恋敗れて国家あり(2)〜リオンの視点
「やっと、お会いできましたね」
宮殿の一角にある、普段は強い結界が貼られている離宮の庭園。
そこの四阿に座っているのは、穏やかな微笑みを浮かべる美しい貴婦人。
この国の王妃であるクラリス様だ。
今まで、母である側室パメラ妃とローレンツ公爵が彼女にしてきた事を、正式な王妃をこの離宮に幽閉し続けて家族から引き離した所業を考えると、俺は自然と跪き、首を垂れた。
「今までの、母の一族の罪を深く謝罪します。自分に償える事ならば、何でもします。それと、姉上の事は、力が及ばず、本当に、申し訳ありません……!」
彼女は暫し息を飲んだ。
「リオン君?えーと……ともかく、顔を上げてちょうだい。ねっ?」
彼女は席に着くよう促し、俺はそれに従った。
俺が着席したのを確認した後、彼女は口を開いた。
「まず、私は貴方を咎める意思はありません。貴方はまだ成年前の子供です。親の罪を子供が背負うような社会的圧力はあってはならないし、そのような風潮が世間にあるならば、国家の名の下に改める必要があります。だから、王族である貴方が前時代的な事を言ってはなりませんよ。何故なら、それで貴方一人の罪悪感だけが救われても、親の罪を押し付けられた大勢の不幸な子供達の待遇は改まりませんからね」
貴族平民問わずに、親が残した負債を未成年の子供が抱える事例は多く、国家や自治体による救済処置が義務付けられているが、法だけが整備されても実社会には十分には浸透していない。
この方は……まだ俺の事を王族と認識しているのだな。
「それと、クリスちゃんの事は、ねぇ……まぁ、いつかはやらかすとは思ってましたから、リオン君が気にする事はないです。あの子はああいう、一度言い出したら、誰にも止められない、落ち着きのない子ですから」
苦笑まじりに「誰に似たのかしらね?」という微笑みに、俺もつられてしまう。
「多分、その内ひょっこり帰ってくるでしょう。頼もしい彼氏さんも一緒ですし。心配いりませんよ」
この会談で、俺は多くの裏事情を聞いた。
というより、ハリーが所属する内偵調査室が、実は彼女が統括する組織であるとを、初めて知る。
「ハリー君は私が上司の上司とは知りませんが……貴方の頑張りは、ずっと調査室長からの報告で聞いてました」
「そ、そうですか、恐縮です」
「いえいえ。私達、親世代の矛盾に満ちた問題を若者に押し付けて、申し訳なく思っていました。改めて、お礼を言わせてくださいね。この国を救ってくださって有難う、リオン君」
俺は思わず苦笑してしまう。
「俺の力ではありません。みんなが全力で手助けしてくれたおかげです」
かつて、父から――
『イシュタールの娘には手を出すな。あの一族と王家が交わることは許されていない』
――と、言われて以来、ずっと憤りで悶々としていたが、実際に“イシュタールの力”を目の当たりにして納得してしまった。
確かにあの星の力は、たかが王族が手にしていいものではない。
だが、大いなる星の力がなければ、あの戦いを制することは出来なかっただろう。
この国が救われたのは、断じて俺の力などではなく、国外勢力の思惑と星の力が交わった結果。“悪は滅びる”という定められた運命が導いた奇跡のようなものだ。
「ふふ……貴方も成長したようね。リオン君」
彼女は不意に遠い目で呟いた。
「これから、どうするかは、若い貴方達だけで話し合うべきだと思うの。少なくとも、これ以上、大人の勝手な都合を押し付けるべきではないわ」
「これから……?」
「今、この国には、正統な王位継承者が二人います」
俺が困惑していると、彼女は驚くべき事実を明かす。
それは想定外の話だが、同時に大いに腑に落ちたし、逆に何故、今まで気付けなかったのか不思議ですらあった。
「今日、この離宮にリオン君以外にも主だった要人をお招きしてます。だから、現王太子であるリオン君の主導で彼らと話し合って、各々の将来の進路を考えてね」
「俺は……まだ王太子のままなのですか?何故……?」
たとえ継承権があっても、俺が罪人の血縁者であることには違いがない。
「あら、そんなに不思議かしら?この国を悪臣から救った功労者を無下に扱う訳には、いかないわ。貴方を支持する自由民権派が、いえ、何より貴方を新時代のヒーローと慕っている多くの国民が黙ってないでしょう」
クラリス妃は紅茶を一口嗜み、微笑んだ。
「貴方達二人の内、どちらかが王位継承を望むのなら、私の養子として迎える手筈は整えます。この国には改革が必要ですが、その理念が社会全体に浸透するまでは、私達王族の指導力も、まだまだ必要とされています。私が生きている限りは、国の安定の為にも、無責任な外野に文句は言わせません」
彼女の私情を割り切った言葉と朗らかな表情を見て、この人も母とは違った形だが、紛うことなく恐るべき王族の女なのだな、と思った。
□
クラリス妃との面談を終え、侍従の案内で四阿から離宮の一室に案内されると、そこにいたのは、俺の婚約者候補の一人であったイザベラ・ローレンツだった。
予想外の人物との対面に、面食らっていると、彼女は深く一礼する。
「お久しぶりでございます。本日は殿下に最後の挨拶に参りました」
「最後だと?」
