リオルとリーゼ~デートに潜む厄介を添えて~
月日が飛びます。ご注意ください。
『しかし最近のガレイゼル帝国はネタが付きないなードラクル』
『番組的には助かってるじゃないか』
『応ともよ!何せ俺たち!サイレンと!』
『ドラクルが贈る』
『週末これで行先決定!毎日午後7時~ハンターチャンネルにて放☆送☆中!』
『ここ最近ガレイゼルばっかだが仕方ないだろ。何せあのガホット温泉地。温泉地』
『おっとココにも癒しを求めるサラマンダーが一匹。てかサラマンダーってなんで温泉は入れて海はNGなん?』
『冷たいじゃん』
『意味わかんねー!ぎゃはははは!!』
「………………………あ、ドラクルってサラマンダーなんだ」
『うみゅ?ドラクルの話?シャラ出来るよ、弟だもん』
「え!?そうなの!?クールな弟だな!」
『ふっふー、でもシャラの方が火力上だもん』
得意げに手にしたフォークを掲げるシャラだったが、パンケーキの生クリームが口元についていて威厳はない。しかし器用にフォークを操るものである。
突き刺したパンを切り分けることもなくその大口の中に放り、幸せそうに味わう蜥蜴の長い尻尾は、感情を表すように振られている。相変わらず背びれの炎は燃えているが、何かを不用意に燃やすことはない。
全く不思議な精霊獣である。北区を爆発炎上させたのも、ラジオで冷静にトークをするのも、今目の前で人のように食事を味わうのも、その全てがサラマンダーである。
「………………………サラマンダーって、元は神の一柱なんだよな?」
『ご先祖様はそうだよ?シャラ達は生まれた時からサラマンダーだから違うよ』
神の血を受け継ぐ獣たち。それが繁殖を成功した精霊獣であり、竜人やラビラット人とはまた違う分類であった。
因みにガレッドやラニのような人の形を手に入れた子孫たちは“混血人類”と呼ばれ、そうでない普通の人間と同じ“人類”に分類されている。
地域によっては差別があったり信仰されていたりと扱いは千差万別であるが、ガレイゼル帝国では竜人を筆頭に混血人類は数多い。
神から最強の肉体たる竜に転化した彼らを始祖に持ち、刻印を生まれながらに刻む竜人達は、特にその傾向が強かった。
対しサラマンダーはと言えば、力ある女神に気に入られているために歴史は常に薔薇色だ。
竜人がサラマンダーに複雑な心情を寄せるという話を、たまにシャラを複雑そうに見つめるガレッドからリオルも実感してはいた。
「……なあ、シャラ。女神ファニア庇護下にあるのって、そのご先祖様とファニア神が知り合いだったからか?」
『違うよ~ファニア様ねーシャラ達の事“カワイイ”んだって!』
ムフフンと喜ぶシャラはさらに尻尾を振り回す。勢いづいていて、結構危ない。
尻尾を落ち着かせるように頼みながら、閉店していて本当によかったとリオルは思った。ラジオの天気予報曰く、この冬最後の粉雪が降る夜の外には人影もない。
厄神も、ガルガンと魔法陣が新聞で報道されてから、すっかり姿を現さなくなった。
ウルドラ神率いる刻印持ちの男衆はとてもよく働いた。北区からの難民も加わったことにより、すでに数店舗の飲食店が開業し、宿屋もベッドやクローゼットを運び込むだけの状態である。
ガホット温泉地の復活は、もう間もない事だった。
ルーガスの店はというと、ウルドラ神という大喰らいがまた加わったことにより、新規のお客さんはまだ受け入れきれないのが現状である。ガレッドやエルシーの方からの人材補充が明日加わるというが、これでミトたちの負担が減ってくれるかは怪しい。本当に百人分ぐらいをぺろりと平らげてしまうのだ。
今いる大食い三人衆は。相変わらずフレア隊長も、よくこの店を出入りした。
『昨日来た女の人たちは雇わないの?料理できるって自信満々だったのに』
「厄神に襲撃される可能性がまだまだあるからねー……命の保証なんてできないよ」
『そっかー』
