リオルと神話~一万年前の事情を添えて~
と言ってもあんまり語られることはありません。あしからず。
暖炉に普通の火が灯った所で、まず神はある男を口にした。
レナード・ラフラゼル。それがガレイゼル帝国建国の父のフルネームである。
問題なのはファミリーネームの方だった。
「ラフラゼル……っ!人類最古のファミリーネーム!?」
『そうだ。創命神ラフラ……この女神が最初に創った男と女の二人に与えられた家族の名。それがラフラゼルで……その十三人の子供たちのあぶれた一人がレナードだ』
「あぶれた」
『末っ子で貧弱のいじめられっ子』
「いじめられっ子」
『産めよ増えよを命じられたはいいが、相手がいないレナードは女神ラフラの命令に従えない悪い子だーって……父親筆頭に、そんな感じ』
「うわ……」
ツライ。聞いていて泣きたくなる太古の人類の格差社会。まだ文字も調理の方法も確立していない洞窟とたき火の時代。まあ一組ずつ番っても結局は入り乱れていたけどとかいう付け加えは聞かなかったことにするとして。
石器に追い立てられた最後の子は、家族から住んでいた洞窟を追い出され本当に一人で獣と神の霊体しかない世界に放逐されたらしい。
「ぎゃん泣きだった」
『だそうだ』
「はい、もうまず何で店長がその様子をまるで見ていたかのように言っているのかは置いとくので、次行ってください」
『や、次行くも何も………それを拾ったのがコレ』
「いえーい」
「………っ」
せっかくスルーしようとしたのに、早速それが問題らしい。
「………ガルガストさん、時代をまず把握させてください」
『残念ながら創命期の後期だ。わかりやすく言うと一万年は遥か昔。俺も知らない超太古』
「店長ホントあんた何者だ!?」
「えへ☆」
暖炉の前のカーペットに寝転ぶ男はそう笑って誤魔化した。しかしガルガストの話を鵜呑みにするとこの男、一万年以上昔にはすでに誕生していたことになる。
何歳だ一体。
「いやそれよりも、という事は……店長もそんな太古の最初の人類に関係する…つまり………つまり?」
つまり、何なんだこの男。
「僕?本当に最初に創られた人間だよ」
「っざっけんな!!!!!!!」
少年渾身の叫び声に、ガルガストは腹を抱えて笑い出した。予測はしていたリアクションの一つであるが、実際に目の前で見るとかなり愉快な光景である。
「嘘ですよねガルガストさん!!」
『真実っていうのは実際こんなもんだぜ?』
「神は死んだ!!!」
「死んでる死んでる」
『うははははは』
頑なに真実を受け入れない少年の渾身の叫びも軽く受け流されてしまう。彼らにとってはその程度の事なのだが、リオルを含む普通の人にとっては重大な真実である。
まず、リオルの知る限りそのような話は出回っていない。歴史に詳しいアレクセイも、国父レナードとリオル達との様々なエピソードを披露はしてくれたが、彼らの詳しい出自などは知らなかった。
というのも、そういった歴史的資料が残されていないらしい。ただレナードが血縁をひどく嫌っていたらしいことを匂わす話はある。
「国父レナードが親友と共に神殺しとか様々な偉業をした際の報酬に、必ず末の子を差し出せって言っていたのって………」
「昔の自分を見ているみたいで嫌だってさ」
「………そうですか………」
そして教育した彼らと共に、邪竜ガルガンの死後すぐに建国したのがこのガレイゼル帝国である。
血縁を理由に彼らの親兄弟がこぞって押し掛けて来たらしいが、そこで暇だと転がりだした男と目の前で葉巻を楽しみだした神によって返り討ちにあっている。
命は取られていないが、相当の辱めは受けていた。その辺の理由もここに在ったらしい。
「って違う違う、話が飛んでますよ色々と………今の話は竜暦の後半、1500年前じゃないですか。創命暦の一万年前からかなり飛んでます」
『そら跳んだからな、コイツら』
「一万年前にラフラ神がねー、やっぱ気にしてたんだよ。レナードのそんな境遇」
女神にとってレナードも大事な自分の愛し子の一人である。
と、言うよりも……そもそも夫婦という概念自体、女神もまだ考え付いていなかった。
みんなで仲良く増えればいい。ただそう考えていたらしいのだが、それを男と女として人類初めての夫婦となった両親を子供たちが真似したことにより、ややこしい事態になってしまった。
