~回復~
目が覚めた。今は何時なんだろうか? ベッドの上から見る外の景色からは今が夜だということがわかる。
昼頃には交渉を終えて帰ってきたことを考えると、7時間ぐらいは寝ていたようだ。
それと、少しばかり体が重い。何かが背中にのしかかってきているようなそんな重さ。
その重さとは別に関節が痛む。もちろん頭痛もある。これはあれだ。風邪だ。
アイツに体調管理をしっかりしろと言われたばかりなのに。怒られても仕方がないなこれは。
とりあえず、厨房に顔を出しに行こう。腹も減っているわけだし。腹を満たさなければ回復するものも回復しない。
少しでも体を動かすと関節と額が痛む。いま魔法を使うとなるとどんな被害を被るのだろうか? 頭が痛くなるどころではないだろう。きっと。
仕方なく一歩ずつ。痛む箇所を必死に我慢しながら一歩ずつ厨房に向かう。
「……やぁ。今日の晩飯は一体何かな?」
やっとの思いで厨房にたどり着いた俺を出迎えてくれたのは夕食の後片付けをしていたココ。
俺の姿を見た彼女は、俺の異変に気付いたようで目を大きく開いたあと、すぐに駆け寄ってきて肩を貸してくれた。
「雅彦さん!? そんな状態でどうしたんですか?」
「いやぁ。今まで寝ててな。腹が減ったんだ。なにかあるかい?」
彼女が飛んでくるぐらいまでに俺の状態は悪いのか。自分でも少なくとも正常ではないと思っていたが。
「今から簡単なものを作りますので楽な姿勢で休んでいてください」
ココは兵士達が食事をするためのテーブルまで俺を運び、俺のことを椅子に座らせてから厨房に戻っていく。
俺は体をテーブルに預ける。食事を終えてかなりの時間が経っているのだろう。料理の熱は消え失せて、この火照った体の熱を奪ってくれる。なんてのはただの妄想。ただ、ひんやりとした金属独特の感触は今の俺には気持ち良い。
少し魔法を使ってみようか。氷でも作って額に乗せてしまおうか。
体内の魔力をイメージで纏めて、掌に収まるぐらいの氷を作る。
すると、どういうことだろう。そんな氷は形成されなかった。形成された氷は大人一人がその中に入れるほどの氷が、机をはさんで俺の対面に生えていた。
……どうやら魔力のコントロールも正確にできないみたいだ。重症だ。普段からコントロールは苦手だといってもこれはひどすぎる。
「ま、雅彦さん。こんな大きな氷を出してどうしたんですか。明らかにここの気温も下がったような気がしますし。大丈夫そうじゃないと思いますが、何もしないでゆっくりと待っててもらっていいですか?」
アカン。本当にアカン。ココの迷惑にもなっている。飯が出てくるまで大人しく待っているとしよう。
しばらく待っていると、ココは作ってくれた料理を俺の目の前に置いてくれた。おかゆのようだ。
その出来たてのおかゆをスプーンで掬って一口。塩味がおかゆ全体の味を引き締めていて美味しく食べることができる。
その美味しさに俺はすぐにお粥を完食した。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ」
俺が完食したのを確認したココは笑顔で俺を見つめてくる。
「熱とかってどうですか? ちょっと失礼しますね」
そう言って彼女の冷たい手が額の熱を吸い取ってくれる。だが、すぐに彼女の手も暖かくなってしまう。
「どうやら熱もかなりありそうですね。薬があるかちょっと聞いてきますね」
ココは小走りで厨房から出て行った。残された俺が一人。寒い。いかんな。悪寒までしてきた。これはもうさっさと寝たほうがいいのかもしれない。歯も痛くなってきたし。下手したらこれから先、気持ち悪くなってくるかもしれない。
じゃあ自分のベッドまで戻るとしよう。ゆっくりと自分の足で歩こうと立ち上がるが、それが精一杯。歩くことすらままならなくなってきている。非常にまずい。どうしようか。ここはやばくなることを覚悟して魔法を使おう。移動魔法はあのワープしか使えないけど、ワープした先が壁の中とかは洒落にならない。今は糸で運ぶとしよう。いや、俺自身を釣ろう。
まずはベッドまで糸を伸ばす。これができれさえすれば後は簡単だ。糸の終着地点まで糸に引っ張ってもらえばいいんだから。
寝室までの道のりはもう理解している。糸を伸ばして伸ばして、ベッドの足にくくりつける。そしてそのまま後は引きずられる。
ガリガリと服を削っているが仕方がない。今はベッドにたどり着かなきゃいけない。こんな廊下で寝てたりしたら余計に悪化してしまう。
「雅彦。お前こんなところで何をしているんだ!?」
ココから聞いてきたんだろう。シリルがバタバタと駆け寄ってきた。ココも後ろから追いかけてきている。
「いや、寝ているわけじゃないんだけど。このままベッドに移動しているんだけど」
「こんな状況で魔法を使うなんて馬鹿のやることだ。ココ、すまないが一緒に雅彦を運んでもらうぞ」
右側にココ。左側にシリル。二人に抱えられて運ばれる。俺の身長が二人よりも高いせいか、足が地面から離れない。
