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星願未遂 ふたりの長いものがたり リマスター版  作者: つくね


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25/52

― 迷い ―


 夜の部屋は、読書灯のやわらかな明かりだけが灯っていた。窓の外には、春の雨が静かに降り始めた。しとしとと、どこか懐かしい音。


 ページを閉じた文庫本の上に、小さな星のペンダントがそっと置かれている。

 凜はそれを指先で、そっと撫でた。

 そっとチェーンを指に絡める。

 そして、ゆっくりと、深く、息を吐いた。

 視界の端に、光が映る。

 冷たいはずの金属が、なぜかあたたかく感じる。

 凜は机に向かっていた。けれど、本を開いても文字は目に入ってこない。胸の奥が、ずっと揺らいでいた。


 本当は、さっき神社で合わないほうがよかったのかも。

 勇真、なんで、あんな風に笑えるんだろう。

 勇真はいつも、そうだった。本当は優しいくせに、私の心の中に気づいてたくせに、見ないふりしてた。


 私だって、どうしてこんなに自然に笑えるんだろう。

 翔太くんといる時、私はいつもちゃんとしなきゃって思ってた。

 話題を探して、沈黙が怖くて、笑顔を作って。

 でも、勇真といると、何も考えなくていい。

 言葉を選ばなくても、話さない時間がいくらあっても、怖くない。


 ただ、風の音と鈴の音が心地よくて、勇真の声が隣にあるだけで、胸が温かくなる。

 翔太くんは完璧で、優しくて、努力家で誰もが憧れる人。

 なのに、どうして私は、彼といても心が動かないんだろう。

 勇真と話していると、昔の私に戻れる。

 けど、勇真にはもう麗華ちゃんが居るんだよ。無邪気で可愛い彼女が――


 雨が静かな部屋の窓をたたく音が聞こえてくる。

 翔太くんはちゃんと私を見てくれるけど、勇真の事を忘れられるほどの気持ちにはなれなかった。私、どこかでずっと逃げてた。

 勇真を忘れることで自分の心を守っていた。もし勇真を好きだって、ちゃんと認めてしまったら、自分が壊れてしまいそうだった。

 勇真の事をいつまでも気にしている私は、翔太くんを裏切る事をしている。私って嫌な女だね。

 逃げてちゃ、ダメ、嘘をついたまま、翔太くんと向き合うのは違う。

 だから自分のふらついている気持ちに、終止符を打つためには二人から離れるしかない。


 カーテンを少しだけ開けると、雨はまだ止んでいなかった。

 その向こう、街の灯りがぼんやりとにじんでいる。

 もう決めた。

 これを、想い出ごと手放すことで、前に進む。

 気づけば、いつの間にか首にかけていたペンダントチェーンを、ゆっくりと首から外す。


 気づけば、目元に涙がにじんでいた。

 こんなにも誰かを想って、こんなにも誰かを忘れようとして。

 その両方に、もう耐えきれなかった。

 (もう、あなたに願いごとはしないよ)

 光のない星に、そっと指を添える。

 (今までありがとう。ずっと、ここにいてくれて)


 今度、あの場所へ行こう。

 子供のころに勇真や家族で行った水族館の近くの埠頭。

 (そこであなたとも、お別れする。これで、終わらせる。終わらせて、それから、新しい自分を始めるんだ)

 最後の言葉は、涙ではなく、強い決意だった。


 きっと、明日は晴れる。そんな気がした。

 凜はゆっくりと目を閉じ、ひとつ深呼吸をした。

 (明日、ちゃんと翔太くんに自分の気持ちを話す。これまで何も自分で決められなかった私だけど、今度こそ、ちゃんと出来る)

 小さく、でも確かに凜の中に自分を信じる気持ちが芽生えた。


 その夜、凜は久しぶりに、夢を見た。

 流れ星が落ちていく川辺で、小さな手が彼女の手を掴んでいた。

 幼い頃の記憶。

 あの星の夜。


 夢の中の凜はまだ、あの星から手を離せずにいた。


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