表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星願未遂 ふたりの長いものがたり リマスター版  作者: つくね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/52

― 決別と決心 ―


 窓の外には、雪がちらつく。すごく冷え込んだ夜。

 もうすぐ日付が変わる頃だった。勇真は、机の前で頬杖をつきながら、開けたままの引き出しをぼんやりと見つめていた。


 今日、麗華に告白された。笑顔で、まっすぐに。どこか強引で、でも本気だった。

「好き……ずっと前から」

 そう言われたとき、返事がすぐに出なかった。誰かの顔がよぎったからか、勇真は窓の外に目をやる。


 今ごろ凜は、翔太とどんな風に過ごしてるんだろう。考えても、意味のないことだ。


 その時、スマホが振動した。麗華からのメッセージだった。

 「返事、待ってるね。今日じゃなくてもいいよ」


 きちんと考えるよ。真正面から向き合ってくれた麗華を、傷つけたくない。目を逸らすのは卑怯だ。

 凜のことは、もう終わったこと。翔太と一緒の未来へ歩き始めたじゃん。そう、思わなきゃいけないのに。終わってくれない気持ちが、ずっと胸の奥に残っていた。

 俺は小さいころから、自然と凜を守るのは自分の役目だと思ってきた。でもそれは自分の独りよがりだったわけで、もう、凜には翔太が隣で守ってくれている。


 意を決した勇真はスマホを手に取り、深呼吸を一つ。そして、文字を打ち始めた。

 「麗華ちゃん、ありがとう」

 「ちゃんと、考えたよ」

 「俺でよければ、よろしくお願いします」


 送信を押した瞬間、またひとつ、何かが引き出しの中にしまい込まれた気がした。

 勇真が凜への思いにけじめをつけた夜。

(これって、春が来たって言うんだろうか……でも今までずっと抱えたままのモヤモヤが、少し晴れた気分でもある) 


 それは、誰にも言えなかったままの、胸の奥の本当の気持ちだった。



——

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、まるで祝福するように部屋を照らしていた。


「んっ、あれ、もう朝?」

 麗華はぱちりと目を開けた。時計はまだ6時を指している。いつもなら二度寝する時間なのに、今日は違った。

「うそ、目覚ましより早く起きちゃった!えっ、なにこれ、わたし超ハッピーじゃん!」


 ベッドの上でくるりと一回転。毛布がクシャクシャになるのも気にせず、両手を広げて天井を見上げる。

「昨日のこと、夢じゃないよね?ううん、夢でもいい!だって、勇真先輩がうんって言ってくれたんだもん!」


 スマホを手に取り、画面を開く。昨日のメッセージ履歴が残っている。

「ありがとう、俺でよければ、よろしくお願いします。ふふっ、ここ、何回見てもニヤける〜!わたし、ダントツの優勝!」

 麗華は枕をぎゅっと抱きしめて、ベッドの上でバタバタと足をばたつかせた。


「よーし!今日はいつもより綺麗にして、勇真先輩に昨日よりもっと好きになったって言わせる!」


 鏡の前に立ち、寝ぼけた顔を確認する。

「よし、麗華、今日のあなたは世界一幸せな女の子だよ!」


 その笑顔は、昨日よりも輝いていた。



——

「でさ、昨日の話なんだけど」と友達の今日子が話し始めると、麗華はふと空を見上げた。

 風が心地よくて、空はどこまでも青い。だけど、麗華の視線はその先にある誰かを探していた。

(勇真先輩、今どこにいるんだろ)