『おーう、風呂空いたぜルーガス』
『ホッカホカ』
「わかったー。リオル先入っててー」
「わかりましたー」
下の貯蔵庫で作業をしているルーガスの声に、リオルは替えの服をもって風呂場に向かった。他の店員たちはもういない。今日も食材を使いきり、実家にちょっと追加注文お願いしてきますとミトが一番早くに上がった。チャレットも消費の激しいコーヒー豆を実家に融通してもらいに出てしまった。一時間は前の話である。
ヨシツネは母の実家で作っているという石鹼を昨日追加してくれたので、今日は一番遅くまで頑張ってくれた。その後軍に定期報告する義務があるためにバイクという魔動機に乗って店を後にしている。
つまり今日はここ暫くの様に、普通に閉店したのである。良い事である。
今リオルが一人で堪能している温泉だけを求めてくる客も、大分増えてきた。客層の殆どが腕に自信のある、港の船より入国してきた冒険者ばかりであるが…その方がこちらも安心できた。
温泉街が完成すればかなり高台にあるここまで来るような物好きは減るだろうが、それでも店を運営するには人が足りない現状である。
「エルシーやガレッドさんたちに飲食店の従業員を斡旋してもらうってのが、そもそもおかしいよな……」
かと言って、シャラの言っていた女性……北区から流れてきた娼婦たちを雇うわけにもいかないだろう。何せ厄神がもう絶対に現れないなどと、ルーガスが店長である以上口が裂けても言えはしない。遅れてやってきたルーガスに、リオルは尋ねた。
「ミトさんたちの本職は軍人じゃないですか、店長。参加しなきゃいけない作戦とかもあるでしょうし、どうするんですか?」
「あれ、聞いてない?すぐそばに軍のガホット駐屯所作るって話。というか、元々この店は駐屯所の第二食堂みたいな意味合いで作られたんだ」
「そうなんですか!?」
聞いてなかった。
「ほら、店の傍にも大きな遺跡の跡地があるでしょ。あそこが最初のガレイゼル城。今王都の中心にあるのは二代目だね」
懐かしいなー。あそこが完成した日に僕、結局レナードと袂分かつことになっちゃったんだよねー
「……ん?となると僕を見送ってすぐにあいつ、エルシーちゃんよりも小さな女の子娶ったって事?やだ、斬らなきゃ」
「店長……正妃様が身ごもったのは結婚してから十年後だったみたいですよ……」
身も心も癒すための温泉で、なぜか気疲れが溜まるというこの悪循環である。
そしてこの男、いまだ親友だと言う国父レナードについて自分で調べていないらしい。よく口にする親友とは何であるのか、疑問が生じる。
しかしそんな事だけ考えてもいられない。駐屯所が何時できるかはわからないが、暗に軍部の食欲とこれからも戦えと言った店長は黄色い鳥のおもちゃを湯船に浮かせて遊んでいる。
ガっちゃんという名らしい。命名はルーガスで、音が鳴る。
ピプー
「……店長たちは精霊魔法でお野菜の千切りとか、食器洗いに乾燥までお手の物ですけどぉ……」
「リオルもトム君たちと一緒に肉体強化の方良くなってるじゃないか。あの三人だって、水魔法はヨシツネ君だけだし、チャレットちゃんは経営の方で頼りになりっぱなしだしねー」
「ラニさんとも知り合いでしたしね」
「元々銀行員だったって話だよ?ガレッドの部隊みたいな戦闘部門って、計算事が大の苦手な人ばっかだから引き抜かれたんだって。叔父さんが別部署だけど軍人みたい」
「……ミトさんはガチガチの戦闘員って感じなんでよくわかりましたけど、チャレットさんはそういう経緯ですか」
「ヨシツネ君はガホットで温泉やってた家系だよ。南区の漁師と結婚したご先祖様マジ正解って、北区の方見て呟いてたなー」
「……」
下手すれば彼もサラマンダーの爆発に巻き込まれ被災していたという事である。それはご先祖様を尊ぶだろう。
「あとそうだ。ヨシツネ君は駐屯所の建設の方に参加するから、しばらくこっちには来ないって」
