~特別編:バレンタイン 前編~
書いているうちになんだか凄い長さになった。もちろんまだ書いている途中。来週の火曜日分は一切書いてないので本編が進むのは再来週かも。
「なぁ。バレンタインって知ってるか?」
季節は冬。冷たく張り詰めた空気が体を刺してくる時期、マチルダの城で今日も商談。
紅茶を飲みながら談笑をしている時にふと思い出したことを口にしてみた。
「いや、知らないが。それはどういうものなんだ?」
バレンタインというものを知らないのだろう。マチルダは首をかしげる。
「そのバレンタインという日に、いつもお世話になっている人にチョコをあげましょうっていう日のことなんだ。その日から一月後はホワイトデーと言ってバレンタインデーに何かをもらった人にお返しをする日っていう」
こちらの世界では普及されていないようだ。俺の説明を一生懸命に聞いている。
「それがどうしたんだ? ……いや、それを普及したら良い商売になりそうだな」
勘が鋭い彼女はすぐに気付いたみたいだ。目を輝かせて俺を見る。
「そういうことだ。一般的には女の子が男の子にチョコをあげるって感じだ。まぁそこは老若男女問わず制限などはしなくて良いが」
日本だけが特別なモノで、バレンタインは女の子が。ホワイトデーは男の子が、プレゼントを渡している。
「……でもいきなりそんなものが普及出来ると思うのか?」
「そりゃお前の網を使うのさ。風の噂的な感じで誰彼構わずに伝えるのさ。俺だって屋台の客にそんな話をちらほらしてるぜ」
既にカロニチンはその情報が根付いている。一月かけて周りの人に言いふらしたんだから。そのせいか、バレンタインデーまで残り20日という今日。カロニチンは妙に浮き足立っているような浮ついた空気で包まれている。
「……そうか。わかった。今回はカロニチンで試してみるとするか。ダメならダメでまた考えればいいだろう。」
地球の食品メーカーの人はこういう風に文化を根付かせて行ったのだろう。本当に地道な作業であったろう。サンタだったり。
「……で、チョコレートはどれくらい必要なんだ? お前が考えている算段を教えてもらおうか?」
完璧に商人の目をしたマチルダはその目で俺を射抜く。彼女の頭の中ではいろいろと物の値段を揃えているのだろう。
「そうだな。重量はまたおいおいという感じだが、必要なものだけ言うと、甘さの違うチョコ3種類。ココアパウダー、小麦粉、砂糖、粉糖、バターぐらいかな。もちろん、今回は普通の相場よりも少し高い値段でも良い。どこまで売れてくれるかわからない博打に乗ってくれるんだからな」
俺が店で売るチョコもあるが、手作りチョコを作りたい女の子達のための材料も用意したほうがいいだろう。
「そうか。その気遣いはありがたい。では今回は雅彦のいうとおりにさせてもらう。もし成功したならば来年色をつけてやろう」
今回が成功したらまた来年がある。そうやって全世界に広めていく。各々の利益を求めて。
「おう。それじゃこれがその試作なんだ。味見をしてみてくれないか。商人さんのお眼鏡にかなうかどうかね」
そこで俺は密かに隠し持っていた綺麗にラッピングを施した箱を手渡す。その準備の良さか。はたまた綺麗にラッピングした箱に驚いたのか驚いているようだ。
「ほほう。プレゼントをするときはこういう風にすれば格好が付くものなんだな。包装紙やリボンも用意したほうが良さそうだな」
ラッピングに驚いていたようだ。カロニチンでもラッピングをするという店はあまりなかったというか、どこもしていなかったような気がする。ものを紙袋に入れてそのまま手渡し。これがプレゼントをあげる方法だ。
彼女は包装紙とリボンを丁寧に取り外し、中に入っていた白い紙製の箱を開ける。その中には小さなチョコが6つ。どれも形や色が違うモノが入っている。
「6つとも違う形のチョコか。どれも見たことのないチョコだ。まずはこれからいただこうか」
そう言って、まずは丸いチョコに指を伸ばして口の中へ。
口の中でサーっと溶けて行く食感を楽しんでいるようだ
「チョコの中にお酒が入っているな。これは大人向けだな。名前はなんだ?」
「それはスイストリュフさ。お酒はブランデーをそれには入れてある」
それから6つ全てのチョコの味を堪能した彼女は紅茶でひと心地ついている。
「確かにこれは売れるな。バレンタインというのじゃなしに売れる商品だと思う。価格としてどれくらいで売るつもりなんだ?」
「そうだな。銀貨1枚は高すぎるとは思うんだよ。ふた箱で一枚が妥当ぐらいなんだ」