「それがイジメに発展だもん。困っちゃったから僕に、兎に角保護してほしいって頼んだんよ」
僕ももうユグラスト神の所有物だったけど、オッケー出ちゃったしねー
「この辺スルーできない話なんですよね?」
『出来ねーな』
「じゃあまずそのあたりの事教えてください」
『他言するなら相手を慎重に選べよ?いいか?』
あの夜、初めて会ったハロー・ハローの三人とテーブルを囲んで話した神話は、そのほとんどが創命神ラフラであった。
女神ラフラが全神経を使って生み出した完璧な生命。
それが人類。
”さらにだ、そんな時…女神ラフラが全神経を使って完璧な命を作っていると神々は知ってしまった“
あの夜、確かにアレクセイはこう言った。主神ユグラストと女神ラフラの間にある契約がなされたらしい事も、その時リオルは聞いていた。
そして、その契約の内容は、人類には伝わっていない。
『ラフラ神が一番最初に創った人間をユグラスト神に差し出す……それが契約内容だ』
「差し出されちゃった♡」
『という訳で、ラフラゼルは二番目に創られた人類だ。つっても、知っているのは神の中でも数少ない。うっかり口にしたらややこしくなるから気を付けろ』
「……何でよりによってこれなんですか………最初の人間」
『んなもん俺に言われてもどうしようもねーよ、兎に角こいつは本物の最初の人類で、主神ユグラストに献上されていて、創命神ラフラの懇願で、一人でベソかいてたガキンチョを保護して、そして育てた』
ろくな食事もとれていないガリガリにやせ細ったレナードは、当時四歳になったばかりの子供であった。そして、ただ一人の自分を殴らなかった人間にとことん懐いた。
イノシシの丸焼きを食え食えと、口の中に善意で無理やり詰め込まれようが。
拾った棒を倒してその先に進むという能天気さでも。
巨大な熊の腹で昼寝を始めてこちらの心臓を止めにこようが。
歩くこともやっとだった最初から、死ぬまで。
『もはや信仰だったな、あいつ』
「………」
『だからな、最初の離別をあいつは全力で拒絶して、ついて行った』
「最初の離別?」
『おう、聞かれてるぞ本人』
「んー?別に。ちょっと邪竜ガルガンの討伐しろって言われたから一人で行こうとしたんだけど、連れてかなきゃここで死ぬーって逆切れされて」
『聞いてるだけじゃ面倒くさい彼女のアレだよなー』
「ねー」
パチリと、暖炉の火が小さく爆ぜたが、もはや少年は頭を抱え込んでうずくまっていた。
だからまずそれは何時の話を言っているのかと、聞いていいものか。
「………つまり、最初の離別しようとした理由は邪竜ガルガンの討伐を店長が……誰に命じられたんですか?」
「ユグラスト神」
「はぁ…で、竜暦の終焉の時、その命を見事に成し遂げたと」
「命じられたのはガルガンが生まれた時だよ」
「ん?」
今、何か矛盾が生まれたような気がした。
『そらそーだ。邪竜ガルガンが創命神ラフラの腹食い破って生まれたの何時だよ』
「そりゃあ……創命暦の終わりというか、竜暦一年とされた重大な起点ですから……あの………5000年前で、討伐されたのは1500年前ですから……」
その間に、3500年もの長い月日が立ちはだかる。
「いくら僕だって出来立てほやほやの邪竜と何てやりあいたくないもん。ユグラスト神に頼んでガルガンが老衰した時代に跳ばしてもらったんだ」
『正確に言えば生の神ラフと死の神エンローとか、あと時のクロスとカロスの双子神とか…その辺が』
「偉神の豪華ラインナップじゃないですか!!」
『そんだけ偉神も邪竜ガルガンに危機感を抱いていたんだよ』
いつの間にか用意されたクッキーと紅茶を行儀悪く食べる大の大人に勧められるまま、リオルも入れられたばかりの温かい紅茶を口にした。砂糖を入れずともどこか甘い。チャレットの家で卸されているモノとは違う味わいだった。
クッキーも高級菓子店の人気商品である。遠慮なく何枚も口の中に放り込む大人をたしなめるが、家主がむしろそれを促した。甘いものは牙を痒くするといわれ、少年は黙り込む。
納得できる理由であった。
「で、みんなで相談してーガルガンを仕留めるベストタイミングが決まってーそれが3500年後になってー……時間飛び越えた?みたいな?」
『偉神総出の大プロジェクトってやつだからなー……あ、詳しいことは聞くなよ?魔動機器の内部構造みたいな訳わからん説明が入るから』
「はぁ…」