 昨日の告白の余韻が、胸の奥でふわふわと踊っている。彼の「俺でよければ」という一言が、何度も頭の中でリフレインしていた。

「麗華? 聞いてる?」

「えっ? あ、ごめん!ちょっとぼーっとしてた」


 今日子がニヤリと笑う。「もしかして、望月先輩のこと考えてた?」

「うん。なんかね、今すぐ会いたくなっちゃった」

「えー!お弁当の途中なのに?」

「だってさ、昨日付き合おうって言ってもらって、今日まだ顔見てないんだよ?なんか、もったいない!」

 麗華はお弁当箱を閉じ、立ち上がった。

「ごめん、ちょっとだけ行ってくる!あとで戻るから!」

「行ってらっしゃーい!青春爆走中だね!」

 麗華は笑いながら手を振り、芝生を駆け出した。スカートの裾が風に揺れて、昨日より少しだけ軽やかだった。



——

 勇真と麗華と付き合い始めたと凜が知ったのは、教室の何気ない会話だった。

「望月って、あの水瀬麗華と付き合ってるらしいよ。マジかわいいよな〜」

 凜は笑って聞いているふりをして、目の前のプリントに視線を落とした。

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 なんとなく、うすうす感じていた。このごろ勇真は自分と目を合わせなくなった。最近見かけることが少なくなっていた勇真の笑顔。


 その日、帰り道。

 凜は気づけば足が神社へ向いていた。昔から何度も来た場所。勇真と競争して階段を駆け上がったことも、駄菓子を食べながら境内の大きな木に寄りかかったことも、全部ここだった。

 だけど、ここに来たところで何かが変わるわけじゃない。でも、長い時間を共有した記憶がこの場所に残っている気がして、足が勝手に止まった。

 鳥居をくぐった瞬間、空気が少しだけひんやりした。夕方の光が石畳に細長く伸び、風に揺れた枝葉の影が静かに揺れる。誰かの手で鳴らされた鈴の音が、境内に淡く響き、胸の奥をふいに掴まれたような気がした。

(勇真が誰かと付き合うなんて、当たり前だよね……わかってた)

 そう思おうとするたび、胸の奥がじわりと熱くなる。

 喉の奥がつまるみたいで、呼吸がうまくできない。

 社殿の前で立ち止まる。

 真っ直ぐ立つつもりが、足元がふらついた。

(わたしだって、翔太と歩き始めてる。もう戻れないんだよ。戻っちゃいけない)

 言い聞かせても、心は言うことを聞かなかった。

 勇真が自分を避けるようになった理由を、ただのタイミングだと笑って流してきた。でも違う。わかってた。勇真はもう、自分の知らない場所で誰かと笑っている。


 胸のどこかで、ぽとりと何かが落ちた気がした。

 それが未練なのか、後悔なのか、自分でもわからない。

 凜はそっと目を閉じ、深く息を吸った。

(大丈夫。わたしはちゃんと自分が決めた前を向く。)

 そう思いたかった。思えるようになりたかった。

 けれど、胸の奥の小さな揺れは、まだ収まりそうになかった。

 凜は小さく息をつき、ポケットの中でこぶしを握る。

「よし……帰ろ」

 誰に聞かせるでもない声が、境内に吸い込まれていった。

 階段を下りようと歩き出した瞬間、ふと振り返ってしまう自分がいた。


 スマホを取り出す。翔太からの未読メッセージがひとつ、光っていた。

『今日、帰りに会いたいな』

 画面を見つめる指先が少し震える。

 だけど、すぐに気づかれないよう深呼吸して、落ち着かせた。

 わたしは翔太くんと進んでる。

 凜は小さく笑顔を作り、返信を打った。

『ごめん、少し寄り道してた。これから帰るね』

 送信したあと、胸の奥に残る霧は晴れなかった。けれど、それでも歩き出す。

 石畳を抜け、神社を出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。影が長く伸び、その先に続く道が、どこか知らない未来へ向かっているように見えた。

 だけど、背中の方で夕風が吹くたび、神社の鈴の音が聴こえた気がして、何度か立ち止まりそうになった。


 数日後、学校で偶然見かけた勇真のとなりには麗華がいた。麗華が楽しそうに話しかけ、勇真は少し照れたように笑っていた。どこかぎこちなくも見えたけれど、それでも確かに手を繋いでいた。