「別にこの形態で売らなくてもいいじゃないか。もっと箱に詰めるか、それともバラ売りでもなんでもしちゃえばいいじゃないか」
確かにその売り方もある。とあるチョコレート店でもそういう売り方をしていたし。一粒300円とかざらのチョコレートが。
「バラ売りでなるとちゃんとした保存ケースが必要になるんだよ。そうすると維持費だったりいろいろと掛かるし」
「まぁそこらは雅彦が考えることだな。私はその商品を作るための材料を売るのが仕事だし」
彼女は羊皮紙に文字を羅列させながら俺にサインを求めさせてきた。内容は食品の値段だ。全体的に3割ましといったところか。今までが今まで。サービスをしてもらっていたのでかなり上げ幅が大きく感じるが、これが真っ当な値段なのだろう。
その羊皮紙の右下に名前を書くスペースがあるのでそこは俺の名前を書くスペースなのだろう。俺はそのスペースに自分の名前を書き込み、無事に取引が成立した
「ありがとう。契約成立だ。量のことはわかり次第教えてくれ。それじゃ私はすぐに次の商談があるからここで失礼するよ」
そう言って、マチルダは立ち上がり部屋から立ち去っていった。
ひとまず、チョコを売るための山を一つ越えた。後は俺が頭を悩ませるだけだ。こんなことをしてたらまたシリルに怒られてしまいそうだ。
館の主のいない城にいてもしょうがないので俺も帰るとしよう。置き土産でもうひと箱持ってきたチョコ詰め合わせをテーブルの上に置き、転移。いつもの部屋に戻る。
「おかえり。どうだった? 上手くいったか?」
帰ってきた俺をまぶしそうに目を細めながら出迎えてくれた。
「あぁ。なんとかなったよ。今からどうやって売るかを決めなきゃいけないんだ」
「そうなのか。まぁ今はゆっくりと休め。また倒れるなんてことがあったら大変だからな」
あの時もミランダの城から帰ってきたら倒れたなぁと懐かしむ。
「今回はそんなに詰め込んでないから大丈夫だと思うけど、休むときは休む。これは絶対だからな」
「大丈夫、大丈夫。魔法も今日は転移2回しか使ってないから平気だよ。今から厨房に行くけどシリルはどうするんだ?」
あれ以降、彼女は俺の体調をよく聞きに来るようになった。予防といえば聞こえは良いが、少し窮屈にも思える。が、シリルに迷惑をかけるような事はしたくないのでこれは仕方なく受け入れよう。あの時倒れた俺がいけないのだから。
「私はまだ手紙と格闘をしているのでな。試作のチョコが出来たら呼んでくれ。いつでも行くからな」
一度、軽いくちづけをして俺達は各々の仕事が待っている場所に向かった。最近はこのように軽いキスぐらいならできるような関係にまでなった。まだシリルは恥ずかしがっているが、初々しくて可愛いものだ。
俺は厨房に向かいチョコの売り方を考える。
そもそも銀貨1枚が高すぎるのだ。銅貨の価値が低すぎるのも原因。純銀や純金で硬貨を作っている政府。そこがもう少し頭の賢い人達でいるならば、銀に銅を混ぜた合金の硬貨ができるものだ。その硬貨の値段は銀の使用重量で決めればいいだろうに。おつりが多すぎるのが問題なんだ。
と、愚痴っていても仕方がない売り方を考えよう。
ふた箱で銀貨一枚分。これで良いんじゃないだろうか? うん。だったらその二つでなにか差別化をはかろう。つがいになっている箱のなかの商品でお酒が変わっていたり、あとは具を変えたり。それが方法的に簡単で、単純だ。
それにだ。ふた箱と言う前に何個で銀貨2枚というかたちで売ったほうが良いかも知れない。バラ売りだ。そのバラ売りであとは箱に詰めれば良いんだ。一個あたり80円。つまり1個で銅貨1枚。10個で銀貨一枚。これだったらなかなか良い売り方じゃないだろうか? お釣りもそうそう出ないような商売もできるしこれはいける。
売り方は決めたが、今度は売る場所だ。どこで売ろう。あの屋台で売るには場所が狭すぎるし、チョコを置いておくスペースがない。まだココの店も出来ていないし。どこか場所を貸してくれる人はいないだろうか?
そもそもあの街で仲の良い奴なんて大工と冒険者姉弟しかいないわけだ。ミレーユの店の一部を貸してもらえるだろうか?
貸してくれるのか交渉してみようか?
思い立ったら吉日。カロニチンに転移して会いに行こう。
転移をしてすぐにミレーヌに会いにいく。彼女は今も店を建てているので店に向かう。
そういえば一階部分は既に出来ている。一日だけでも使わせてくれないだろうか?
