宇宙サバイバル
■宇宙サバイバル
「じゃあ、行ってくるね!」
不安そうな眼差しでこちらを見つめる皆に手を振って“門”に足を踏み入れた。
混沌の紫色のマーブル模様が渦巻く“門”を通り抜けた先は……人の気配がまるでない静寂の世界だった。
樹脂と金属で構成された残響音が響く無機質な空間は、終電後の地下鉄ホームのような雰囲気で、ここが人の世界から遠く離れた場所だと皮膚感覚で伝わってくる。
“門”から出てすぐに、丁度いい広さの居住区域を見つける。
バーナードとクリスティーンは手際よく、設置された端末から、このステーションの現状を確認する。
バーナードが転移前に端末で確認した通り、古代からずっと無人のまま、作業用ロボットによって、最低限のエネルギー消費で状態維持をしていたようだ。
「使用している言語や素材に違いはあっても、機材の役割や操作感は前世の物と大差はないですね。まるで故郷に帰ってきたような気分です」
「古代人が星の民の技術協力で作った物なのだから、互換性はあって当然だ。ともかく、ここを仮の生活拠点にする為にも環境を整えよう」
前世が宇宙生まれの宇宙育ちだからか、クリスティーンは速攻で環境に適応した。
二人が端末を操作して、窓のシャッターを開くと、絶景が目の前に広がる。
「おおーー!!!」
ダンは子供のような歓声を上げて窓に張り付いた。
真っ黒い空間に浮かぶ小惑星群と、その先に輝く太陽。
そして、大気に遮られる事のない鮮明な星空。
「……綺麗」
思わず口から漏れる感嘆。
「見たかった……この景色が……!!」
ダンは感極まった様に目を見開いている。
「人類はどこまでも遥か彼方に行ける。母なる大地から遠く離れても、どれほど危険で苦しくとも、魂が新天地を求めて旅をする……何故ならば……俺達は冒険者なのだから!!」
前世からの念願が叶ったダンは本当に嬉しそうだ。
人は大地から離れて生きていけないと言ったワジャと、宇宙という未知の世界への渇望を抱き続けるダン。
二人の主張は対立しているが、恐らく、そのどちらも真実なのだろう。
大多数の人間とって、住み慣れた土地から遠く離れた未踏地域に赴く事自体が、死亡率の高い狂気的な行動だ。
しかし、それでも、少数の恐れ知らずな者達は、危険を承知で未知なる世界、“彼方”を目指す。
――人類の歴史は、常識と無謀が衝突することで前に進んでいる。
人間という存在は、矛盾を抱えて葛藤し続け……やがては大きな壁を乗り越えていき、幾つもの奇跡の様なパラダイムシフトを起こしてきたのだろう。
初めて見る景色に魅入っている私とダンの傍、バーナードとクリスは端末の設定で忙しそうだ。
「気が済んだら、ここの掃除でもしてよ。これから、しばらくここで寝泊まりするんだから」
苦笑まじりのバーナードの言葉にハッとした私達は、慌てて作業に取り掛かった。
クリスがステーションに設置されている機材の操作方法を説明してくれたので、私とダンも最低限の手伝いが可能となった。
ステーションは想像していたよりも大規模で、その機能は問題なく稼働している。
人間が生命維持活動するのに必要な物資は自動的に生産しており、余剰分はアイテムボックスに収められているので、蓄積された在庫は十分にあった。
私が清掃や食事の手配と日常の消耗品の管理、ダンとプリムがステーション施設の見回り、バーナードとクリスは“門”と“記憶の殿堂”の調査をそれぞれ分担して、私達は作業に追われた。
■
そして、数日後……。
「あの、“門”に関しては、こちらから封鎖したが、まだ稼働可能な“門”は複数あるようだ」
食事も兼ねたミーティングで、バーナードは報告して、クリスは小首を傾げる。
「わたくし達で全て封鎖するべきなんでしょうか?」
「いや、こちらから発信した救助信号を受けて、救助船が来ると連絡が来た。それに同行して大規模な調査船も来るらしい。後でリーブラ機関に知らせる為に現地の座標だけ記録して、応急処置だけ施し、後処理は専門家に任せよう」
彼曰く、“記憶の殿堂”は伝説上の遺物で、一報を聞いた学者達は、手付かずの古代期のお宝に色めき立ったそうだ。
「もっとも、ざっと目録を見る限り“記憶の殿堂”に収められている情報のテクノロジーレベルはカルダシェフ・スケールのタイプ1相当。宇宙進出が直ちに可能となる技術は含まれていないので、星の民からすると考古学的価値しかないですわね」
「それでも、現在の、あの星の人間には過ぎたおもちゃだ」
バーナードはコーヒー風味のカフェイン飲料――私とダンはコレをコーヒーとは認めたくない――を飲みながら言う。
「自力でここまで来れる人間には無用の存在という訳か」
ダンはステーションが自動生産したビタミン入りのプロテインバーを齧りながら呟く。
