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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
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~苦悩~

シェリーが勤め始めてはや一週間。

 棒ナッツの売り上げは安定してきて、一日に550本ほど。これからはだんだんと下がってくると思う。一月後には400ぐらいにまで落ちると思う。

 そして、俺はスイーツ作りに没頭し続けている。もちろん昼間は市場で棒ナッツを売り続けている。それから帰宅後に頭を悩ましている。

 それ以外にも兵士がそろそろ暇になりそうという状況も打破しなければいけない。


 俺がこうやって頭を悩ましている間にも兵士達は土地を耕している。もう兵士から農夫にジョブチェンジしても遜色ないぐらいにまで農作業しかさせていない。もしかしたら不満も溜まっているのかもしれない。

 ただ、そろそろ耕す場所もなくなってくる。そうなったら彼らが暇になる。そうしたら何をさせようか。戦闘訓練なんかはしなくても良いだろう。そうそうこの城にまで攻めてくる冒険者はいない。

 だとしたらやはり農業をさせるしかないのだが、どうしよう。問題が次々と押し寄せて俺の行動を邪魔する。

 何をさせよう。何を作ろう。何をやろう。そんなことが頭の中をぐるぐると渦巻いて俺の思考はその渦に飲まれる。

 いつまでたっても同じことの繰り返し。やばい。抜け出せない。

 とりあえず、優先順位だけはつけなければいけない。重要というか、物事の方向性を把握しなくてはいけない。

 やることは農地の肥沃化。マチルダとの交渉用にケーキ作り。そして手のあく兵士への仕事の割り当てだ。

 唯一の救いとして、書物などは全てシリルに委任しているのでそれがないだけで俺の負担は十分に減っている。この負担が俺にのしかかってきたらもう首が回らないどころではない。

「雅彦? 最近おまえの休んでいる姿を見ていないんだが平気か?」

 俺の執務室で頭を悩ましているところに、部屋の扉を少しだけ開けて心配そうにこちらを見ながらシリルは声をかけてきた。

「もちろん。いつも一緒にベッドの中に潜ってるだろ?」

「それはそうだけど、ベッドの中でも頭を悩ませているじゃないか」

 確かにベッドの中でも考え事はし続けている。それでも一応は寝ている。

「とにかくまだ俺は大丈夫だ。そりゃ倒れたりしたら大丈夫じゃないけれども、それまでは働くさ」

 倒れる前にすべてを片付けよう。そうすれば誰も傷つくことはない。俺が倒れでもしたらこの城を任せられるのはシリルしかいない。だから倒れるわけにはいかないのだ。

「倒れる雅彦なんか見たくないからな。倒れる前に必ず私に何か言えよな。絶対だからな」


 シリルはそう言い残して静かに扉を閉めていった。

 まぁ倒れる前に終わらせれば良いのだ。そうなのだ。

 では倒れる前に仕事を再開しようではないか。

 早速、厨房へ向かう。もう何が何でも作ってしまおう。

 厨房に来た俺はふと思った。

 ケーキに縛られすぎているのではないのだろうか?

 そうだ。ケーキだけが甘味ではない。俺の故郷。日本の甘味でも良いんじゃないか。そうだ。

 そうと決まれば簡単なものを作るとしよう。

 その前に明日は休業にしよう。今から餡などを作るとするとかなり時間を要する。寝ない状態であの出店に立ってみよう。必ずと言って良いほどの確率で倒れるに違いない。

 なのでまずはシェリーにそのことを伝えよう。明日分の給料を持って。

 

「こんばんは。シェリー。少しだけお話できないかな?」

 扉をノックして彼女が出てくるのを待つ。しばらくしてからそろそろ寝るのだろう。寝巻き彼女が、なぜこんな時間に来たのだろうかと不思議そうな顔をして現れた。

「こんばんはです。どうしたんですかこんな時間に?」

「あぁ。実は明日一日だけ休業しようと思ってな。そこでこっちの都合で休むわけだから明日の分の給料を払っておこうと思ってな」

 彼女の手首をつかみ、銀貨の入った麻袋を彼女の手のひらに乗せる。それを受け取るのを躊躇う彼女。確かに彼女の性格を考えればこんなことは容易に想像できる。

「なに。シェリーが気にすることはない。受け取ってくれ」

 俺は無理矢理彼女に手渡して転移をする。やり方としては汚いし、次に会うときに返されてしまうかもしれないけれど、それでも受け取ってくれると信じている。


 帰宅後、すぐに厨房に向かい、水のはった鍋に小豆を入れて煮る。

 早く煮えるために鍋の周りを空気の壁を作り、その壁の中の気圧を強める。大学にいたときにオートクレーブを使って大豆を煮たのを思い出したからそれを真似した。

 芯が残っていないことを確認して火から鍋を離し、その鍋に水を少しずつ入れて冷ます。鍋の中の湯は小豆の灰汁などが出て濁っているので、その濁った汁が透明の水に変わるまで冷やしてからざるにあけて水気を取る。別にここで完璧に水を切るわけではない。