「やぁミレーヌ。調子はどうだい?」
「やぁ。もちろんいつも通りさ。今日は一体どうしたんだ?」
2階の細かい部屋などを作っていた彼女は額に汗を滲ませている。
「いや、一階部分は今でも使えるかい? 使えるんだったら一日だけでも使いたいんだが」
「まぁ、別に大丈夫だが何に使うんだい?」
「ただ一日だけ商売がしたいんだ。屋台だと狭くて何もできないんだ」
快く一階部分を使わせてくれるみたいだ。まぁここの土地主は俺なのだが、今は改装をしているので彼女の許可が必要なのだ。
「そうかい。それじゃあその日は一日お休みとさせてもらおう。少し疲れてきたところでね。ちょうど良かったといえばちょうど良かったんだ。で、なにを売るんだい?」
右手で左肩をぽんぽんと叩く仕草をして疲れていることをアピールする彼女。そりゃひとりで家を建てているんだ。疲れるに決まっているだろうよ。
「チョコだよ。バレンタインデーと呼ばれる日に女の子がチョコを意中の人に渡す日に合わせてこっちもその材料や既製品を売るんでね」
「バレンタイン。聞いたことがないな。どこかの文化なのか?」
やはりここの世界ではバレンタイン文化は広まっていない。もしくはそんなものは存在していないみたいだ。彼女は首を横に振って答えた。
「東の国の方からさ。まぁ使わせてくれるんだったら使わせてもらうよ。それじゃ俺はこれで」
許可もえたわけだしもう帰ろう。ミレーヌに挨拶をして店を出る。そしてこそこそと周りの様子を伺って転移。厨房に現れる俺。
早速チョコ開発でもしよう。既に頭の中ではいくつか出来上がっている。後はそれを具現化するだけである。
まずはチョコレートを刻む。このチョコは苦いものではなく甘めのチョコを使う。刻んだものはボールに入れ、湯煎にかけて溶かす。
次に生クリームを温め、表面にうっすらと膜ができるまで加熱し、湯煎をかけたチョコレートが入っているボールに中に加える。最初はチョコの濃い茶色と生クリームの白色が混ざり始め茶色が薄くなり始める。しかし、その薄い茶色はだんだんと暗く、濃い黒色に変わっていく。なんどこの光景を見ても不思議にしか思えない光景。白色を混ぜたら黒くなるという不思議現象である。
その黒くなったものを丸い容器に注ぎ、冷やして固める。これで第一段階は終了だ。ちなみに第二段階には明日にならなければ進めない。
なので、次の商品をつくる。と言ってもさっきの工程にオレンジキュラソーやブランデーなどのお酒を入れるだけだ。他にも酸味の強いクランベリーの粉末を加えたりする。バリエーション豊かにしなくては誰も食いついてくれないだろうし。
ひとまず5種類作れば大丈夫だろう。大切な人にあげたいと思うけれども、自分も食べたいという気になる人も大勢いるだろう。だからそう何種類も増やすこともない。
あとは明日になってからの作業だから今はやることがない。
後片付けを終えた俺は自分の部屋に戻る。
部屋にはシリルが既にベッドの上で横になっていた。
「昼寝とはいいご身分だな。仕事はいいのか?」
「……そんな甘い匂いを城中に漂わせて置きながらそう言うのか。鬼畜だな雅彦は」
恨めしそうに俺を睨む彼女。そんなの俺のせいにするなよ。一応仕事なんだから。
「明日あげるから。それまで我慢してくれよ」
「そうだな。それで手をうってやろうじゃないか」
なんとも偉そうな態度だが、彼女の機嫌を損ねないためにここは黙っておこう。
「それで、雅彦も昼寝なのか?」
「そうだな。特にやることもないし今は昼寝かな」
俺がそう言うとシリルは掛け布団を持ち上げ、自分の横に来いと誘導をする。
ここも俺が行かないと怒ったりするので素直に従ってシリルの横で寝る。隣で寝ると満足そうな顔をして彼女は微笑む。
こういう風な平和な時間は良い。日本では当たり前だったが、こっちの世界ではいつ誰が襲ってくるかわからない。もちろんこの城に襲いかかってくる人なんて少ないが、それでも危険性はこっちのほうが高い。
「大丈夫だよ、雅彦。兵士が農作業をする城になんか誰かが攻めてきたりするものか。まぁ前例はいたがな」
俺の頭の中でも読まれたのか、そんな言葉が鼓膜を震わす。そんな不安そうな顔をしていたのだろうか?