そのまま二人に運ばれてベッドに投げられる。
「今日はもうそこでずっと横になっていろ。いいな。なにかあったら私に言え。わかったか? ココもありがとう。今日はもう休んでいいぞ」
その言葉を聞いた彼女は部屋から出て行った。
「本当にお前はどうしてこんなになる前に言わなかったんだ。それも急にこんなふうにはならないだろうに」
「それに関してはすまないの一言だけだ。自分では休んでいるつもりだったんだけど」
こんな風になるような予兆なんかなかったと思ったんだけどなぁ。
それにしてもここまで酷い風邪は本当に久々だ。いつ以来だろうか? 少なくともこっちの世界に来てはない。
「はいはい。それじゃ今日はもう寝なさい。もし寝れないんだったら私も一緒にあげるから」
そう言って、シリルは布団に潜り込んで手を握ってくれる。
その感触がどうも安心出来た。
そしてそのまま俺はまた眠った。
目が覚める。陽の光が目に刺さる。眩しい。
今は何時だ? 午前中だとは思うが時計が見当たらない。
隣には誰もいない。シリルもシリルで色々やることはあるのだろう。
起きるとしよう。今日も出店は開けることはできない。まずは着替えてシェリーに会いに行かなくては。
クローゼットの中から着替えを取り出して、今来ているものを脱ぐ。脱いだ時に汗の臭いとかはしなかった。風呂に入ったわけではないしシリルが体を拭いてくれたのだろうか?
「ま、雅彦!! 起きたのか!」
着替えている最中にシリルが部屋の扉を開けて俺の姿を見た途端にそう発した。いや、起きるよ。いつまでも寝続けるのは迷惑がかかるだろうし。
「そりゃ、風邪も治ったみたいだし」
「馬鹿者!! あれは風邪ではない! 魔力を使い果たそうとしている物の末路だ!」
そう、着替え終わった俺に駆け寄って飛びついてくる。風邪の治りかけだったが、彼女を受け止めるぐらいの力はあった。糸の魔法で足を固定しなくてすんだ。
「そんなに魔力を使った覚えはないんだが」
別にいつものように使っていただけだったしそんなものなのだろうか?
「ひとまずは説明させてくれ。と言っても魔力は生命力とも言っただろう? その魔力を使い過ぎると死ぬとも言っただろう?」
確かに言っていたのは覚えている。そして俺がシリル並の魔力を持っているということも。
「あぁ。まぁ聞いたよ。それで昨日からの体調不良はその魔力不足なのか」
「……昨日じゃない。既に二日経っている」
……二日だと? かなり寝ていたんじゃないか? そこまで目を覚まさなかった俺も俺だが。
「ちょっとまて、二日ってことはシェリーはどうしてる? 仕事はできないだろうけど、給金があるし、二日間あげてないとなるとあいつらの生活が」
「そのことなら大丈夫だ。昨日の朝に7日分渡してある。病み上がりですぐに働かれるのは嫌だからな」
俺の言葉を遮ってシリルは教えてくれた。良かった。7日分も渡してあるなら普通に生活はできているだろう。
「その、まぁありがとうな。俺もまさか二日も寝続けたなんて思いもよらなかったよ」
「私だってそうだ。呼吸はしっかりとしてるのに目を覚まさないなんて嫌な考えがずっと頭の中をぐるぐると駆け回っていたんだ」
話しながら、嗚咽を漏らし出す彼女。着替えたばかりの服は涙で濡れてしまっているだろう。
「それは、その、済まなかった。ただフォローしてくれたことは嬉しいよ」
「別に、あんなのフォローにはならない。その日売れるであろうものを作ることはできていなかったんだからな」
「……今まで、雅彦に頼りきっていたのが裏目に出たという感じだ」
彼女の頭を撫でてやると嬉しそうに体を左右に揺らすが、まだ怒っているみたいだ。それが俺に対する怒りなのか。それとも俺に任せっきりだったという気持ちからくる怒りなのか。それはわからない。
「……そりゃあすまなかった。屋台の方は俺の趣味みたいなものだったし、そんな風に思わなくてもいいのに」
「趣味だとしてもそれで借金を取り返そうとしてただろう! もう雅彦ひとりで抱え込まないでくれ。私はそんなに頼りないか?」
彼女は顔をあげる。視線があう。涙がポロポロと目尻からこぼれ落ちている。
「すまなかった。これからはレシピとかメモを残すようにするよ。それでいいか?」
「……ともかくしばらく休め。お前は働きすぎだ。食事はいまから持ってくるから待っていろ」
シリルは寝室から出て行く。そして寝室に取り残される俺。魔力が無くなっていた? 本当にそうなのか? 風邪の症状だと思っていたが。だが、二日も目を覚まさなかったとなるとそうなのかもしれない。風邪を引いて意識を戻さないってのは聞いたことがない。
それよりもシェリーには謝りに言ったほうが良いかもしれないな。働かないで給金を受け取るのも渋ったに違いないし。それにしてもシェリーのことをあまりよく思っていないシリルが直接話したのか。なんだか嫌な予感というか、やっぱり嫌な予感がする。
それにしても暇だ。俺が魔王になって暇になった時ってあっただろうか? それと暇になったのはいつ以来だろうか?