とにかく、ルーガスが3500年という月日を神々によって飛び越えたことがあるらしい。肝心なのはそこだけだ。時間の規模が大きすぎてこんがらがる事この上ないが。
「……3500年も野放しにされたんですね…あの竜は」
「ちょっとね……神の御意志というやつさ」
『ほ~……お前の口から皮肉が出るか、珍しい』
「だってさー確かに僕は献上された以上ユグラスト神の所有物だけどさー!僕考える事苦手だもん!!もっとシンプルにサクッとやっちゃえばいいじゃん!面倒くさい!!」
『おかげで文字を含めた知識の普及がままならなかったんだろーが。最初に創られた人間がテメーなせいで』
最初はラフラ神やユグラスト神もルーガスに文字を与えたらしい。そしてすぐに他の人類を造るべきだと判断した。
「えへ♡」
「……」
察せられる神の心情に、少年はただ同情を禁じ得ない。
神でさえ匙を投げた馬鹿さ加減。もうちょっと知恵のある人間を、彼らもさすがに欲しがったらしい。
おそらく最初の人類がラフラゼルだと思われているのもここら辺にあるのだろう。文字を扱える人間は当時ラフラゼルの者のみで、自分達こそ最初の人類だと自画自賛する文字も発見されている。
「店長、弟たちともいえるラフラゼルに存在をなかったことにされてますけど、いいんですか?」
「むしろ最初の人間がまだここにいるってバレた方が面倒くさそうだって、店長だってわかるよ」
「それはそうですけど……」
「あとラフラゼルは兄弟とは思ってないよ」
「え」
「ほら」
そういって、ルーガスは何を思ったのか腕まくりをしてガルガストの前に肌をさらした。神も何を望まれたのかすぐに察し、その暖炉の火に照らされた白い肌に爪を立てた。
「…………は?」
流れる血は、青かった。
「ほらね?血縁関係とか、考えられないでしょ?色からして」
何でもない様に笑って宣う目の前の男が、いつにもまして異様であった。
たしかに、この男が今まで血を流したことはない。返り血は何度も浴びているために赤い血の印象が強かったが、以前自分が殴り飛ばした時も顔が晴れ上がっただけで出血はしていない。
呆然とする少年の目の前で、自己回復の魔法で傷口はすぐに塞がれたが、流れ落ちた青い血はそこに残されたままだが。
『ガルス』
「ああ、いいよ別に」
残った血液を、あろうことかガルガストは舐め上げた。
「!!!!!????」
「別にいつもの事だから気にしなくていいよ」
「気にしますよ!?」
「んー………それもそっか」
リオルも本当は青い血だもんね
そのさも当然のように発せられた新事実に、今度こそリオルは中身がまだ残っているティーカップをカーペットに落とした。
取り敢えず、反論してみた。
「………あの、自分の血は赤かったですよ?リンレイさんに診療してもらった時に、何度も血の付いた包帯を取り換えてもらっていましたし」
「幻視の魔法」
とても分かりやすい答えであり、実証が同時に行われた。
「目に集中してこれから流れる血液をよく見てごらん」
言われるとおりに、ガルガストに傷付けられた痛みに少し顔をしかめながらも自分の本当の血液の色を確認した。
確かに、青かった。
「……何で気付かなかった俺………っ!」
『先入観じゃね?記憶喪失になったばっかの頃に魔法で偽った赤い血液とか見続けて、一般常識とかで赤が当然だと思い込んでたとか』
「多分それだね。まあ知った所で隠し通した方がいいよ。多分ろくなことにならない」
『で、舐めていいか?』
「…………………ど、どうぞ?」
舌の感触にどうしても鳥肌が立ってしまったが、歯を食いしばって少年は乗り越えた。
「うわ、何かイケナイ事してるみたい」
「ぶっ飛ばしますよ店長!!」
『うーん、同じ青い血液でもこうも違うかーこりゃ狙われて当然だよなー』
「俺が厄神に狙われるって!オッドアイよりもこっちのせいですか!?」
『ああ、やっぱお前もそう勘違いしていたか………と言っても、厄神の下っ端もそこら辺の詳しい話は知らないまま坊主の事付け狙っている感じだ』
「僕らの青い血って神々にとって極上の美酒に例えられているんだ。ほら、僕とレナードが神と交渉する際によくお酒の話出てたでしょ?」
建国神話の話であろうことは、リオルにもすぐに察せられた。ガレイゼル帝国の城と城壁を建設するときの話である。