——

 遊園地の空は、午後の陽射しにきらめく。冬の寒い空気の中、ふたりは手を繋ぎ温めあっていた。


「ねえ、勇真先輩」

「ん?」

「やっぱ、変だよね。先輩って呼び方」

 勇真はチュロスを口に運びながら、少し首をかしげた。

「え、なんで?」

「だってさ、もう付き合ってるんだよ? なのに先輩って、なんか距離ある感じしない?」

「だから、今日から勇真って呼ぶね」

「えっ!」

「ダメ?」

「いや、ダメじゃないけど、なんか照れるな」

「よし、じゃあ、これからは勇真で決定ね」

「勇真、あれ乗ろうよ! 絶叫系って、カップルの定番でしょ?」

「こっちこっち!まずはジェットコースターでしょ!」


 麗華はまるで子どものように駆け出した。勇真は少し遅れて追いかけながら、苦笑い。

「いきなりそれかよ、俺絶叫系あんまり得意じゃないんだけど」

「知ってる。そんな感じする。でも、今日くらいはわたしに付き合ってよ。彼氏なんだから!」

 その言葉に、勇真は顔を赤らめながらも頷いた。

「うん。彼氏だ」


 ジェットコースターが急降下するたび、麗華は笑い声をあげ、勇真は必死に手すりを握っていた。

「ねえ、顔真っ青だったよ?」

「勇真って、怖がりなのに頑張るとこ、好き」


 次はメリーゴーランド。麗華が選んだのは、馬車のオブジェ。

「ねえ、これってちょっとロマンチックじゃない?」

「これで、遊園地の人たちに、私たちの事を見せつけるの!」

 ふたりの笑い声が響いた。


 麗華は、勇真の手をぎゅっと握ったまま、そっと呟いた。

「ねえ、次はどこ行く?もっともっと、思い出作ろうよ」

 勇真は、彼女の横顔を見ながら、少しだけ照れくさそうに笑った。

「うん。行こう」

 麗華はスマホを構え、勇真の照れた笑顔を何枚も撮った。


 その後も、射的で麗華がぬいぐるみをゲットしたり、ポップコーンを分け合ったり、ふたりは時間を忘れて二人の時間に浸り続けた。


「ねえ、勇真。楽しい?」

「うん。すごく。麗華って、ほんと元気だな」

「でしょ? でもね、こうして勇真と一緒にいるから、余計に元気になれるんだよ」


 夕暮れが近づく頃、麗華がふと立ち止まった。

「ねえ、遊園地の最後は観覧車にしようよ。思い出って、やっぱり高いところから見る景色でしょ」

「うん。いいね。今日の思い出、焼き付けよう」


 ふたりは手をつないで、観覧車の列に並んだ。

 麗華の手は、温かく感じて、確かに恋人のものだった。


 ゴンドラに乗り込むと、ふたりきりの空間に少しだけ沈黙が流れた。

 麗華は窓の外を見ながら、ふと勇真の手に自分の手を重ねた。

「付き合い始めて、初めてのデートでしょ? ちゃんと覚えててね。わたし、こういうの大事にするタイプだから」


 勇真は少し驚いたように彼女の顔を見た。

「うん。俺も、忘れないよ。今日のこと」


 ゴンドラが頂点に差し掛かると、麗華は小さく息を吸った。

「見て、すごい。全部見える。あのジェットコースターも、さっきのメリーゴーランドも」


 観覧車の扉が開く。ふたりは顔を見合わせて、そっと手をつないだ。

「じゃあ、行こっか。勇真」


その呼び方が、ふたりの関係をそっと照らす、夕暮れの光のようにあたたかかった。



——

 部活帰りの夕暮れ。時おり吹く風に、校庭には桜の花が舞っていた


 テニスコートでは、最後まで残った勇真が一人サーブの練習をしている。その姿を、ふと遠くから眺めていた。

 高校三年生となった翔太は、凜と付き合い始めて半年が過ぎた。だけど、未だに「翔太くん」から変わらない呼び方。手をつないだことも、肩を寄せ合ったこともあったにはあった。

 でもそのたびに、彼女の表情はどこか遠くを見ているようで。俺の中に、答えの出ない違和感が残った。

(どうしてだろう。俺じゃ、だめなのかな)


