し記憶があいまいだったが、現状を把握するにこれは現実でもう自分は『鐘田 双葉』に戻れないことは理解できた。
元々彼女はめそめそとした性格でもなかったのでそのことに嘆きもせず、新しい人生を謳歌できることを喜んだ。
嫌な上司に付き合うことも、周りから結婚をせっつかれることもない。新たに始められる生に感謝した。
そして、ルクスと同じように彼女も魔術にのめり込んだ。
本や映画の中でしか描かれていない物が目の前にある。彼女は喜んで魔術を学んだ。元より魔力は周りより多い。他人が一やれることは彼女には十もやれる。めきめきと魔術の腕は上達した。彼女もその当時はとても楽しかったとある。
しかし、楽しいことは長くは続かない。
そんな逸材を周りは放ってはおかなかった。
人口の少ない魔族にとって万年人手不足だ。特に戦える人材は喉から手が出る程だった。
すぐさま彼女は魔物狩りに連れ出され、そして人族狩りにも連れ出された。
魔物狩り自体は彼女にはあまり抵抗がなかった。そのほとんどが海生類で日々の食事の糧だったからだ。料理好きの彼女には新鮮な食材を手に入れるのと変わらない。エビやカニなどの甲類、マグロやサンマなどの魚類など、元日本人の彼女にとっては宝の宝庫だ。もちろんどれも巨大だったが。
しかし、人族狩りは気が滅入った。別段彼女は殺人鬼でも加虐趣味者でもない、ただの普通のOLだった。戦争とは無縁な平和な国の人間が自分と姿形が変わらない者たちを殺すのは憂鬱だった。
だが、そんな彼女に周りの魔族は、そして人族もお構いなしだった。特に人族の行動が始め彼女には理解できなかった。
広い大陸まだまだ土地はあるのに、態々この狭いヴァルグリンド島に攻めて来るのだ。
島と大陸にある海峡には魔物も住んでおり、そんな危険な海峡をそのほとんどの者が船を使ってしか渡ることしかできないこの島へ。それも濃い魔力が満ち長くはいられないこの島へ。
それはただの集団自殺だ。何か気が狂っているとしか彼女には思えなかった。
実際相対した人族の者たちは狂気に憑りつかれたように彼女に襲いかかって来た。会話する余地もない。別段まるっきり言葉が違うと言うわけでもないのに。
彼女にはわけが分からなかった。しかし、自分を、自分の仲間たちを殺しに来た者たちをそのままにはできない。結局殺すしかなかった。
始めそれに涙し苦悩したが気丈な彼女はいつしか持ち直し、仲間たちの為に最前線で戦うようになった。
その頃からだった。それが聞こえるようになったのは。
そう、その神の声を……。
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