~交渉~
起床後、早速もち米を蒸す。寝る前に浸水させておいたもち米を蒸し器で蒸す。蒸している間にほかの作業も並行して行う。
と、いっても今はそんなにやることはない。
少しはゆっくりとしようか。
いままで毎日休むことなく働き続けていたので、少しぐらいはこうやって休んでもいいだろう。最後に一日休んだのはいつだろうか。そこらへんのブラック企業に勤める社畜よりも働いているだろう。
ただ達成感はあるのでそんなに苦はないのが実情だ。
ふと、この先のことを 考える。
俺がここに帰ってきたら、俺は何をしよう。
魔王はシリルに変わるわけだし、俺はシリルの補佐にでもついてみようか。俺がここに帰ってくる頃ならば、作物を安定して販売しているだろう。もしかしたら今よりも農地が広がっているのかもしれない。そうすればシリルの負担はかなり減っているだろう。
資金繰りに困ることがなければこの城が抱える問題はなくなったも同然である。
それにこんなところに攻めてくるようなアホもそんなにいないようだし安全に余生を送れそうだ。
ここで何をしようか。兵士達に混ざって俺も農作業をして過ごすのも良いだろう。
とりあえず、ゆっくりとのんびりと。シリルと暮らすことは目に見えている。今後が楽しみだ。
魔法の開発も面白そうだ。自分が思い浮かべたモノを作り出すのがこの世界の魔法らしいので、色々と面白い怪物が出来上がりそうだ。
ただ、生命物を作ることは禁忌なので、その禁忌にどこまで近づけるかという一人チキンレースも良いだろう。禁忌に触れるとどうなるかというのも気になるが。
魔法の研究以外にも色々と街から街へと点々と移動しながらの旅も良いかもしれない。
城でのんびりと過ごすのもいいかもしれないけれども、この世界にどんな街があるのかも気になるところだ。日本という名前はないかもしれないけれども、それっぽいところもあるといいな。という希望的観測。
そんなことを考えていると、もち米が蒸しあがった。なので、そのもち米を潰す。潰さないと搗くことなんて無理だ。米粒が飛び散る。
完璧に潰すというわけではないが、米が飛び散らない程度に潰す。
適度に潰し終わったら魔法で作った臼に入れて搗く。餅つきは何度もしたことがあるので慣れたものだ。
といっても、アマチュアレベルからは出ないのだが。大きく振りかぶって遠心力で振り下ろす。プロの人は小さく振りかぶって速く連続でついているようだが、俺にはそんな真似はできない。なので俺は自己流。
それと、返し手も必要なので、それは魔法でハリボテの手を作って思い通りに操作する。これで俺は餅つきマシーンになりきる。
餅めがけて杵を振り下ろす。餅を叩く。なにかが破裂するような音に低音が加わったような音がする。そういう音が連続すれば良く叩けている証拠だ。
その音を出せるように何回も杵を振り回せば当然の如く疲れが出てくる。それにこの作業は握力を根こそぎ奪われるのだ。杵を手放しても手は杵を持ったままの状態のまま動かない。
握力のない状態では上手く搗けるわけがないので、結局は全て魔法にお任せさせる。本当に魔法は人を堕落させる。
ALL電化ならぬALL魔化だな。
あとは勝手に餅が搗き上がるまでに次の作業の準備をしよう。だが、その準備もそんなにすることがない。
搗き終わった餅はそのまま食べやすい大きさに親指と人差し指を使ってちぎるだけでオシマイ。その餅をお汁粉の中に入れるだけなのだ。
搗きたての餅だけが味わえる独特の柔らかい食感。焼いた餅も良いが、やはり餅はこの柔らかいのが一番だ。
餅入りお汁粉を一口。適度に甘いお汁粉と一緒に餅をほおばる。餅のうまさと汁粉の甘さが混ざり合う。これは冬時期に食べるのが一番の甘味だ。
「おはよう。雅彦。それは昨日のなのか?」
匂いに釣られてきたのか、寝起きのシリルが厨房にやってきた。狙いはもちろんこの餅と汁粉だろう。
