― スナイパー2 ―
望月家・夜の居間。時計の針は、まもなく21時を指そうとしていた。
ソファに寝転んでいたさくらは、テレビのリモコンを投げ出すように置き、つまらなそうに呟いた。
「9時ジャスト」
その声と同時に、玄関のドアが「カチャリ」と開く音が響いた。
「ただいまー」
「おかえりー、お兄ちゃん」
少し間をおいて、さくらは皮肉交じりに続けた。
「それにしてもさ、付き合ってるって言ってた割に、毎回9時には帰宅って、いまどきプラトニックラブかよ」 「大学4年で門限もないのに早ぇーなー」
勇真は「うっ」と言葉に詰まり、玄関でスニーカーを脱ぎながら眉をしかめた。
「なにそれ、どこで覚えた言葉だよ」
「高一にもなればいろいろ学ぶんだよ。ていうか、今どき付き合ってんのに手もつないでなさそうって、珍しいよ?」
「つないでるわ!」
そう言い放ち、リビングテーブルでお茶に口を付ける勇真。
思わず語気を強めた勇真に、さくらはニヤリと笑った。
「ふーん? でも門限9時をきっちり守って帰ってくるお兄ちゃんとか、ちょっとどうかと思うよ?たまには、お泊りデートでもしてきたら?」
「ぷっ!」勇真は飲みかけたお茶を吹き出しそうになる。
その言葉に、台所から母・陽子が笑いながら口を挟んだ。
「さくら、あんたお兄ちゃんをいじりすぎだよ。お兄ちゃんはそういうところがきちんとしてるの。凜ちゃんのお母さんに心配かけたくないんでしょ?」
「はーいはーい、清く正しく美しいお付き合いですねー」
さくらはおどけた口調で言いながらも、内心では少しうらやましかった。
(凜ちゃんが、なんであんなに嬉しそうに笑うのか、最近ちょっと分かってきたかも)
リビングのソファに座った勇真は、スマホを取り出し、凜からのメッセージを確認する。
「今日はありがとう。ちゃんと帰れた? お父さんのテニスのアルバム、見てくれてありがとうね」
――ちゃんと帰れた?って俺、毎回21時には帰ってるし。
「じゃあ、2階に行こうかな」 そう言って勇真は静かに立ち上がると、さくらの頭をぽん、と叩いた。
「痛っ、なにすんの!」
「お前にはまだ分からないんだよ、プラトニックの良さが」
「うわ、なにその自信。キモ!」
「俺はさ、ちゃんと大切にしたい人を、大切にしてるだけ」
その言葉に、さくらは少しだけ目を見開いた。
「へぇー……」
さくらは部屋のカーテンを少し開けると、夜空には一つ、星が光っていた。
——
翌日、さくらはクラスの友達にこう言った。
「うちの兄貴さ、大学4年のくせして、デートの日の帰りの帰宅時間ほぼいつも9時なの。絶対に。雨でも風でも台風でもだよ。まじ、昭和かっていうのね? プラトニックラブでしょ」
さくらは少し呆れたような笑みを浮かべて、机に頬をつけた。
「え、むしろ尊くない?」
「うわ、尊いとか言うな。リアルに聞くとゾワる」
「でもさ、なんていうか、付き合ってんのに、すっごい健全っていうか真面目すぎって感じなのよ」
「しかも凜ちゃんも凜ちゃんで、きっと夜8時くらいには『もう帰らなきゃ』って言ってると思うの。まるでシンデレラよ」
「え、それってヤバくない?」
「わかる?これ、ガチで毎回なのよ。凜ちゃんとデートしてても9時にはピンポーンって帰ってくるわけ。で、玄関で『ただいまー』って。マジで時計かと思う」
「やば、律儀すぎでしょ」
「ははははは!!ほんとそれ!!」
「やっばい、 うちの兄なんか彼女んちに入り浸って門限なんてとっくに死語だよ?」
「さくらんちだけ時代が昭和?」
でもさくらはちょっとだけ、誇らしげだった。
――お兄ちゃんはバカだけど、ちゃんと好きに対してもまっすぐなんだよ。
そして凜ちゃんも、そんなお兄ちゃんが好きなんだろうなって。
(それなら、お兄ちゃんのくせに、ちょっとかっこいいじゃん)
心の中だけで、さくらはそう思っていた。
——
さくらの言葉に不機嫌なまま、2階に上がった勇真――
(さくらのヤロー、また痛いところを打ち抜いてきやがった……)