「え、和食が作れる貴重な人員がいなくなるんですか!?」
極東出身者の多いウルドラ建設の皆が、大変楽しみにしているみそ汁の差し入れ。喜ばれるので店員たちも嬉々として提供しているのだが、今後どうすればいいのかと不安になる。
手順はリオルやチャレットも伝授されているが、彼のように上手に鰹節を削れるかと言われるとまだ怪しい。
「昆布だしってやつで何とか……」
「あ、増員される人の一人はヨシツネ君のお父さんだよ」
「へぁ?」
「ぼろっぼろの自分のお店が港にあるんだけど、ガホット温泉地に移るんだって。で、建ててる間はウチで働きたいって。」
家業を継ぐ前は息子同様、水属性の魔法で腕の立つ魔法兵だった男である。ガレッドの方でも問題ないと判断した人材であり、ヨシツネのみそ汁の元祖である。
「他にも現役が十人ぐらい増員されるからねームフフーリオルにもお休み作って上げれるよムフフフフー」
邪な気配を察知した少年は、いらぬお世話でも企んでいるらしい大人に警戒した。チェシャ猫のような顔をして、ルーガスが距離を詰めてきた。
「……何ですか店長……」
「コーリー。明後日お休みだって話じゃん」
案の定、年の近い女の子の話題である。どうせデートにでも誘えと言いたいのだろうが、その作戦は失敗している。
「リーゼちゃん学校行ってますよ」
「学校?」
「…………」
「いや、大丈夫。学校自体は知ってるよ。でもあれ十二歳までだよね?」
何それ?と口は言わなかったけれど、顔が言っていた。義務教育なんて言葉がこの男の口から出てきたあたりが既に奇跡だ。よく知ってたなと、感心さえしてしまう。
まあ一般常識なのだが。
ふと思い出したのはガレイゼル帝国の識字率を向上させることに心身を注いだという、素晴らしい賢者が黒騎士とよく衝突していたという話である。おそらく、感情や政争からくる仲の悪さを言い伝えたわけではない。
きっと頑張って店長の事を教育していただけなんだろうな、その賢者。
ラスカーのようにガミガミ叱り飛ばす貴族の男を想像しながら、リオルは少女自身から聞いている学校について説明した。
「義務教育は十二歳までで合っています。リーゼちゃんはコイン銀行の創った経理専門の学校で、高等教育を受けているんです」
自営業をしている店の跡継ぎや、銀行員などを目指す者が数年間通うらしい。リーゼのような少年少女には義務教育のように集団で生活する校舎も存在し、季節ごとにイベントなどもあるそうで、楽しいらしい。
「へー頑張ってるんだねー……リオル学校行きたい?」
「安全の問題上、軍大学ぐらいしか入れません」
「そっかー」
余談であるがこの二人、揃って東区にあるガレイゼル最高峰の学び舎、国立オーウードゥ大学を視野に入れていなかった。
それにチャレットの手伝いをしていて判明したのだが、リオルには経理やそれに関する法律などが十分に備わっていた。三月に行われるという資格試験にも十分合格できると太鼓判を押されたので、本人は挑戦しようと思っている。
「……因みに店長、学歴は」
「文字読めればオッケー」
なぜこれで店を開くことが出来たのか、不思議である。
「でも店長諦めないもんね!」
おかげでリオルはデート当日、待ち構えていたコーリー店長の轟炎と化した内情に、炙られる運命を強いられた。
フロティア暦3月1日 朝。
ガホット特区担当大臣に就任したヘンリー・ガホット。彼のテープ切りと共に放たれた白い鳩の群れが、この日を待ちわびていた民衆に歓声を上げさせた。
「うお」
「すっごいですね、リオルさん!こんなに人が集まるなんて、まるで建国記念祭みたいですよ!!」
「ホントすごいね。」
学校に通う生徒の何人かも、この温泉街に出店する店の関係者が多かったらしい。リーゼの通う学校は臨時休校を決定し、それをエリゼ経由でルーガスも知ることとなった。リオルに特別任務だとしてとある命が下るまで、そう時間はかからなかった。
