恋敗れて国家あり(3)〜リオンの視点
「それなんですけどね」
マイクルは涼しい顔で首を横に振る。
「それだけじゃ、俺が王家の血を引いていると証明出来てないです」
「どうして?君は聖剣を輝かせただろう。あれは王族にしか出来ない御技だと聞いている」
「証明といっても確定ではないです」
「??」
俺は彼が何を言いたいの分からない。
「だって、国民全員が聖剣を握った訳ではないんですから。もしかしたら王家に縁がない平民で聖剣を光らせる人物が、俺以外にもいるかもしれませんよ」
「はぁーー???」
マイクルは学年で、いや、学園で一番優秀な生徒であるが……流石に発想が自由過ぎる。
「国民全員に国宝である聖剣を手にさせる等、現実的ではないだろう……」
「まぁ、そうですよね。だけど、それくらいしなければ、俺だけが聖剣を輝かせると証明出来ないし、ましてや、その事実だけでは王家の血筋は保証してません。それは、あくまで伝説でしかなく、王家の血筋と聖剣の因果関係は理論で解明されている訳ではないですから」
「お、おう……」
「それにですね」
彼は急に顔を引き締め、俺の目を見る。
「俺は、どうしてもケイトを幸せにしたいんです」
その言葉で頭の中にあった細々とした雑多な考えが全て吹き飛んだ。
「俺には彼女が王妃となることを望んでいるとは思えない。彼女が求めているのは自由と冒険、仮に俺が王太子になったとしても、真面目で忠誠心の高い彼女なら王命に従うかもしれませんが、そこにケイトの幸せ……心からの笑顔はないでしょう」
「それを言われるとな……」
ケイトリン・フォスターは王太子の婚約者候補として有力候補であったが、魑魅魍魎が蠢く宮廷は、活発な彼女の資質とは真逆の環境で、周囲の期待とは裏腹に重荷でしかなかったのは明らかだ。
何より、国民からの人気が高かった為に、最も多くの妨害や嫌がらせを受けてきたのだ。
俺にとって王家が“檻”であったのなら、彼女にとっては“牢獄”だろう。
何の罪も犯してないのに、責め苦を受け続けるのは不条理というしかない。
「困ったな……」
溜息を吐くと、マイクルは不思議そうな顔をする。
「何か困らせるような事を言いましたか?」
「俺より君の方が何倍も優秀なんだ。君が王になった方が国民も喜ぶに決まっている」
「そんなことはないです。俺が王になっても融通の効かない官僚的な独裁者にしかなれませんよ」
「ありがたいが、気休めは必要ない」
「違います」
マイクルは力を込めた、はっきりした口調で言った。
「貴方こそ、この国の王になるべきなんです」
「はぁっ?」
予想外の言葉に俺は虚を突かれた。
「俺は学力でも武術でも君に勝てた事はないのだが?」
「リオン様、貴方は以前ダンジョンで言いました。世界を憎んでいる者が慈悲を求める民の上に立ってはいけない、と」
「あ……ああ。確かにそのような事は言ったな」
アレは内なる気持ちを正直に吐露した言葉だ。
今もその気持ちに変わりはない……。
「その後、エンチャンプスの表彰式でアーク・デクスターが暴れた事件で、貴方は彼を厳しく叱責したクリス様に苦言を呈しました」
それも良く覚えている。
はっきり言って、やらかした行動から評価すると、アーク・デクスターは取るに足らない小悪党だ。
それでも、奴には見苦しくプライドに縋るしか、貴族の子息として生きる道はなかった。
そして、社会から転落したのは、一つしかないと思い込んだ選択肢自体が、不運にも破滅の道だったというだけだ。
奴が真っ当な大人になる為の、新しい人生に通じる道に導けなかったのは、周囲の大人達と、引いては国を作る王族にも責任の一端があるとも言える。
たとえ、社会による裁きによって犯した罪に相応しい罰を与えるにしても、あのような言葉の暴力を、打ちのめされて傷ついた……勝ち目のない戦いを強いられた敗者に投げかけるべきではない、と、あの時は感じたのだ。
ただ、俺がそう思ったのは、一歩間違えていたら自分も奴のように、傲慢さに魂を食い尽くされた無様な落伍者になっていたからかもしれん。
「俺から見たアーク・デクスターという人物は、権力を笠に着る怠惰な弱者で、ただの愚かな犯罪者に過ぎなかった。なので貴方の言葉を聞いて驚きました。彼を罰する対象ではなく、温情を与えるべき存在とは考えもしなかった」
マイクルは引き締めた顔を、ふと、緩めた。
「その時、思ったんです。貴方のように厳しく勇敢であると同時に、社会の底辺にいる弱者や落伍者にも思いやりがある人に国王になって欲しい、と。逆に、どれほど優秀でも、能力が低い者の尊厳を軽視している俺のような人間が、声なき民の上に立つべきではない……」
俺は言うべき言葉が見つからなかった。
マイクルは俺に頭を下げる。