「あぁ。そうだな。前例がいたな。それも懐かしく思えてくる」
昔もそんなことがあったなと思い出しながら俺は眠った。
翌日、冷やしていたチョコを取り出す。まんまるだ。その一つ。香りづけもなにもしていないものに、細かく刻んで炒ったアーモンドをチョコにまんべんなく付ける。そのアーモンドが付いたチョコに今度は温めた少し苦めのチョコでコーティングしてまた冷やす。香りづけしたものはアーモンドを付ける作業を省いた作業をくり返す。
これで第二段階は終了。次の作業ができるのは夜以降だろう。
今日も暇である。
屋台の方はシェリー姉弟達にすべてを委任しているので俺が手を加えたりするのは問題があったりした時だけだ。
ただ時間を潰すのはもったいないので、他の工程がないものはそのまま保存するとして、クランベリー粉末が入っている奴をひとつだけ急速冷蔵。いや、急速冷凍にかける。
固まったチョコにクランベリー粉末をまぶして完成。薄いピンクがそれっぽい雰囲気を醸し出している。
ただ、この完成品一つ渡して彼女が満足するかどうかだ。絶対にしないだろう。なので、さくっと作れて食べやすいものを作ろう。
刻んだチョコと小さく切ったバターを湯煎にかけて溶かす。それに振るった小麦粉、ココアパウダー、砂糖、溶き卵を混ぜたモノを入れて混ぜる。混ぜるとだんだんとタネが重くなってくるのである程度艶が出るまで混ぜる。
容器に薄くバターを塗り、タネを流し入れ、180℃に余熱をしていたオーブンで15分ぐらい焼く。なんてことはない。簡単だ。
完成するフォンダンショコラもどき。焼きすぎて中身が固まってしまったやつ。ガトーショコラみたいなもの。それでも味は美味しいものだ。
ひとつのさらにトリュフ、ケーキ。ケーキには粉糖をパラパラとうっすらと積もるぐらいにふりかける。そしてアツアツのケーキの横にひんやりとしたバニラアイスとミント。これで見栄えがついただろう。
その皿と紅茶をシリルがいるところへ運ぶ。
「やぁ。それが甘い匂いの正体か」
「あぁ。チョコだけだと満足しそうにないと思ったんで、軽めのケーキも作ったみたよ。ケーキは売らないけどな」
彼女はかけていたメガネを外し、メガネ置きに置いて菓子を食べるスペースを作るために書類を片付け始めた。
その空いたスペースに持ってきたものを置き、紅茶をカップに注ぐ。甘党の彼女は紅茶には砂糖を3杯入れるのだが、今日は甘居ケーキと一緒に飲むので紅茶本来の味を味わってもらう。
「これはなんとも可愛らしいチョコだな」
そう言ってチョコを一口。トリュフの大きさも小さいので一口で食べきってしまう。
酸味のあるチョコが不思議なのだろう。いつもの美味しいという顔に驚いた様子の顔が混ざり合っている。
「ただの甘いチョコかと思ったら酸味があるのか。このピンクのものはイチゴじゃないな。イチゴだともう少し甘い感じがするしここまで酸っぱくない」
「ご名答。そのピンクはクランベリーっていう果物の粉末だ。アクセントとしてつけたけど失敗してないようで良かった。そっちのケーキはお前だけに作ったよ」
紅茶で一度、味覚をリセットしたあとに今度はケーキをぱくり。チョコは苦めのものを使ったがどうだろうか。砂糖も少なめにしたからシリルにしてみたら甘味が足りていないかもしれない。
「この苦さはちょうどいいな。甘いものも好きだが、こういう大人の味というものも私は好きだ。というより雅彦が作ったモノはなんでも好きだ」
なんとかお気に召したご様子。そして照れずに告白。こういう時はしゃんとしていて凛々しいのだが、いささかベッドの中では恥ずかしがり屋だ。
「そっか。ありがとな。それじゃ俺は後片付けもあるから戻るよ」
「あ、雅彦。ちょっとこっちに来てくれないか」
まだ厨房には片付けてない食器とかが残っているのではやく片付けないとココに怒られてしまうので戻ろうとすると、シリルは恥ずかしそうに俺を呼ぶ。理由はわかっている。
理由がわかっているので俺は何も言わずに部屋にあるソファーに座り、彼女が隣に来るのを待つ。
すると、彼女もソファーに座り俺の太ももを枕にして横になる。
これが彼女の仕事中の息抜きである。最近はよくこうやって甘えるようになってきた。もちろん俺達ふたりっきりの時だけだ。他の人がいる中では皆の規律となるためにしっかりとしている。当然疲れるのだ。肩肘張っていると。
それを癒すのも俺のしごとのうちだ。なんてたって魔王の夫なんだから。
優しくシリルの髪をなでてやるとくすぐったそうに微笑む。
一定間隔で動く秒針の音を聞きながら俺達は少しの間だけ、このゆっくりとした時間を過ごした。
バレンタイン後編はできる限り早めに更新する予定。
予定は未定。