学校を経営しているコイン銀行の方も忙しいらしい。
早速大通りに存在するコイン銀行の支店から、ラニのものらしい上品でいて威勢のいい声が聞こえてきた。
ウルドラ神一行のストーダン神が「出店しよっかなー」と漠然とした希望をちょろっと洩らしただけなのに、耳聡く聞きつけ資金提供を立候補した女傑である。
列をなす口座開設にやってきた人々に、大層ご満悦な顔であった。
「前もって口座作っといてよかった」
斯く言うリオルたちの目的地も、その女神ストーダンの店だった。
『いらっしゃい』
石の神たる彼女は、石の水路の補強などを行っていた時には裾もボロボロになった灰色のローブで身を包み、深くかぶったフードによって顔もよくわからなかった。
だが今の彼女はウルドラ神の若葉のようなスーツを着こなし、桃色の口紅が親しみやすい印象を与える、教養を兼ねそろえた宝石店の女主人であった。
店に並ぶ色とりどりの魔石は、彼女とその契約者によって金や銀の装飾が施され、訪れた婦人たちの関心を周りの店からも奪い取るほどの人気ぶりである。
「リ、リオルさん?本当にこのお店に私たちが入ってもいいんですか?」
「あ、ストーダン神、この子が例の、いつもお店のパンを提供してくださるパン屋の娘さんです」
『いつもおいしく食べさせてもらってます』
「ありがとうございます!!」
自分の店のパンを褒められるのはやはりうれしいらしく、客層からして自分達が来る所ではないのではと気後れしていた少女は瞬時にお礼の言葉を叫んでいた。
神である証に砂金の混ざったような黄土の精霊を纏っている事への畏怖もない。まあそこは女神の人となりがそうしているのだろうが。
元気のいい事とラスカーを思わせる上品な笑みをこぼし、女神は二人を応接室に案内した。
『知っての通り、選定式で使われる水晶のように、精霊は何かに取り込まれやすい性質をしているわ。その中でも純粋無垢な、透明でいて空っぽの魔力結晶に精霊を詰め込んだものが魔石』
私たち石の神が得意とする創造物。小さなものでも金貨で取引されるのが当たり前。
『刻印を持たない者でも、それに近い効率で魔法を行使できるけど…仕様限度のある魔法補助』
そう言った彼女は細く美しい指先で、異空間から小さなベルベットケースを取り出した。
作業の合間にウルドラ神が趣味で作っていたのをリオルも見た、マホガニーの木目が美しい立派な机の上に置いたそれを、彼女は二人の目の前で開いて見せた。
エメラルドと言われる緑色の、小さな魔石のついたピアスであった。
『精霊が鮮やかな限り、呪いのこもった言の葉を弾き返してくれるでしょう。長い月日を経てもなお、変わらぬ味を守り続けているその信念に、私からの敬意の証です』
次の1500年も頑張ってくださいな
そう微笑む女神に見送られ、二人は女神の店を後にした。
ショーウィンドウに映る自分の耳にある緑色を、何度も確認する少女がいた。
飲み物を買いに少し離れていたリオルだったが、もうちょっと見ていたいと思ってしまう。
可愛い。
「……おまたせリーゼちゃん。ストレートのアールグレイだけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
コーヒーだろうが紅茶だろうが、ミルクと砂糖を入れたがるルーガスよりも大人びていた。
リオルもレモンスカッシュという炭酸飲料を購入し、口の中で弾ける感覚を楽しんだ。最近作られたばかりの発泡酒とはまた違う飲料で、リオルのような若者に絶大な人気を誇っていた。
ただしリーゼのように微炭酸を宣うものしか飲めない苦手な者もいる。ルーガスはと言えば率先して店でも提供しようとする程度に好む質である。
「三月になったけど、日の当たらない所はまだちょっと寒いねー」
「大陸でも南東にあるんですけどね、ガレイゼルって。そう言えばリオルさんの記憶には、去年の今頃は寒かったかどうかって思い出もないんですか?」