 彼女のことは、本気で好きだ。ただの綺麗な優等生としてじゃなく、気遣いができて、時折見せる不器用な笑顔に惹かれて。

 でも、彼女はたまに笑うとき、誰か別の人を思い出してるような顔をする。それが、悔しかった。

 教室の窓辺で、笑って話す凜と勇真を見かけたとき。あの自然な空気感に、俺は一歩も踏み込めていない。

(勝てると思ってた。勉強でも、スポーツでも、努力すれば結果はついてくるって。だけど、恋って、なんでこんなに勝ち目が見えないんだろう)

 ポケットの中のスマホを握る。LINEの画面には、凜の既読がついているだけで、返信はなかった。


 ふと見上げた空には夕焼けに染まった雲が、ゆっくりと流れていく。

 (俺は、勇真みたいに、本能の赴くまま全力でぶつかることができない。

 でも、雪解けがくるまで、俺はがんばる)

 翔太は静かに目を閉じた。


 その胸の奥には、「好き」の一言では言い表せない、複雑な思いがあった。



——

 夕暮れのテニスコートは、真昼の熱気がまだ残る空気をまとっていた。


 部活の終わり際、麗華はいつものように笑顔でやってきた。手には冷たいスポーツドリンクと、タオル。

 いたずらっぽく、気づかれないように、木陰からそっと近づこうとしていたその時――


「お疲れさま、勇真」

 勇真を挟んだ向こう側から声がした。


 そこには凜の姿があった。白いシャツに薄手のカーディガン、手には折りたたまれたタオル。

「ありがと。今日は早かったんだな」

「うん。お父さんが今日は少し体調悪いから、わたしがお父さんに付き添ってテニス部の練習を見に来たの」

 二人の距離は自然と近い。言葉が少ないのに、妙に落ち着いて見えた。凜がタオルを差し出すと、勇真はそれを迷いなく受け取った。

「ちゃんと、ご飯食べてる?」

「食べてるよ。お前、昔からそれ言うよな」

「だって、昔から勇真は食事もせずに練習とか無茶するから」

 凜が少し笑った。小さな笑い声。それに、勇真も釣られるように笑う。


 麗華は、二人のやりとりを木陰から見ていた。距離があるはずなのに、その会話はまるで耳元で囁かれているように、はっきりと胸の奥に響いた。

 その時――

 勇真が凜の方をまっすぐに見た時――

 その目、麗華は知ってしまった。

 何かを見守るような目。まるで目の前の人が、この世界で一番大切なものだと確信しているようなまなざし。

 思わず麗華は一歩、後ずさった。麗華に向けたことのない目だった。どれだけ笑っても、デートを重ねても、手を繋いでも……一度だって、あんな目で見られたことはない。


 麗華の手の中に残る、ドリンクの冷たさがやけに現実味を帯びた。

 麗華はそのままその場を後にした。



——

 部活が終わり、帰り道。勇真と麗華。校門の前まで歩いてきた二人。勇真の横顔はいつもと変わらない。優しく、飾らない表情。

 でも、麗華の中では、何かが崩れそうになっていた。


「ねえ、ひとつ聞いていい?」

「ん?」

「凜ちゃんって、特別?」

 その瞬間、勇真の足がわずかに止まった。

「え?なんで?」

「さっき、タオルもらってたでしょ?いつも、私の時はサンキューって軽く言うのに、凜ちゃんの時は、なんか違って見えたから」


 勇真は少し笑って、髪をかいた。

「気のせいだよ。凜とは長い付き合いだからさ、ただそれだけ」

 麗華は、笑顔を作った。

「そっか。うん、変なこと聞いちゃってごめん」

 歩き出す。彼のとなりで、いつもと同じように。

 でも不安でその胸は、ギュッと何かに抑えされたようだった。


 恋人の私には向けられなかった、あの目。

 幼馴染の彼女だけが知っている、あのぬくもり。


 でも私は、気づかないふりをすることしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