再会1
「…っきゃあ…!?」
振り返った松倉綾菜は、着ていたワンピースを床にずり下ろし驚いた顔で翔平を見ていた。
ホックを外した大きなピンクのレースが付いたブラ。
それも、頼りなく肩のストラップがズレ、豊かな白い胸を抑えることなく浮いている。
「………!」
翔平は慌てて目を逸らそうとした。
――はずだった。
なのに、一瞬だけ視界に焼き付いた白い肌から、どうしても目が離せない。
幼い頃に見た夢愛の細い華奢な肉体は、大人の色香を纏い、全身で男を惹きつけてしまう。
なぜこんなことになったのか…
話は、約5時間前にさかのぼる。
※
夢愛の最後のメッセージから3日ほど経っていた。
(お盆明けた…仕事も…再開か)
その日、翔平はどんよりした雰囲気で勤め先にいた。
「おはよございまーす」
「よろしくお願いしまーす」
代わる代わる、明るい声が交差していく。
ここは、翔平が務める某テレビ局のスタジオと控室をいく渡り廊下である。
その日、深夜だが特番として人気グラドルを何人か集めての「赤裸々」トークショーの収録があった。
衣装にまだ着替えず、若手のグラビアアイドルが何人もキャピキャピとした声でお辞儀をしている。
そして、挨拶を済ませて大部屋の楽屋へ駆け込んでいた。
「吉永ぁ!お前、ちゃんと挨拶回りしてんだろうな!」
「はい。司会の〇〇さんと、〇〇▲さんの楽屋にはあいさつと差し入れを渡しています」
遅れて現れたプロデューサーは昔堅気の男で、肩で風を切って檄を飛ばしている。
翔平は抑えるべきタレントにはしっかりとコンタクトをとっている。上司は分かりやすく舌打ちした。
プロデューサーが可愛くない翔平を驚かすために言った。
「おい。今日はその辺に転がってるグラドルの寄せ集めの番組じゃねぇぞ」
「…サプライズゲストですか?」
察しの良い翔平。 上司はニヤニヤして耳打ちした。
「今や、超大物グラドル!むかーし、俺が目をかけてやってたんだけど、出世したんだよ…」
「それは…すごいですね」
コンプラが気になるような語り口だが、あまり細かく聞かないのも処世術だ。
うまく聞き流しながらも、期待したいような目を演出して「どなたですか?」と聞く。
「松倉綾菜だよ。今や、インスタとユーチューブの女王的存在だ」
※
「ああ……」
翔平は小さく頷いた。
ここ最近、駅の広告でもよく見かける。
帰省中には、弟が毎日のように動画を見ていた。
「弟が好きなんですよ」
「弟?」
「大学生なんですけど。動画も全部見てるみたいで」
「へぇ」
プロデューサーは意外そうに眉を上げた。
「まぁ、若い男は好きだろうな」
「かなり人気ありますよね」
そう答えると、プロデューサーは鼻を鳴らした。
「人気だけじゃねぇよ」
「と言いますと?」
「頭のいい子なんだよ」
妙に自慢げな口調だった。
「売れる奴には理由がある。顔がいいだけ、胸がでかいだけのグラドルなんて掃いて捨てるほどいる」
そう言って、廊下の向こうで談笑している若手グラドルたちへ顎をしゃくる。
「でも松倉綾菜は違う。何が求められてるか分かってる。自分をどう見せれば人が集まるかも知ってる」
「……なるほど」
「頭のいい子だよ。そういう子は売れるんだ」
なぜか自分のことのように誇らしげだった。
翔平は曖昧に頷く。
正直、そこまで詳しくは知らない。
ただ――
あのだらしない弟が夢中になるくらいには、魅力があるのだろう。
「ほら、ぼさっとしてるな。楽屋行くぞ」
「はい」
翔平は資料を抱え直し、プロデューサーの後を追った。
楽屋前に着くと、プロデューサーが軽くノックをした。
「失礼しまーす」
扉が開く。
翔平は反射的に背筋を伸ばした。
人気グラドルの楽屋。
もっと華やかな光景を想像していた。
だが――
「松倉綾菜です。本日はよろしくお願いします」
先に立ち上がった女性は、思いのほか地味だった。
肩まで伸びた髪は巻かれていない。
化粧もほとんどしていないように見える。
細い銀縁の眼鏡。
淡い色のワンピース。
ブランドロゴを見せつけるような派手さもない。
それなのに、深々と頭を下げる姿は妙に目を引いた。
背筋がすっと伸びていて、所作が綺麗だ。
育ちが良さそう、とでも言うのだろうか。
思わず翔平は面食らう。
(……意外だな)
動画や広告で見かける姿とは印象が違う。
もっと派手で、自己主張の強い女性を想像していた。
「こちら、うちのAPです」
「あ、吉永翔平と申します。本日はよろしくお願いいたします」
名刺を差し出す。
松倉綾菜は両手で受け取った。
「ご丁寧にありがとうございます」
柔らかく微笑む。
その笑顔に、なぜか少しだけ既視感を覚えた。
だが、もちろん気のせいだった。
そして、名刺をもらった時松倉綾菜の目は一瞬だけ引きつったのを翔平は気づかない。
(……どうして翔平くんが、ここにいるの)
名前も変えた。 顔も変えた。 夢愛という人生は、もう終わらせたはずだった。
なのに――。
目の前にいるのは、すべてを知る唯一の同級生。