「……秋の落葉を見た気はする……けど、アネモネ祭とかの記憶はないかな……」
晩年のレナード王が好んだという花の、王都を挙げての祭りである。アネモネはその伝承から国花として認定もされている、黒竜とは別のガレイゼルの象徴だった。
因みにアネモネ全般の花言葉は“儚い恋”、“恋の苦しみ”、“見捨てられた”、“見放された”等がある。
意味深すぎて、リオルは体を壁に預け項垂れてしまった。
「だ、大丈夫ですよリオルさん!!レナード国王が本当に好んでいたのは、“堅い誓い”という花言葉を持つ、青いアネモネだったという話ですから!」
「ありがとうリーゼちゃん……」
その気遣いが胸にしみた。よろめきながらもまたしっかり立とうとしたリオルの背に、リーゼは勇気を出して声を出した。
「あ…あの、リオルさん……もし良かったら、呼び捨てでも……」
恥じらう乙女のいじらしいお願いに、リオルはつい真顔になって振り向いた。
そしてリーゼの背後に、今まで見たどの厄神よりも黒で覆われた神を見た。
「………………………!!?」
『……………ほう、私の隠蔽魔法も見破るか、オッドアイ』
ルーガスの気まぐれにより、今リオルに施されている幻視の魔法は付き合いの長い者には本来の瞳の色が見えるように設定されている。リーゼやガレッドとエルシーの部下である軍人、それに今だ懲りずにガルガストへ挑戦しに来る常連の冒険者達。
最低限度の対象者でも、それぐらいの者である。
神であるストーダンでさえ、つい最近になって認識できるようになり驚いたぐらいである。
なのにだ。この神は、それをあっさり見破った。
「あんたは……っ!!」
「えっえっ?リオルさん、誰かいるんですか?お巡りさんの無効化魔法を潜り抜けて!?」
やはり見えていないリーゼが後ろにいるらしい人物を探したが、その時にはもう男は場所を変え少女から距離をとっていた。
リオルに向けて、シイと人差し指で制する始末だ。その意味ありげな笑みが余計リオルの警戒心を跳ね上げた。
真新しい雪のように白い、男の神だった。司祭達の様にゆったりとした衣服も全体的に白く、魔力を注がれたルーガスの髪のように靡く長い白髪は、余計不安を煽らせる。
紫暗の、爬虫類を連想させるその瞳は面白いものを見つけたとばかりの喜色に歪み、こちらを見つめる。
逃げられない。
『あれよりまだ可愛げのある反応だな』
楽しげに笑う神は、まだ何かする気はないようだ。だが、こんな所にリーゼを留めておく理由のないリオルは彼女に言った。
「…………リーゼ」
「は、はい!?」
呼び捨てられ、何処か嬉しそうに彼女は応えた。
「ちょっと後ろの物陰から監視している君のお父さん、怒ってきてくれるかい?」
俺の方も出歯亀根性丸出しの大人たちを叱ってくるから。
「……………お父さん!!!!!!!!!」
やっべバレたと逃げを打つ父親を追い、真っ赤になってリーゼはその場を後にした。入れ違いにルーガスとガルガストがリオルの前に並び立ち厄神を牽制するのだが、少年から送られる眼差しは絶対零度のものだった。
「ちなみにお二人は見つけていませんでした。カマかけただけです」
「うっそ出てこない方がよかった!?」
『馬鹿言うなよオイコラ。これが出てきたっつーのにそれはねえだろ、なぁ?』
シュレストよ
『………フッ、相変わらずの様だな。お前たちも』
心底驚くリオルを完全に背に隠しながら、ガルガストの軽口はまだ続く。
『オメーさんは何時趣旨替えをしたんだよ……あの三柱の厄神。同じ服着せて、大事にしてるみてえじゃねぇか』
『それはお前もだろう?ガルガスト………あの人間以外と、お前が契約するとはな』
「なんでシュレストが知ってんの」
『あれ?俺、お前にも言ってねーよな?見えてんのか?』
「僕にも見えてるよ。リオルも見えてんじゃない?」