レナードはこの一帯の土の神々に“美酒”を対価に協力を募っている。気をよくした神々によって、ついでに農作物がよく育つ肥沃な大地になるよう土が調整されたという。帝国国土で作られた農作物が諸外国でも高値で売り買いされる遠因である。
それが、実はこの男の血液の比喩表現であったらしい。
「しぃーだよ?リオル」
『ラスカーもその辺の事まではウィリアムに話してはいないだろ………多分………』
二本目の葉巻の先を切り落としたところで、ガルガストは何やら考え込んでしまった。目の前で手を振るルーガスの頭部はぺちりと尻尾で叩いたが、嗜好品を味わおうともせず沈黙してしまった。
「………ガルガストさん?」
「………いや、ラスカーにちょっと聞いときたいことがな……それはまあいいとして、だ」
「………?」
今度こそ二本目の葉巻を嗜み出した大人の貫禄に、かっこいい男の姿を見てちょっと憧れていた少年だったが。
意地の悪い神は、純真な青少年の心を弄んだ。
『赤い血は第二の人類、ラフラゼルの血脈の証だが………』
青い血は、誰の血脈の証かな?
「………………………」
「目が泳いでるよリオル」
『全力で拒否反応起こされてるぞ、始祖サマよ』
「シソ?極東にある紫色の葉っぱ?」
『おいおいおい、泣いちゃったじゃねーか可哀想に』
「なんでリオル!?どしたのお腹痛い!?」
『ちげーよ』
きっと違う、そう信じてリオルは今まで過ごしてきた。
オッドアイだからと血縁関係は関係ない事は、ユラ大司祭の存在によって証明されていた。
父親はわからないが、それとなく聞いた話では娼婦だった大司祭の母親の名はレイラではない。
ホーロライ共和国の娼婦とガレイゼル帝国の王族が関わるわけも…………二人ほど候補はいるが、きっと違うと思いたい。
「………………………店長」
「何だい!?」
「俺達だけしかいないので、この際はっきりさせましょう………………俺と店長の血縁関係って何ですか?」
「よくわかんない!」
「すみませんガルガストさん。ちょっとこの部屋の中で魔法ぶっ放してもいいですか?」
『安心しろ、俺が知っている』
「くっ……お願いします………っ!!」
当人よりも他の方がしっかりしているこの事実に、頭のどこかで痛みが生じた。だが、とにかく今はそんな事よりも真実の方が重要だ。
神妙に、リオルは両膝に手を置いて言葉を待った。
『………母親の名がレイラであることは、以前ラスカーが明言したな』
「はい。まだ包帯のとれていない頃に、聞きました」
レイラ。厄神シュレストによるガレイゼル王族の大虐殺の舞台にも上がることもなかった、最下位の王族の女だったと言われてはいる謎の人物。故に公式な王族の家系図にも、その名は載っていない。
『と思うじゃん?普通は』
「………そうですね」
「え、何それ。実は載ってるの?そのレイラって名前」
「………だから店長……親友の事を調べておきましょうよ………」
「?」
『坊主の言う通りだぞオイ………ロリコンだとか罵る前によー……知っとけよその親友の妻の名前………』
それがレイラだっつーの
「………………………うん?」
「すみません、何でこの人がここまで知らないんですか?」
『それがルーガスっていう男だからで納得できるだろ………』
「出来ますけど……出来るんですけど!!」
納得いかないこともある。記憶喪失になったばかりの頃、この男は確かに言った。
“ええー……じゃあ……オッドアイを信仰するカルト集団と隠し子、どっちがまだまし?”
男は確かに、こう言った。
「隠し子というのは、店長も知っていました!」
『誰の隠し子かは知ってたのか?』
「知らない。っていうか、ガルガストも知ってるじゃん」
リオルをどこの神殿に隠されていたのか
「………………………ん?神殿?」
「そだよ?僕がリオル見つけたのは、この時代に跳んだ出口の神殿だよ。そこに隠されてた子だから、“隠し子”」
「そっちかよ!!」
思っていた意味と全然違った。確かにそう言われれば隠し子ともいえるが、何だろうこの気持ち。
「……っとにかく!じゃあ、何でまた時代を超えたんですか!!」
「んーーーー………飛んだ理由は主の命令だから?リオルがその神殿に隠されていた理由は知らない」
『俺は知ってる』
「あ、そうなの?」
『まずレイラって女の事を詳しく話すべきだとは思うが…タイムリミットだ』
「ここでですか!?」
『おう……キイチたちが来た。続きを話すとなると絶対あいつらも聞きたがるぞ』
いいのか?