「ほらよ。これが食べたいんだろう?」
お汁粉が絡みやすいようにもちを薄く伸ばしてお汁粉の中に入れる。
昨日で汁粉の味を知っているようだが、餅というものを知らないようで一生懸命に噛み切ろうとしているが、余計に餅が伸びている。とても食べにくそうにしているが、その姿は可愛い。狙ってもいないのに可愛さアピールとは俺の嫁はなんともあざとい。
その姿をずっと見ていたいが、ちゃんと堪能できないでいるのは可哀想なので小さく切った餅をお汁粉のなかに入れてあげる。
「ふむ。このやけに食べにくいモノが餅というのだな。栗は食べたことがあるからわかるし」
餅を食べるのに苦戦しつつもなんとか食べきったシリルは開口一番に感想を述べた。
「あぁ。餅だ。食べたことないのか?」
「こんなに食べにくいものを食べたのは初めてだ。これはどうやって作っているんだ?」
もしかしたらこの世界に日本に近い国などはないのだろうか? だとしたらこの反応の頷ける。もともと存在していないものを知ることなんかはありえないのだから。
「これはコメの一種を潰して搗いてものだよ。美味しいだろ?」
「ほう。コメがこんなになるのか。やはり雅彦はすごい人なんだな」
「別に俺はすごくないさ。俺が知る前にそれを作った人がいただけさ」
それもかなり前の先人が考えたもので、今の日本では当たり前のように出回っている食品だ。しかもおいしい食品だ。
「じゃあこれを今日持っていく。今日は俺ひとりで行くから。今の城主は俺だ。城主同士の腹の探り合い」
「……そうか。わかった。私は今日も文章と格闘しておくよ」
ひとりでマチルダとの商談。成功させたいが、モノで釣る方法なんかいつまでも続くはずがない。どうにかしてなるべく対等の立場として商談を進めたい。
早速、餅入り汁粉を小分けの鍋に入れて転移する。
「どうも。いつもご苦労様です。今日もお姫様に会いに来たんですけど大丈夫でしょうか?」
まずは門番に挨拶。これは当たり前のことだ。ここで印象を下げるわけにはいかない。
今日も立派な城の中を歩く。いつ見ても豪華な城内だ。俺の城もこんなにしたいかもしれない。でもまぁあの質素な感じも好きである。
そして見慣れた扉の前までやってきた。扉の向こうにいるであろう館の主の威圧感が扉越しにひしひしと伝わってくる。
その威圧感を振り払い、扉を数回ノック。中から主の声が聞こえる。その声を聞き俺は扉を開けて部屋に入る。
「やぁ雅彦。今日は一体何を持ってきて何をして欲しくて来てくれたんだい?」
彼女は既に俺が来ることを知っていたので食事の準備を終えていた。
「まずは食事を先にしようじゃないか。冷めたら美味しくないものだし」
早速、鍋に入っているお汁粉を器によそって配る。
彼女はその器を受け取り一口。シリルは見たことが無いと言っていたが、マチルダは見たことがあるのだろうか? 特に驚くような素振りは見せない。
「ふむ。今回も美味しいし、文句のつけ所もない。このままでは雅彦の思い通りにことが進んでしまう」
俺としてはそれで良いのだが、彼女にしてはそれが許せないのだろう。
「俺としてはこのまま進んで欲しいんだがね。負担が少なくなければ少ないほど助かるんでね」
「ところで。この料理をどこで知ったんだ? あの国の情報は門外不出。それに雅彦自身にも謎があるんだが」
俺に謎? 一体どんな謎があるんだろうか? いや、この世界の住人にとっては俺の存在は謎だらけだ。
「この料理はもともと知っているだけだ。それに俺自身の謎ってのはなんなんだ?」
「その真っ黒な髪は門外不出の国。ジャピーニという国に住む人の特徴なんだ。まぁその真っ赤な眼はお前特有なのかもしれないが」
真っ赤な眼? 俺の瞳は黒のハズなんだが? こっちの世界で自分の姿をよく見たことがなかったのだが、本当に赤い眼をしているのだろうか?