「………はい」
明言されていなかった上、これまでの戦闘全てを共に行動する精霊獣に任せきりだったので、こちらから追及するとこはなかったが。
実はキイチ、ガルガストの契約者である。見えたのは彼を生かす黒い心臓と、そこに刻まれた金の刻印。そして後押しするような、竜人の始まりたる逸話と、以前見せてもらったガルガストのパスポート。
大地神ガルガスト(性質 腹黒/愉快犯/好奇心旺盛/捕食者)
フロティア暦 1年 2月 19日 生 男神
属性 竜/炎/地
生成可能アイテム
・黒竜の爪(永久生成) ・黒竜の牙(永久生成)
・黒竜の鱗(永久生成) ・黒竜の涙(永久生成)
・黒竜の血(永久生成) ・黒竜の骨(永久生成)
・黒竜の心臓(永久生成)
・大地神ガルガストの刻印(自主生成)
最期の二行が、決定打だった。
『あんま言いふらすなよ?まだ俺に挑戦してくる冒険者とか特に』
「いいカモだって言ってたじゃん」
『キイチぐらいになんねーと契約できねーって、諦めかねん』
懸念するのはそこらしい。
そんな無駄話をしながら立ち入り禁止である海岸に辿り着いたが、その間シュレストは口を挟むこともなく従順についてきた。
ただし自分の足で歩くことはなく、今も魔法によって浮遊している。
とても目立つのだが、すれ違う人々は無自覚のうちに彼から距離を取っていたので、同行しているリオルたちも歩きやすかった。
常に魔法を無効化する、ゴーグル型の魔動機器を付けている憲兵たちも騒がなかった。
「魔動機器の精度って一体……」
『おい、坊主。自分を基準にしてモノ考えただろ、今』
それルーガスと同じだぜ?
『なんだ……これも自身の特異性には無頓着か』
『ルーガスと比べればまだ常識はある方だぜ?まだ』
『ふむ』
「こらこらこら、何仲良くお話してるんだいガルス。本題はそこじゃないだろ?」
地に沈む少年を相手にせず、黒剣を異空間から取り出したルーガスは切っ先を厄神に向け殺気を放った。ガルガストも姿を普通の人のものから竜人に変化させ身構える。
「で、何で君がここにいるの?こんな所で毒霧まき散らされたら、僕だって怒るよ?」
『そうだぜ。今こいつ、ここら一体の所有者になってるから大義名分を自ら与えることになるんだぜ?』
「おお、それは怖い。また首を切り落とされる」
そう言ってシュレストが撫でさする首には、その名残なのだろう大きな斬り跡が刻まれていた。
どう見ても致命傷。そしてリオルには、その傷跡の下に続く肢体が、頭と不自然に繋がっているように見えた。
視覚情報だけでリオルが導き出せた答えが、一つあった。
「……頭と体は別物……?」
見破られた厄神がその長い紫の爪をリオルに向け動こうとしたが、ルーガスに遮られた。
「……なるほどね……考えてみれば、一番に錬金術に目を付けたのも君だった」
『……ふん、また厄介な人材を引き込んだものだな……ルーガスト・ガレイゼル』
「!?リオル凄いよ!君今シュレストに褒められた!!」
「嬉しくありませんよ!?」
『疲れるなぁ……』
本気で厄神は、これ以上ルーガスと関わることを嫌がっていた。気持ちはわかるとガルガストも深く頷いた。
『全く……お前がまた現れたとは聞いていたが、やはり関わらない方が賢明だな』
「どこ行くの?」
『帰る。もうガルガンも見た。用はない』
あの空間には厄神も入り込めるのかというリオルの驚愕に、別に入れても何もできねーだろとガルガストが補足した。
ルーガスの黒剣同様、ガルガンの骨も黒い精霊を取り込む性質があるので、厄神が長居すれば弱体化するだけである。既にガレイゼル軍が捕縛した厄神によって実験し、これを立証済みである。
このまま立ち去ろうとした厄神だったが、それをルーガスが引き止めた。
「あ、待ってシュレスト」
『何だ』
「聞いたよ、戴冠式を滅茶苦茶にした話。でも何で?」
王族の全てを根絶やしにしてないよ?