「そういう事だ。ある程度まで、住民のリテラシーが高まったのならば、星の民による技術的支援は可能だが、現状、あの世界の住民はその域まで成熟していない」
バーナードの言葉にダンは深く頷いた。
「まぁ、その辺はどうでもいいんですが、早く救助船が来て欲しいですわね。もう、ここの食事の単調さには辟易ですわ」
「同感だよ……」
クリスの愚痴に私も同意した。
この、ステーション内の工場施設で自動栽培されている芋と豆から作られたプロテインバーは、味は悪くないが毎日三食食べるにはキツイものがある。
しかし、調理の必要がなく必須栄養素が簡単に補給できて、何より大量に備蓄してあるので、忙しい作業の合間に食べるには丁度良いのだ。
一応、備え付けの自動調理マシンで定食的な物は作れるが、如何にも合成食物なケミカルな味で、メニューも一種類しかない。
今となっては、学園のカフェテリアでバーナードが作る量産式のハンバーガーが恋しい……。
◇
「念の為言っておくが、君達は、もう自動調理マシンに触るな」
バーナードは殺気だった目でクリスと私を睨んだ。
「まぁまぁ、人類の進歩には試行錯誤と、ある程度の尊い犠牲が必要ですよ?」
「まだ懲りてないな、これ……」
先日、食事のバリエーションを増やそうと、クリスは調理マシンに新しいレシピを登録しようとして私も手伝ったのだが……。
――『何か食べたいものはありますか?全く同じ味ではありませんが、分子レベルで食材を再構築するので、仕様的には何でも作れる筈です』
クリスに、そう言われた私が軽い気持ちで、二十世紀の日本ではありふれた家カレーをリクエストすると、彼女はマシンに向かって、しばらくスクリプトを入力したが――出来上がったのは、瘴気が漂う紫色のスライムだった。
……とても食べ物には見えない。
どうしてこうなった?
「クリス様の作る料理は災厄級だったのを忘れていた……」
ダンが青い顔で俯く。
バーナードが、何かヤバいフラグを察知したのか、紫スライムは念入りに分解処置を施して消滅し、事なきを得た。
……最後に『キシャー』という断末魔が聞こえた気がするが……気のせい気のせい。
「おかしいですわね。機材の不具合か、言語の互換性に問題があるのでしょうか?」
「絶対違う……!」
試しにバーナードがスープや菓子類をレシピ登録するが、普通に成功している。
料理としての難易度を考慮しても立派な怪奇現象で、不人気ヒロインの残念補正力は宇宙空間でも健在だったようだ。
■
それからも、私達はステーションの調査とメンテナンス作業に没頭していると、三週間後、救助船がやってきた。
星の民との初めてのコンタクトだったが、彼らは普通の人間のように見える。
救助船と同時に到着した調査船から降りてきた学者やトレジャーハンターは挨拶もそこそこに好奇心で目を輝かせ、早速、周囲の分析を始めていた。
救助隊のリーダーはバーナードに敬礼し、私達は賓客のように救助船内の客室に案内される。
ホテルのスイートのような部屋のソファに腰を下ろしたバーナードが目に見えてホッとしているのを見て、今までそれなりに危険な状況だったんだな、と察した。
「やっぱり、危険だったの?」
私が心配そうな表情で見つめているのに気づいた彼は苦笑した。
「救助船が来るまでの生命維持だけなら問題はなかったが、未知の領域で未経験者二人と不発弾みたいな危険人物を交えた作業は流石にキツかった……大事が起こらなくて本当に良かったよ」
彼の言葉にクリスが首を傾げる。
「わたくしは未経験ではありませんが?」
「マジで自覚ないのか」
「まぁまぁ、可愛い木星流の宇宙ジョークですよ?死ぬほど退屈なステーション任務には中だるみを防止する為にも、危険というスパイスが、一つまみ必要なのです」
「もっともらしく聞こえるけど、絶対違うだろ……大体命がけのハプニングなんか求めてないんだよ……!」
「あら、慎ましいですわね。遠慮は無用ですよ?」
魔王バーナードと残念ヒロインクリスの掛け合いは最早漫才の域に達している。
「でも、これで一安心なんだよね?どこにいくか分かんないけどー。あははー」
気苦労の多いバーナードを少しでも労わろうと戯けて言うと、彼の顔色は微かに陰る。
その変化を見逃せなかった私はやや不安になった。
「えっ?まだ何かあるの?」
「あー、いやいや……この船の行き先は、銀河ジャンクションの一つで、多くの住民が生活している巨大都市で、とびきり安全な場所だけど……まぁ、アリスには何も……ないよ。多分……」
いつも明晰な彼の態度からは考えられない歯切れの悪さに、一体この船がどこに向かっているのか、不安は増すばかりだった。