 その豆を濾す。ただ濾し器などはないのでそこは俺の魔法の使って目の細かい濾し器を作る。そこで豆を濾す。

 だが、普通に濾すのでは時間がかかるし、そしてなによりも体力の無駄だ。だけれどもここはきちんとやらなければいけない。なので木製のしゃもじを使って丁寧に濾し始める。

 今回はただの趣味というか、即興という感じなので、残った皮を布巾で絞ったりするのはしない。一回だけ濾して出てきた豆の身だけを使う。

 その濾して出てきた身を布巾に包み出来るだけ水分を絞る。そして水分が抜けたものに砂糖と水を加えて火にかけながら煮る。砂糖は2回に分けていれて混ぜながら煮る。混ぜる手を休めればその分、餡は焦げてしまい苦味が出てしまう。だから手を休めずに混ぜる。

 だんだんと水分が抜けて固くなってくる。固くなる分、重くなるので混ぜるのに力が必要になってくる。そしてヘラですくっても餡が落ないぐらいまで硬くなったら完成。こしあんの出来上がりだ。


 もちろんこしあんを作っておしまい。というわけではない。

 だが、今から次の工程に移れば出来上がるのは日が昇るよりも早い。丑三つ時ぐらいになるのかもしれない。

 そんな時間に完成したものをマチルダに渡したところで俺が提案する内容を飲んでくれるなんて甘い話はないだろう。

 だから、次の工程は明日の朝にしよう。出来上がったこしあんは冷蔵庫で保存。

 俺は寝室に向かう。悩み事が一つ減り少しは気が楽になった。

「雅彦。なんだかすこしスッキリしたような顔だな」

 すでにベッドの中にいた嫁が声をかけてきた。まだ起きていたようだ。

「あぁ。とりあえず壁のひとつは消えたからな。それよりもこんな時間まで起きてて明日は平気なのか?」

「誰のせいだと思っている。こんな時間に甘い匂いがするんだ。お腹がすいて寝たくても寝てない状態だ。どうしてくれる!!」

 ベッドから飛び出す彼女。確かにこんな時間に料理をしていたのは飯テロになりうるけれども。

 ただ、このままシリルを放置しておくのは俺の睡眠時間がどんどんと削られてしまう恐れがあるから、ここで彼女に何かを振舞わなければいけないだろう。

「……仕方ない。ついてこい。明日作るものでも食わせてやるから」

 彼女はこの一言でご機嫌になったのか、俺の右腕にしがみついて歩く。もちろん歩きにくいのだがそれは言わない。むにゅむにゅと気持ちの良いものが当たっているのだから。役得。役得。

 冷蔵庫にしまっていたこしあんをお湯で薄める。そのせいでこしあん汁の甘味は減るだろうが、もともとのこしあんの甘味を強めにしていたので、大丈夫だと思う。甘党の彼女でも。