「完璧主義のくせに、ウィリアムとか取り溢してるじゃないか。ワザとかい?」
さらりと言い放つこの男は、本当に不思議で仕方がなかっただけである。
青くなり胸元をおさえるリオルに、シュレストさえ憐れむ眼差しを向けたが、ルーガスが返答を待っていた。
シュレストはまたこの男の口が開く前にと、ここは正直に応じてやった。
『……魔動機器の発達により、最下層の厄神達が対処できるようになった人類が目に余った。特に当時のガレイゼル王族と………今もよく理解していないユグラスト教会』
お前、もう一人のオッドアイについて知っているのか?
「ゴタゴタしているのは聞いているよ?あと頼むからお前は関わらないでくれって、色んな所から」
『………』
厄神さえも黙りこむ、人類の英断だった。
『………もういいか』
「槍使うあの子元気?」
答えることなく、今度こそシュレストは転移魔法でこの場を去った。
話には聞いていたが、過激な行動を起こす厄神にしては話が通るシュレストという神に、リオルは入れていた肩の力を抜き、ため息を盛大に吐き出した。
「………結構親しげですね、お二人とも」
「んー?なかなか死なないから、腐れ縁みたいな?」
『あいつもしぶといよなー』
「ねー」
「すみません。聞いた俺がバカでした」
その後、ガホット温泉地再建の式典は恙なく執り行われ、終了した。
『………お帰りなさいませ、シュレスト様』
『ゼドゥーアか』
致命傷ではないとはいえ、重傷を負ったゼドゥーアは一週間ほど眠り続けた。今はシュレストが神域に戻った際に出迎える事ができるまで回復したが、槍働きは期待できない。
それでも彼はシュレストに使えることを今も許され、こうして主の神域で待っていた。
シュレストの神域。それは闇夜に浮遊する白亜の城に、シュレストとその配下の厄神が住まう一つの王国であった。黒い精霊を大量に取り込んだ巨大な魔力結晶が至る所から生えた城は、姿形だけはガレイゼルの王城にとてもよく似たものであったが、所々風化している様を放置しており与える印象が真逆であった。
退廃的な美しさを湛えるこの古城を、シュレストは気に入っていた。
バルコニーのカウチに寛いだシュレストにティーセットを用意しながら、ゼドゥーアは恐れながらと進言した。
『北区が壊滅し、ガホット温泉地がルーガスト・ガレイゼルによって復活……資金調達が、より困難になっております』
『王都の麻薬は一切から手を引く。今はサザーラが稼げる。そっちに流せ』
『御意』
『ガホットはシェードゥに監視させる。オッドアイが国外に出たら知らせろ』
『ガルガスト神はいかがいたします』
『アレは既に我ら以外が監視している。』
『……契約しているのはフレア隊の現隊長です。ユグラスト教の計画に、障害となる可能性も……』
『ない』
確信をもって断言するシュレストにゼドゥーアが言い募ることはなかった。畏まりましたと一礼し場を後にする若き神の背を眺め、シュレストは注がれた紅茶を優雅に味わった。
『……さて、ここにきてあのルーガストと同じ色を持つオッドアイか……』
個としては脅威足りえない道端の小石程度である。
だがしかし、その傍には小石を何時投石してくるかわからない馬鹿がいる。
しかも必中。奴が外したことがない事を、シュレストは身をもって知っていた。
『馬鹿なのに』
愚痴りたくなるほど、難敵なのだ。
あのルーガスト・ガレイゼルという男は。
「で、次のデートのタイミング何だけどさ」
「殴りますよ店長」
馬鹿だけど。
いつか二月中の外伝を書きたいな。いつか。