「あ、話はここまでにしましょう」
『坊主は本当物分かりいいよな~』
「あ、なんか車がどっかにぶつかった音したよ」
『おいおいおい!?あいつら更に人の家ぶっ壊す気か!!?』
慌てて家を飛び出したガルガストにリオルが続き、最後に食器の類を片付けてからルーガスが屋敷を出た。
「わあ」
外はまさにお祭り騒ぎであった。
曲がり切れず横転した魔動車だけでなく、屋敷に突っ込んだものが煙を上げ、その前でガルガストが頭を抱えて叫び続けている。
リオルの方はリンレイやジニーにもみくちゃにされ蒼い顔をしていた。その逞しい胸によって息が出来なくなっている。必死に腕が誰かに助けを求めるように虚空に伸ばされていたが、力尽きた。エルシーが悲鳴を上げたことでジニーたちも気づいて力を抜いたが、余計騒がしくなっている。
粉々になったキマイラたちの方もまだ所々に小さな部分が残ってはいるが、その殆どはガレッドの指示の元魔法兵によって回収されていた。
地面の凍った部分はまだ解凍されていない。
というよりも、スリップしたらしい車輪の跡が、氷の道から事故車に続いている。
「……じゃ、僕先に帰るね!」
「さ せ る か」
早速逃げをうったルーガスを、キイチが力強く捕獲した。加勢するシャラの泣き言曰く、運転していた一人がキイチらしい。
『キイチの危なっかしい運転がさらに地獄に直行したんだよ!?わかるシャラのこの恐怖!!』
「解りたくもない!!」
『ルーガスのブゥワ―――カァァァァ!!!!』
「熱い熱い熱い熱い!!」
サラマンダーの怒りの鉄槌、もとい尻尾の報復はしばらく続いた。
学友と放課後の喫茶店で楽しいおしゃべりをしたレーシャは、学生服のままシュレストの城を歩いていた。
上機嫌に鼻歌までしていたが、薄暗い通路の向こうから現れた厄神に慌てて膝をつき敬意を示した。
『シュ、シュレスト様……っ!!』
『ああ、レーシャか』
ゼドゥーアを後ろに従えた厄神達の長は、今日も地に足を付けることもなく通り過ぎようとして、考えを改めた。
『レーシャ』
『はっはい!』
『……丁度いい。頼みがある』
敬愛するシュレスト直々の頼みである。目を輝かせてレーシャは快諾したが、続いた言葉にテンションを一気に落とした。
『アドゥヴァストが帝国内で遊びだした。兄共々監視をしてほしい』
『……かしこまりました』
『頼んだぞ』
白を纏った神は、そうしてその場を後にした。
後ろにいたゼドゥーアの姿も暗闇に溶け込んだところで、レーシャは勢いよく立ち上がった。
『……んもー!!何やってんのよアドゥヴァストの奴!!』
地団駄を響かせていると、丁度兄であるダージャが煩わしそうな顔をして現れた。
『おいレーシャ……こんな所で何叫んでんだよ……』
『ダージャ!ちょっとシュレスト様から頼まれたから行くわよ!』
『シュレスト様から?別にいーけどよ……ゼドゥーアの奴見なかったか?』
『シュレスト様と一緒に行っちゃったわよ!いつもの事でしょ!!』
『……ああ、そーかい』
兄が顔をしかめた事を気にも留めず、妹はさっさとその場を後にした。よく行動を共にする彼の事を兄が殊更気にしているのはレーシャも知っているが、どうでもいい事である。
何より彼を連れていたのは自分たちの主である。彼の行動に苦言を呈せるほど、自分たちは贔屓にされていないことなど二人揃って承知の事だ。進言する勇気もないが。
『そんな事より、帝国内のアドゥヴァスト勢力の監視を任されたの!』
『げぇ!アドゥヴァストォォ?』
『そんな声出さないでよ!私だって嫌なんだからっ』
主と同じく世に名を轟かせる厄神に対して、二人揃ってこの反応である。
はっきり言って関わりあいたくない。
『でもやっぱ動向は知っときたいわよ』
『自分で探りたくねえだろ、あんな殺戮しか能のない厄神』
『とーにーかーく!調べる!!わかった!?』
『へいへい……』
そんないつものやり取りをした兄妹神は、その翌日。