「これはおしるこ。多分こっちの世界じゃ見たことないと思うが」

「ほぉ。これがあの甘い匂いの正体か。でもなんだか色が黒いし、汁もなんだか粘り気があるみたいなのだが」

 やはりはじめておしるこを見たシリル。器に入った汁をスプーンでゆっくりとかき混ぜて様子見している。

「餡の方を最初に食べてみるか? そしたら平気だと思うけど」

 こしあんをスプーンでひとすくい。それの彼女の口の中に突っ込む。

 ゆっくりとスプーンの上に乗った餡を舌で味わう彼女。味がわかったのか、おしるこも飲みだす。もちろん満足顔。ヘラヘラと可愛い締りのない顔だ。

「こんなもの初めてだ。これは一体何から作ったんだ?」

 教えてもいいのだが、どうしようか。でも、教えないとあとあとうるさいことになるだろう。それに教えないという事でのメリットが何一つとしてない。

「これは小豆からできているんだ。普段小豆は食べないだろうけど、こういうふうに加工すれば何にでもできるんだ。

 まだ水に浸してもいない乾燥した小豆を彼女の前に置いて見せる。この豆の存在は知っているのだろう。小豆とおしるこを何度も繰り返し見ている。

「まぁあとそのおしるこに餅だったり栗を入れるなりして工夫をするだけだ。もちろんこしあんを作るのは結構疲れるけどな」

「ふむ。豆はそのまま煮て食べるだけじゃないのか。勉強になったぞ」

 砂糖と入れないとこんな味にはならないが、それでも新しい食べ方を知ってもらえただけでも嬉しい。

「さて、おしるこも食べ終わったようだし今日はもう寝よう」

 彼女が食べ終えた食器を片付けながら言う。すぐに片付けないと彼女のことだ。もう少し、もう少しとねだってくる。

「うぅ。もう少し食べたいが、仕方がない。寝るとしよう」

 流石は食いしん坊魔王様だ。だが、引き際をわかってらっしゃるので今は引いてくれた。

 食器を片付け、二人で寝室のベッドに潜る。

「……なぁ。雅彦はいつまでこんなことをするんだ?」

 そろそろ寝ようとしたところに突然、彼女がそう問いかけてきた。

「いつまで。ってどうしたんだ急に」

「……いや、本当だったら雅彦がやっている仕事は私がやる事だったじゃないか。それなのに雅彦は私のことを怒らないじゃないか」

 だんだんと語尾が小さくなって聞き取りにくくなるが、俺達の距離は短すぎる。十分に聞こえる距離だ。

「怒りなんかしないさ。そもそも俺がお前を怒れる立場じゃないさ。俺はお前に救われたんだ。もちろん怒る時は怒るだろうけど、こんなことじゃ怒らないさ」

 本心から思っていることを伝える。

 この世界に初めて会った人が彼女。その彼女は行くあてのなく身寄りもない俺を、昔からの掟で夫にしてくれた。

 そんな彼女をこんなことで怒ることなんてできやしない。彼女が道を誤った時ぐらいにしか俺は怒れない。


「じゃあいつ怒るんだ?」

「そんなことを聞いてどうするんだ?」

 彼女がどうしてこんなことを聞いてくるのか。その意図が掴めない。一体どうしたのだろうか?

「……私が雅彦の行動を色々と縛っているのではないのかを思ってな。本当だったら雅彦はカロチニンでの商売をしているというのに、今はこの城の城主だ。いくらあっちの店が完成するまでという期限付きだとしても、それまで私のせいで縛っているような気がしてな」

 色々と彼女の思うところがあったようだ。確かにこの城に来てからあれよあれよとこの城の城主にまでなってしまったが、俺が城主になったのも彼女を守るため。それに彼女に恩返しをしたいという気持ちもある。

 本当に俺はシリルに対して甘すぎるのかもしれない。でも、心を鬼にしてまでこの気持ちを変えようとも思わない。

「別に縛られてるとは思っていないよ。それに俺がやっていることはいずれシリルに引き継いでもらうつもりだ。俺がやっているのは地盤作りだ。色々な所と交渉して出来るだけこの城に利益が出るような貿易をしたい。それにな、俺はいつまでもココの店で働く気はないしな。ココには内緒だけど」

「え? どうしてだ? 雅彦は料理がしてくてココの店にいるんじゃないのか?」

「もちろん俺が造った料理を出す場所があるのは良いが、あの店は俺の店じゃない。あそこはココの家族の店だ。だからココが誰か彼氏を連れてきたり、ココの親父さんが帰ってきたときはあの店から去ろうとは思っている。まぁその時が来るまではココの保護者としてあの店に居続けると思うが」

 この際、シリルにはすべてを伝えておこうと思う。俺がどんなことを考えてどういう風に行動をしているのかを。

「そうか。そうなのか。雅彦はいずれここに戻ってきてくれるのか。でもここだと雅彦の料理で商売は出来ないぞ?」

「なに。商売だけがしたいわけじゃない。俺が作った料理を食べて美味しいそうに食べる顔が見たいんだ。それに俺が一番見たいのはお前の顔だ」

 自分で言っててだんだんと恥ずかしくなってくる。本当にくさいセリフだ。よくこんなことが言えたものだと褒めてやりたいぐらいくさい。それでもこれは俺の本心だし彼女に伝えることだ。

「……うん。ありがと」

 俺とシリルは向かい合っているので、お互いにお互いの表情が見えている。もうあれだ。恥ずかしすぎる。

 その恥ずかしさを紛らわすために俺は彼女の右頬に触れる。柔らかくふにふにと柔らかい。つきたての餅のようだ。

 彼女も恥ずかしさを紛らわすように何かをしているようでまだモジモジとしている。なにか一大決心をしたように一拍おいてからこちらを向いた。

 そして彼女の顔がこちらに向かってきて、唇と唇が触れた。触れたらすぐに離れてしまった。そんな軽いキス。

 キスをした彼女はキスをするよりも恥ずかしそうに身悶えしている。紛らわせていないじゃないか。本当に可愛いです。

 それから俺達はそんな軽いキスを何度か繰り返してから寝ることにした。

 もちろん寝れることはなかった。



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