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3-2 午後の幕間

 昼休み。

俺は中庭のベンチに背を預け、ぼーっと空を見ていた。

流石に土日のイベントが重すぎた。

土曜日はノエルに引っ掻き回された上に、怪獣vs魔法少女の戦いに巻き込まれ、日曜日はマザーギリタブリルとレアアイテム回収後に邪神教団との闘争。


「これは3テツしてエロゲ5本連続クリアした時よりもきつい‥‥‥

流石に疲れた‥‥‥」


俺はそのまま目を閉じ、風の音を聞く。

サラサラとこずえがなり、優しい風が頬を撫でていく。

木の上で小鳥がその美しいを響かせている。

平和だな~~

弛緩しきった思考でそんなことを考えていると、


「ちょいや!!」


俺の頭上、こつんと何かが降ってきた。

何だろう?


俺は薄っすらと瞼を開けてその何かを確認する。

それは人の手。

小さくて可愛らしいチョップの形をした手が俺の額に当たっていたのだ。


「何をそんなところで黄昏てるんじゃ?」


声と共に後方から俺の顔を覗き込んでくるのは一人の幼女。

二つに結わえた白髪を風になびかせ琥珀色の瞳で俺を見つめるその人は、我らが白筑学園学園長、楯無瑚兎、その人だった。


「ああ、瑚兎か‥‥‥」


俺がぼんやりとした頭でそう答えると、瑚兎は少し拗ねたような表情で顔を近づけて来る。


「瑚兎か、とは何じゃ瑚兎か、とは。

まったく、今日のお主は腑抜けておるな」


そして俺から顔を離すと、ひょいっとベンチを飛び越え、そのまま俺の膝の上に納まってきたではないか。

俺達はそのまま向かい合わせの形で見つめ合う。


絡み合う視線。

太ももの上にかかる確かな重み。

肌に伝わる温かい体温。

爽やかな草原の様な香りもする。


それらを自覚し、ぼやけていた俺の意識が一気に覚醒する。


「!?!?!?

お、お、お、推しが、なにしちょりやがりますのん!?!?!?」


おおう、思わずよく分からない言葉が出てしまったよ。

でも、それもしょうがなかろう?

何せ今、俺の膝の上に居るのは俺の推しなのだから!!


基本オタクはノータッチノーキッスが原則だ!!

推しは崇め奉るものであって、触れない舐めない撫でまわさないが原則だろう?

それを、こんな、こんなサービス、受けてもいいのだろうか?


はっ、でもこれはもしかしたらこれは夢?

俺はまだベンチで寝ている最中なのでは無いだろうか?

あるいは、ここで全ての運を使い果たし、この後死ぬ運命とかか?

それもあり得そうで怖いわ。


そんな混乱の渦中にいる俺の頬を、瑚兎はその両手の平でムニュリと押すとそののまま上下左右にいじり倒し始めた。


その力は強すぎず弱すぎず、俺の顔は弄ばれる。

一方の瑚兎はその顔がツボに入ったのか、ふははははと、とても楽しそうに笑っている。


くっ、推しの笑顔がこんなまじかで見られるなんて、死んでもいい!!

心の中でガッツポーズをしている俺をしり目に、瑚兎は声を上げて笑っている。


平和な時間。

緩やかな時の流れ。

目の前で笑顔を見せてくれる推し。


まったく、そんな子供みたいな顔してさ。

こんなの見せられたら疲れも吹っ飛ぶわ。


最初こそ俺も驚きのあまり抵抗を試みたが、今はもうされるがままである。



そうしてどれぐらいの時間が経っただろう。

一通り笑い終えた瑚兎が俺と視線を合わせる。


「それで、何を考えておったのじゃ?」


「何って‥‥‥」


「何も悩んでいなかったとは言わせぬぞ、あんな顔で黄昏おって」


その言葉に思わず自分の顔に触れる。

俺はそんなに深刻な顔をしていただろうか。

自覚はない。


だが、とそこで思い直す。

瑚兎が指摘するなら恐らくそうなんだろう。


度重なる連戦。SAHとは違う展開。

俺の予想できないことが増えていく一方で、俺は本当に推しを守れるのか、その不安は常に頭の隅にこびりついて離れなかった。


思わず渋面を作る。


「ほれまた先ほどの様な顔をしてるのじゃ」


瑚兎が自らのこめかみに指をあて、眉を引き上げた変な顔をしている。

一瞬その顔におかしさがこみ上げてくるが、瑚兎はその顔をすぐに真剣なものに戻すと俺のことをじっと見つめて来た。


「ほら、この学園長様に話してみるがいいのじゃ」


その声音は真剣そのもの。

先ほどのやり取りで少し元気を取り戻していた俺は、だが、その問いにさてどうしたものかと答えあぐねる。


だってそうだろう?