「あぁ。たぶんそっちの血でももらっているんじゃないのかな? それで、そのジャピーニの情報は門外不出なのにその国の料理を知っているんだ?」
「私は商人だぞ? 少しぐらいの情報なら知っているぞ。ただ、味とかは知らなかったがな」
うーん。耳年増的な感じか。まぁ門外不出の国って鎖国でもしているのか? だとすると本当に日本っぽいぞ。でも鎖国してるってことは江戸時代か? 徳川さんの時代か。
「さて。前座はここまでにしておこうか。今日は何が欲しくてここに来たんだ?」
「今回は肥料。植物が十分に成長できるぐらいの肥料が欲しい」
「肥料。ということは農業に手を出すつもりなのね。畑の大きさがわからないと正確な量も測れないのだけれども。それで、その畑には何を植えるつもりなの?」
彼女はなんとも呆れたような顔をして俺を見る。確かに少し焦りすぎていたのかもしれない。
確かに彼女の言う通り。農地面積も知らずに肥料の量なんかわかるわけがない。
「そんじゃ、いまからその畑に案内するよ。手を握っても良いかい?」
俺の言葉に不思議そうな顔をしながら手を出してくれたので彼女の手を握り、転移をした。
やってきた場所は当然、既に耕されている畑。この荒廃した土地で作物なんかできないと言われたこの土地に。
「なっ!? なんだ今のは。それに急に場所も変わったぞ。一体何をしたんだ!?」
「うーん。ただ魔法を使っただけなんだけど。まぁこの魔法は企業秘密みたいなもんだし」
この魔法は俺しか使えないのだろう。たぶん。きっと。
「それよりも、この畑に栄養さえあれば作物は育つか?」
「そうだな。しっかりと耕されているな。それに土も柔らかい。小石もしっかりと取り除かれているし文句のつけ所がないほどだ」
商人目線では大丈夫らしい。ちゃんと評価されて嬉しい。
「そりゃかなりの魔力と人員を使いましたから。それなりに使えるものと頑張ってやりましたけど」
「で、畑はこれだけじゃないんだろう? この畑があといくつあるんだ?」
「そうだなこれと合わせて畑は20枚かな。人数はかなりいるからそれほど苦じゃないほどの広さだと思うんだが」
拡張した畑の大きさを具体的なもので例えるとすると某東京ドームの6こ分ぐらいだろうか? よくわからないけど。
「なかなかの広さだな。とても農業初心者が手を出すほどの広さではない。……ふむだとするとかなりの量の肥料が必要だな。こっちで用意しておくからな。それで何を育てるんだ?」
「まずは芋でも育てようと思う。城の食料にしても良いし、売っても良い。そう思っているんだけど甘々な考えか?」
ひとまずは食費削減が一番なので、腹が満たされる食べ物を栽培したいと思っていた。
「わかった。それじゃあ種芋と肥料合わせて金貨30枚でどうだ? 言っておくがこれ以上は下げれないからな」
彼女の苦しそうな顔を見ればよくわかる。最安値なのだろう。
「わかった。それじゃ準備が出来次第送ってやる。支払い方法は今にするか? それともあとにするか?」
今払えるので今は払ったほうがいいだろう。そっちの方が気前の良さを少しでもアピールできるだろう。
「わかった。少しだけ待っててくれるか? すぐに持ってくる。」
すぐに金庫のある部屋に転移をし、金庫の中から30枚の金貨を取り出して袋に詰めてから再び転移。戻ると光が眩しかったのだろうか。光を遮るように腕で視界を覆っていた。
「金貨30枚。契約成立かな?」
袋を手渡し、彼女は袋の中の金貨を一枚ずつしっかりと確認し、30枚ちゃんとあったのだろう。右手を出してきた。これは交渉成立の合図なのだろうか? 少し戸惑いもしたが、俺も右手を出して握手をする。
「今回は別にケーキとかは必要ないから。ほかの客と一緒ぐらいの値段だしな」
「なっ!? は? え? どういうことだってばよ!?」
ほかの客と一緒の値段だと? 最安値じゃないのか?
「いや、なに。普通の値段として下げれないとは言ったが。それともなにか? 最安値だと思っていたのか? それは甘すぎる考えだな」
一泡吹かせてやったと言わんばかりの笑顔で彼女はそう言う。これは騙された。
「……流石、商人。取引に関しては何枚も上手だ」
「伊達に商人を続けているわけではないからな。それじゃあ私の城にまで戻してくれないか? お前のその不思議な魔法でな」
魔法も嗜むのだろう。転移が魔法であるということをわかっていた。いや、魔法だからこんなことができるのだろう。そういう風に思っているのかもしれない。こう考えたほうが合理的だ。
彼女に従い転移。彼女がお汁粉を食べていた場所へと戻ってきた。
「ん~。それでは残っていたお汁粉でも食べるとするかな。あ、そうだ。雅彦」
お汁粉にがっつこうとするのを急にやめてこちらに振り返った彼女。
「お前ちゃんと寝てないだろ。その赤い瞳のせいでそんなに気付かれないとは思うが、私にはバレるからな。それにそんな状態で商談を進めてみろ。私が相手じゃなかったら値を釣り上げられるからな。わかったか?」
怒られてしまった。確かに印象悪くしてしまうからしっかりすれば良かったと少し後悔。
「あぁ。これから気をつけるよ。すまなかった」
どうも彼女は人の事を良く見ている。いや、観察をしていると言っていいだろう。相手のことを注意深く観察して少しの異変を見逃さない。
「雅彦も城のことで色々と辛いだろうけど休む時はきちんと休んでおけ。お前が倒れたら城の経営なんて誰ができるんだ。ここまで援助してやっているんだから、それをふいにするようなことはやめてくれよな」
「悪かった悪かった。今日は帰ったらちゃんと寝るとするよ。それじゃあまた今度」
そして俺は転移でベッドルームに戻った。そこには誰もいなかった。それも当然か。シリルは仕事中だ。
ひとまずは寝るとしようか。俺はベッドに身をゆだねた。