「ええ。私は今日より貴族籍を放棄して平民となり、名前を変えて地方の修道院に赴く事となりました」
俺が彼女の思わぬ言葉に絶句した。
「本当は死んだ事として、このまま消えようと考えておりましたが、王妃様に『言いたい事があるなら、ちゃんと言った方が良い』との助言を賜りまして……」
「言いたい事……だと?」
俺が首を傾げていると彼女は据わった目で俺を見た。
「リオン王子――貴方は婚約者としては、最低最悪の方でした」
……ある程度覚悟はしていたが、それ以上に厳しい物言いにギョッとする。
しかし、そう言われても仕方ない。
何故ならば、俺は彼女に対し、婚約者候補とはいえ、最低限の義務も果たして来なかったからだ。
「父であるローレンツ公爵の政略ありきの縁組とはいえ、貴族の……いえ、女性に対する扱いとしては本当にあり得ないほど酷い、と言わざるを得ません。この点に関してだけは、私は不敬を覚悟の上で殿下に猛省を求めます!」
彼女の溜めに溜め込んだ不満は次から次に溢れ出た。
曰く、彼女からの歩み寄りに対して敬意どころか軽蔑で返した事を。
曰く、こちらの振る舞い全てを悪意に基づくと、初めから決めてかかった事を。
曰く、婚約者候補になれなかった貴族令嬢による候補者への嫌がらせ行為まで、碌に調査せずにイザベラの悪事にカウントしていた事を。
その勢いに押され、俺はひたすら聞き手に徹し、嵐が過ぎ去るのを待った。
「そ、それはすまなかった」
俺は何とか、謝罪の言葉を素直に口にした。
彼女は深い息を吐いて、おもむろに茶を飲み、表情は陰った。
「いえ……私が取り巻きの暴走を止めきれなかったのと……自身もケイトリン・フォスター様に苛立ちをぶつけてしまったのは事実です。それと、殿下の難しいお立場を理解しながら、お力になれなかった私も悪いのです」
最後の機会だと腹を割って話す素顔の彼女は、以前のようなワザとらしい笑顔の仮面を貼り付けた不愉快な女ではなかった。
「それにしても……もっと早く、思った事をはっきり言ってくれればな。少なくとも、あの嘘くさい態度よりは、今の方がずっといい」
俺がそう言うと、彼女は若干戸惑った。
「今更言っても……もう、どうにもなりません」
それもそうだ。そもそも二人の間には、情も信頼もなく、親の都合で辻褄合わせにされた憤りしかなかった。
「そうか……しかし、本当に修道院に行ってしまうのか?ローレンツ公爵の娘とはいえ、貴方は未成年だ。名前を変えるなら、地方領主の養子になるよう手配できるが?」
「いいえ。これは自ら望んだ道です。たとえ不幸になったとて、もう誰にも私の人生の主導権は渡しません」
その毅然とした、凛とした佇まいに胸を打たれた。
虚飾に満ちた典型的な貴族女性だとしか思ってなかったイザベラに、こんな気高い一面があったとは……。
俺は本当に女性という生き物を理解してなかったと思い知った。
「最後に、もう一つだけ言わせてください」
対談の終わり際、彼女は改めて俺に向き合う。
「今までの王室は貴方にとっては“檻”だったのかもしれません。しかし、これからは、貴方自身が作る“家”なのです。そのことを忘れず、決して全てを人任せに、他人事には為さらないで」
それは、今までの俺の性質、受け身のままで不満を拗らせる傲慢な姿勢を戒めたものだろう。
いつまでも子供のままではいられない……甘やかされた暴君が許される時代は終わったのだ。
「ああ、その言葉、確と心に刻もう」
こうして、長らく近くて遠い関係だった婚約者候補イザベラとは円満に別れた。
そして、これからの人生で、俺と彼女の道が再び交わることはないだろう。
■
「お久しぶりです、リオン様」
次に案内された部屋に入室すると、面会相手である彼は臣下の礼を取ろうとする。
「止めてくれ。君も話を聞いただろう。今の俺と君とは対等な立場だ」
俺がそう言って制止すると、彼は怪訝な表情で頭を掻いた。
「そうは言われましてもねぇ。説明はされましたが実感はまるでないです」
――マイクル・スミス。
学年で一番優秀な生徒であり、武にも優れ、平民ながら指導力も高く、身分問わず多くの生徒に慕われている傑物で、俺も彼の友人の一人である。
その素質は明らかに超人レベルでありながら、彼自身は自分を一般平民であると本気で信じている。
もっとも、そうしたミスマッチさも周囲にとっては愛すべき一面、謙譲の美徳の持ち主として好評価につながっている。
しかし、クラリス妃から聞いた話では、彼は行方不明となって久しい、俺にとっては伯父にあたるユリシーズ前王太子の落胤らしい。
俺が根拠は?と尋ねると、彼女は――
『顔を見れば分かります』
――と、即答した。
親しい人間なら確信するレベルで、見た目と立ち振る舞いから漂うオーラが、瓜二つなのだそうだ。
それだけならば他人の空似の可能性もあったが、伝説の遺物、聖剣レインメイカーを輝かせ、使いこなした事で、ほぼ確実と見做された。
俺は第二王子と側室の子で、マイクルは前王太子と平民の女冒険者との子。
血筋は俺が優っているが、正式に認められた王太子の息子であることから、王位継承の正統性ではマイクルの方が優っている。
俺としては、優秀で人望が厚いマイクルが王太子になった方が良いように思えるのだが……。