瑚兎が味方になってくれれば百人力どころか百億万人力だ。

しかし、俺は邪神教団と彼女を出来るだけ関わらせたくないのである。


SAHの世界で瑚兎は、邪神教団の策略によって殺される。

未だ都市襲撃の気配はないとはいえ、第8席の阿賀稚が動き、第7席のユリアヌスが暗躍しているこの現状、何がきっかけで瑚兎の死亡フラグが発生するか分かったものじゃない。


改めて考えると今の状況はそれほどまでに不安定なのだ。


本来封印されているはずの邪神の復活。

バビロンの呪いを用いた忌み子の量産と呪い子の出現。

この時期ではありえない邪神教団の活発化。

いずれも俺の知っているSAHのストーリーとは違いすぎる。


もし、このまま、推し達の悲劇を救うことが出来なかったら――――


そんな不安が具体的な形をもって俺の中で膨れ上がっている。


とそこで、瑚兎は俺の膝の上で姿勢を正し、俺の瞳の中をじっと覗き込んできた。

不安が顔に出ていたのだろうか。

その琥珀色の瞳はまるで俺の全てを見透かそうとしているかのようだ。


柔らかな風が二人の間を流れ、瑚兎の長い髪が揺れる。


「のう、刀祢よ」


瑚兎の艶やかな唇が開く。

それは、普段の瑚兎からは想像できないような落ち着いた声音。


「儂はな、戦いが好きじゃ」


語られるのは瑚兎の心、その奥底。


「交わる剣戟、沸き上がる衝動。

生きたい、強くなりたい、輝きたい、異性にもてたい、誰かを護りたい。

どんな願いでもいい。

己の信念に誓い、魂を猛らせ、それを成さんと叫びを上げる。

そういった魂と魂が震えあう、そんな戦いが儂は大好きじゃ」


瑚兎の瞳には闘争の炎が見える。

それは黄金の激情、魂の輝き。


「じゃがな、――――」


だが、瑚兎はそこで言葉を止める。

そして己の中の何かと向き合う様にそっと目を閉じ、胸に両手を当てて考え込む。


「儂にはそれよりも大事な物がある、何かわかるか?」


その問いかけに対して俺は答えない。

それはまるで瑚兎が自分自身へと問うているかのようだったから。


それから数秒、気持ちの整理がついたのか、瑚兎はゆっくりと瞼を開ける。


そこには先ほどとは異なり、黄金の泉のごとき澄んだ輝き。

その、吸い込まれそうな琥珀色の瞳に見つめられ俺は言葉を無くす。


梢から洩れた木漏れ日が瑚兎の顔を輝かせ、風が瑚兎を包む様にその髪をふわりと浮き上がらせる。

その中で、瑚兎は穏やかな、とても穏やかな笑みを浮かべている。


「それはな、子供達の未来じゃよ。

この子は何を望んでいるのじゃろう?

この子は将来どんな夢を抱くのじゃろう?

どんな大人になり、どんな未来を紡いでいくのじゃろう?

そんなことを想像しながら、その子達が成長していくのを見るのがどうしようもなく好きなのじゃ」


瑚兎の手が優しく俺の頬を包み込む。

その声が、その表情が、慈しむ様に俺を包んでいく。


「じゃから儂は学園長などをやっている。

子供達の行く末を見守るために、少しでもより良い未来を紡いでいけるように、その一助に成れればいいと」


不意に瑚兎の顔が近づき、俺と瑚兎の額がコツンと合わさる。


「むろん刀祢とてその一人じゃ」


思わず頬が熱くなる。それはまるで子供の頃に感じた両親のぬくもりのよう。

至近距離で俺を見つめる視線が、俺の全てを許し、抱擁し、支えてくれている。

俺の心に温かな熱が灯っていくのが分かる。


「のう、刀祢。

道を見失いそうな時、不安で押しつぶされそうな時は、今日この時を思い出すのじゃ。

儂はいつでもお主の味方じゃよ」


そう言って、瑚兎は俺の背中に手を回すと、ふわりと、まるで壊れ物を扱うかのように優しく抱擁した。

心が温かい何かに満たされていく。

心に淀んでいた不安がすっと溶けていくのを感じる。


ああ、本当にこの人は、俺の推しだな――――


そうして穏やかな木漏れ日の中、俺はその抱擁に身をゆだねるのであった。

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