「だから、どうか、俺達の王になってください!」
長い沈黙の中、思わず口から出た言葉は……
「君は本当に狡猾だな」
「そうでしょうか?」
「それほどまでに、俺に王太子の座を押し付けたいのか?」
「ええ。こっちも必死ですから」
「ケイトリン・フォスター嬢の為にか?」
「はい、全てはケイトの為です。俺は絶対にケイトリン・フォスターを諦めません!」
「ぶっ――」
過去に自分が放った発言の思わぬ意趣返しに、たちまち吹き出した。
「今のは危なかったな。うっかり乗せられるところだった」
「でも、言った事は全て俺の本心ですよ」
「こんな情けない男に国を託すと言うのか?想い人一人を振り向かせる事も出来ない男に?」
「それでいいんです。少し頼りないからこそ、みんな、リオン様を支えたいと強く思えるんですから」
……マイクルは心の底から善意で言っている。
「絶妙に褒められてないな……」
「あ、いえ……要するに、欠点があるからこそ、それを補うように周囲が自発的に力を貸してくれるんですよ。俺は人を助ける事はあっても、助けられる事はあまりないですから……」
マイクルは首の後ろを掻きながら少し悲しげに自嘲する。
いつも、完璧なヒーローとして堂々としているマイクルだが……日頃の自分の立ち位置に、彼なりに感じ入る哀惜があるのかもしれない。
「多くの優秀な人に臣下として支える生きがいを与えられる人が王になった方が、国としてはより幸福でしょう。その役目はソツのない優等生の俺じゃダメなんです。それに……」
マイクルは確固たる意志を込めて言った。
「俺がどうしても幸せにしたいのは、この世でケイトただ一人です。それ以上に国や国民を愛するなんて出来ません。こんな我儘で無責任な男が、民の上に立つべきじゃないんです」
……これは説得するのは無理だな。
彼の愛と意志はアダマンタイトのように固かった。
□
そして、いよいよ、最後の面談……ある意味、コイツが今日一番の難敵かもしれない……気を引き締めて臨まねば。
「ヴォイジャ王国の新時代を代表する王太子に敬意を捧げ、王族の繁栄を願い、この良き日を祝してメシア様に感謝の祈りを……」
入室するなり、完璧な淑女の礼をする彼女を俺は制した。
「これは別に公式の行事ではない。そもそも貴女は限りなく身内に近い知人で……あー、頼むから普段通りにしてくれ!ムズムズして気持ちが悪い……!」
「あらあら、それでは……お久しぶりですわー、リオン殿下」
――ナンシー・マグネター侯爵令嬢
国内外で才媛として名高い令嬢で、最後に残った婚約者候補でもある。
マグネター侯爵は現国王である父上にとって古くからの親友であり、その娘であるナンシーも、彼のお気に入りの令嬢だ。
だが、彼女は俺よりも腹違いの姉であるクリスティーンに執着しているのは周知の事実である。
俺の婚約者候補となったのも、宮廷で肩身が狭い姉上を支える意図があったのだろうし、実際、彼女は一貫してそのように行動してきていた。
しかし、天衣無縫で無頼な姉上は、俺達の手の届かない場所へと旅立ってしまった。
まったく、あの人は……残された者の気持ちを少しは考えたのだろうか……。
「イザベラ・ローレンツとケイトリン・フォスターは本人の希望で婚約者候補から外れる事となった」
「そうですか」
「そして、姉上も去って行った……俺達の手の届かない彼方に……」
「……」
「貴女も、ここに留まる理由は無くなった。父上は貴女の才能を惜しんで宮廷に留まる事を望んでいるが、俺は無理に縛り付けるつもりはない」
「殿下は、これから、どうなさるお考えで……?」
「ハハッ!」
思わず口から乾いた笑いが思わず漏れる。
「ローレンツ公爵が長年積み重ねてきた企みを全て破壊したからな。一切が白紙だ。そもそも、俺がまだ王太子のままだというのが信じられん」
「為すべきことを成し遂げた、偉業に対する適切な評価ですわ」
「はぁー。どうして、みんな俺を玉座に座らせようとするんだ……」
「殿下は今でも国王の座を、お望みではないですの?」
「正直自分でも分からん……ただ、面倒な仕事を押し付けるのに丁度いい人材が、他にいないというのも事実だ」
つい、この間まで、王室という空間が嫌で嫌で仕方がなかったが、今日の対話を通じて、俺の中に新しい意識の芽が生まれた。
腹黒い公爵の野望の道具となるのは真っ平御免だが、善良なる友の願いを叶える為なら、王という役割も悪くないとまで考えを改めた。
イザベラの言う、これから作り上げる新しい家、という言葉にも多いに動かされた。
「それに、未来の王妃となる王太子妃選びに関しては事実上ふりだしに戻った。しかも、国内外で貴女以上に優秀で婚約者がいない令嬢はいないだろう。もしも、このまま……」
俺は今ナンシーに何を言おうとしている?