軍本部の近くにキマイラの怪物が現れたことで大賑わいする朝刊を購入し頭を抱える事となった。
『……何してんだよあの厄神』
『こっちが聞きたいわよ……』
相変わらず、何を仕出かすかわからない神であった。
フロティア暦3月19日。
パレード・オブ・ガレイゼルの二階の部屋がまた空いた。
「……そういえばリンレイさん、世界三大港町の市長さんの血筋でしたね」
「~♪」
『世界樹の棘の隊長たちに、よくあっさり入港許可が下りたよな……』
南地区の港に停泊していた極東行きの船に、キイチたちは早朝のうちに乗り込み、そして出港した。
手続きはただ一つ。リンレイの診療所にあった黒電話だけである。
「あ、ランレイ?俺リンレイだけど、明日一番の船に乗って一旦帰るわ。棘時代の同僚が一緒。そうそう隊長たち。オッケ?おし」
ガチャン。
以上である。
「……まあ、ホーロライ共和国の追手から逃げるのに、皆さんにとっても丁度良かったんじゃないですか?」
『追手よりもアドゥヴァストの方注意した方がいいがな』
「~♪」
『またシャラ置き去りにされたぁぁぁぁ!』
「~♪出来たよパンケーキ~」
『わーい』
「……」
先日は店の事をすっかりミズヒコに任せてしまったため、今日は特別に休んでもらい、リオルとルーガスが他の面子と共に営んでいた。
と言っても、朝食のソーセージを大量に焼き上げた以外、相変わらずの来店数である。
最近はガルガストに挑戦していたいつもの冒険者も現れない。キイチがガルガストと共に共和国に戻った時、たまたま出くわし追跡していたのはみな知っていた。
「……あの冒険者さんどうしてますかね」
『ああ、共和国に入ったらしいぞ?その後は知らん』
「そうですか……」
駐屯所の建設も順調そうで、たまにヨシツネが父の居ぬ間にひょっこり顔を出す。昨日と比べ実に平和なことである。
「……流石に連日怪物が現れることはないですよね……」
「あ、リオルそれ何て言うか店長知ってる!“フラグ”でしょ!」
『ルーガス!メープルシロップもっと掛けて!!』
「太るよシャラちゃん」
『燃やしてるもん!太んないもん!!』
実に平和だ。お願いだから何も起こらないでほしいのだが。
そう簡単には、いかないものである。
店のベルを鳴らして入店したのは、ボロボロのフード付きのマントを被った血臭を漂わす子供であった。
『いや温泉よりまず病院行けよ』
思わずガルガストがそう言うほどに、子供が歩くたび血が滴り落ちてきた。
そしてとうとう、絶句したリオルの目の前で子供は崩れ落ちた。
常人には見えない、因果の糸で覆われて。
「いっ医療関係者いますか!?」
「リン君今朝行っちゃったばっかだよ?」
「そうだった!店長どうしましょう!?」
「んー……ミト君、任せた」
「建設現場の方にいないか聞いてきます!チャレット、隊長に連絡頼む!!」
「わかったわ!あ、もしもしこちらパレード店――――」
ちょっとしたパニックである。すぐさま店の看板を下げクローズ表示にしたリオルは、二階からシーツを持ってきた軍人に命じられるままお湯を作りに厨房に回った。
その間に軍人たちが襤褸切れをハサミで切り容体を確認していると、露わになった子供の顔を見てルーガスが叫んだ。
「あーーーー!!」
『何だよガレス』
「この子だよ!この女の子!!」
『え、お前もこんなちっこいのに興味持つような……』
「違うよ!何時だったかリリーダの密兵に殺されかけてたから僕が助けに入った例のオークションの従業員!!この子だよ!」
『はあ!?エルシーの嬢ちゃんより小っこいじゃねーか!?』
「会場にカート引いて品物を登場させるだけの役目だったからね!でも何で今頃?それにこの傷と、因果の糸……何でこんなに太くなってんの?」
「連れてきましたぁ!!」
「なになになに!?」
たまたま来ていた技術第二部門のウェット中佐は、こうしてルーガス達と対面した。
本当はもっと前に合流させたかった。ごめんね。