この世界に来てめまぐるしく活動をしていた。気付けばここの魔王にまでなっていた。あっという間だ。俺はこのままどこまで行くのだろう。ただ行くところまで行くとなってもそんな地位はあまり欲しくない。
今はゆっくり休むとしようか。生命力が低いってことは魔法の使用は抑えたほうがいいだろうし。
でもいままで寝ていたのにまた寝ると言ってもすぐには寝れないだろう。ゆっくりと暇を潰すしかない。
部屋から出ると食事を持ってくるシリルに見つかって怒られるから、飯を食べてからうろつくとしよう。あ、いや。うろつく前に棒ナッツのレシピでも書いておこう。こんなことが起きてしまったんだ。また俺が倒れた時にその時も今回と同じような対処の仕方だと進歩していない。どこかの人が「現状維持などない。なぜなら自分が成長しなくても時間だけは過ぎていく」なんてことを言っていた。
そうならないためにも予防線を張っておかなくてはいけない。今回はしっかりとレシピを書いて保存していく。
ペンと羊皮紙を使って棒ナッツのレシピを書き示す。別に難しいことはない。ただその時の湿度によって小麦粉の量を決めているのだから。まぁそこは大体でいいか。そういうことも書いておこう。
「休んでいろと言ったはずだぞ。消化が良いお粥だが食べられるよな?」
扉を開けて俺を見て、呆れながらも開口一番にそう言う。
「私が作りたかったんだが、私はその、上手く作れなかったんだ。だからこれはココが作ったやつだ」
おかゆを持ったままベッドの端にちょこんと座り、蓮華でお粥をひと掬い。その蓮華を震える腕でゆっくりと俺の口元まで運ぶ。
これはいわゆる「あーん」なのだろう。ただあまりにも腕が震えるのでちゃんと口の中に入るのかを気にしながら蓮華を咥える。
味は昨日と大体一緒だ。ココが作ったお粥だ。まだシリルは上手く作れないか。
「味は美味しいよな。私が作ったわけじゃないけど、私もちゃんと作ってみたいがな」
「あぁ。そうだな。これから勉強ってことだな」
「あっ」シリルは何かに気付いたのか、声を上げて、手を顔に近づけてくる。その伸びた手は口元まで伸びて何かをつまむ。そのものと一緒に俺の肉まで摘まれる。少し痛かった。
彼女がとったのは米粒。その摘んだ米粒は彼女の口の中に入っていく。
「……その、流石に口で取るのは恥ずかしいから」
もじもじと顔を赤らめて、その恥ずかしさを紛らわすためにまた蓮華を突き出す。
こんな初々しい空気。嫌ではないが体がムズ痒い。シリルといれば初恋気分が味わえるがそんなに頻繁に味わうと恥ずかしい。
そんなこんなで飯を食い終わる。
「とりあえず、魔法を使わなければ色々な場所に行っていいからな。どうせ大人しくしてろって言っても聞かないんだから」
「よくご存知で。まぁ無理はしないようにするよ」
食器を片付けに行く嫁を見送って俺はまたレシピを羊皮紙に書く作業に戻った。
あ、14日にそれっぽいものをうpしますので、そちらの方もよければ見てください。時系列は違いますが