……ここから、どう話を進めればいいか分からなくなった。
確かに彼女以上に王妃に相応しい女性はいないが、やっと自由になろうとしている彼女に、これ以上苦行を強いるつもりなのか?
今まで散々愛のない政略結婚を毛嫌いしておいて、都合が悪くなったら手のひらを返すように、その気がない相手に迫るなんて……最低すぎる。
そう自問すればするほど、次に言うべき言葉が見つからなかった。
沈黙が二人の間に漂い……おもむろに彼女は口を開いた。
「私は……姫様に殿下の事を託されました……」
ナンシーは膝の上に置いた手を握りしめる。
「元々、私は殿下の婚約者候補でしたし……貴族女性として生まれた以上、政略結婚も吝かではありませんが……」
俯き加減だった彼女は不意に顔を上げた。
「でも、やっぱり、納得出来ませんわーー!!」
彼女は拳を握りしめてブンブン振った。
「私だって、恋に夢見る乙女ですのよー!それなのに、消去法で求婚されるなんて、極めて不本意ですっ!至近距離で姫様と馬の骨のイチャラブを散々見せつけられた挙句の果てがコレなんて……あんまりですわーっっっ!!!」
確かに気の毒すぎる。
「それは、普通に酷いな。姉上ぇ……」
あの二人の周囲の人目を憚らない身分違いの熱愛交際は宮廷でも物議を醸していたが、境遇が境遇なのと、姉上が学園卒業と同時に王籍を抜ける予定が確実視されていたので、辛うじて大目に見られたのだ。
「本当に酷いですわー!ですので、殿下!!!」
彼女はいつの間にか手にしていた扇をこちらにビシッと突きつけた。
「私を娶りたいのならば、せめて本気で口説き落としてくださいませ!!」
俺は彼女の予期せぬ言葉に唖然とした。
「はい?」
「それが、私の王家に仕える家臣の一人として出来る最大限の譲歩で、女として生まれた以上どうしても譲れない一線ですの!これは、私から恋愛チキン王子へ叩きつける挑戦ですわー!」
「はぁーー???」
謎に自信に満ちたポーズを取るナンシーを凝視する内に、
「ふっ……っ」
俺は次第に込み上げてくる笑いを抑えきれなくなった。
「はっはっはっはっはっーー!!」
ナンシーは高笑いする俺を見て首を傾げた。
「ははっ……言ったな、ナンシー・マグネター嬢……」
笑いが収まった俺はニヤリと笑った。
「受けて立とう!その挑戦を!!」
彼女の挑発によって、内に秘めた野生の血が沸き上がる。
獲物を見定める目を向けると、狩りのターゲットは僅かに怯む。
「こちらには優秀なスタッフが勢ぞろいしている。これから総力を挙げて全身全霊で口説いて甘やかして、徹底的に貴様を骨抜きにしてやるからな!覚悟しておけ!」
「あ……はい……の、望むところですわー!」
彼女は威勢良く切った啖呵に若干後悔をしている風だが、今更遅い。
相手が誰であろうと、一度勝負を挑まれた以上、男として全身全霊で迎え撃つのが礼儀だろう。
■
俺はこの対談の後、有志を招集し、鉄壁の防御力に定評のある難攻不落の侯爵令嬢ナンシーを攻略するべく、計画を練り上げた。
計画の実行途中で、物理的攻撃への対処は完璧な彼女も、異性との恋愛には免疫がなく、意外と奥手であることが判明し、俺が繰り出す質、量共に圧倒的な恋愛アプローチという名の猛攻撃を受け続け、三ヶ月後、無事、陥落したのだった。
その過程経過の恋愛エピソードは、大いに広報に利用され、俺達は新時代を象徴するロイヤルカップルとなり、婚約式には友人知人は元より、駆けつけた大衆からも熱狂的な祝福を得た。
彼女の敗因は、俺が敗北を通して成長する男であると分からなかった事だ。
もう二度と恋愛チキン等と不名誉な称号を呼ばせるつもりはない。
まぁ、初めの内は、この俺に安易に戦いを挑んだ生意気な小娘を分からせようと必死であったが、次第に普段は気丈な知的女性のナンシーが俯き加減に頬を染め微笑む可憐さにすっかり魅入られてしまった。
だが、これに増長する事なく、今後も徹底的に溺愛体制を貫く所存だ。
俺は初恋には敗れた――しかし、自信を持って言える。
文字通り恋心がゼロの状態から互いへの信頼を土台に二人で築き上げた、このロマンスも、一瞬で燃え上がった初恋以上に強く尊い、真実の愛なのだ、と。




